2020年01月15日号
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キュレーターズノート

熊本市現代美術館10周年──地方公立美術館のこれまでとこれからと

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2012年04月15日号

 熊本市現代美術館が開館したのは、2002年10月12日。今年で開館10周年を迎える。開設当時と比べると、地方公立美術館を取り巻く状況は大きく変わった。新人学芸員として、準備室時代から携わってきたこれまでとこれからの10年について、この場を借りて振り返らせてもらえればと思う。


「熊本市現代美術館10周年」ロゴマーク

 今年の10周年事業のラインナップは、美術館と同じ熊本・上通で生まれ育った絵本作家「葉祥明展──地平線の彼方へ」(2012年4月7日〜6月17日)、全国巡回の立ち上がりとなり、当館のみの企画として被災地の無人の風景「ATOKATA」も併せて紹介する大規模個展「篠山紀信展──写真力 THE PEOPLE by KISHIN」(2012年6月30日〜9月17日)、塩田千春、照屋勇賢、栗林隆ほか海外作家も多数参加する国際展「生きる場所──ボーダーレスの空へ」(2012年9月29日〜12月9日)、そして九州で待望されてきた、初めてのまとまった紹介となる「奈良美智──君 や 僕に ちょっと似ている a bit like you and me...」展(2013年1月26日〜4月14日)となる。先日、オープンさせたばかりの「葉祥明」展では、地域ゆかりの作家ゆえに多くの地元の方に詰めかけていただいた。美術館に隣接する三つの商店街では、数十店舗で展覧会チケットによる提携割引を実施、地元ホテルや洋菓子店とのコラボケーキやパン、クッキーが制作販売され、作家の原風景ともいえる阿蘇を訪れるオリジナル日帰りバスツアーもすぐに満員御礼となるなど、この10年のあいだに地元の皆さんとかたちづくってきた有形無形の繋がりを実感できた立ち上がりとなった。
 これらの企画展と並行して、熊本の若手作家を発掘・紹介する「熊本アーティスト・インデックス」展、本連載でも追ってきている九州のオルタナティブなアートの動きを追った「祝CAMK10周年! 九州アート全員集合」展、公共建築に建築家によるコンペ形式を持ち込み、今年25周年を迎えた熊本県の「くまもとアートポリス」を紹介する展覧会など、小展示も充実させる。そのほか、同じく10周年を迎えたボランティア・グループ「CAMKEES(キャンキース)」とともに、夏休みにボランティア祭りを行ない、「読みがたり」「ピアノ」「布絵本」とそれぞれの活動を続けてきた班がひとつのステージを一緒につくる「CAMK(キャンク)劇場」、資料整理班による記録集づくり、キッズファクトリー(創作室)の壁への落書きワークショップ、日比野克彦のアートプロジェクト「明後日朝顔」を使ったオリジナルワークショップ、遠藤一郎による「未来龍大空凧」ワークショップの実施など、美術館を支えてきてくれたボランティアの皆さんとともに、美術館10年の喜びをわかちあいたいと計画している。


篠山紀信《ジョン・レノン オノ・ヨーコ》


塩田千春《From where we come and what we are》、2011
la maison rouge, Paris, Photo by Sunhi Mang


奈良美智制作風景

 この活動の根底にある考え方として、館長の桜井武は「美術館は誰のものか」ということを常に問い続け、展覧会の来場者数にもこだわると言う。当館は基本的に市の文化施設であり、市民との関係性を生み出す場所であるとするならば、美術館にそして展覧会に足を運んでもらい繋がりをつくった人の数だけ、市民との関係性が広がり深まる。首都圏での大規模展で主催者が入場者数に血眼になるのとはまったく逆の立場で入場者の数にこだわると言うのだ★1。それを支えるのは、海外や国内の重要な展示にも距離に甘えず足を運び、地元の骨董店に生人形の出物があったと聞けば調査に行き、地元の商店街の祭りがあればブースを出してワークショップを出張開店するといった、一見まったくバラバラでアンビバレンツな活動である。すなわち、あるひとつのローカルな場から立ち上げ、根を張り幹を太らせ葉を茂らせていくことであり、それこそがこれからの地方公立美術館の底力となっていくと私は個人的に考えている。
 「地方公立美術館」と一口に言ってもそのあり方は多様だ。例えば熊本県下にも多い、学芸員一人の美術館もあれば、潤沢な予算を持ち、年間で数十万人の観客を動員する規模の美術館もある。例えば、昨年、実施した「小谷元彦──幽体の知覚」展ひとつをとってみても、巡回した静岡県立美術館★2、高松市美術館、当館を比較する自己評価を行なってみると、入場者数や予算、実施結果などからは、それぞれの美術館の立地や設置主体、スタッフや広報のあり方、来館者に与えた効果など、興味深い結果が出てきて、学ぶところが非常に多い。その館ごとの個性やミッションというものは、外側の誰かが考えて与えるものではない。日々の活動やそのような検証の繰り返しのなかから絞り出されて問題意識となり、学芸員をはじめとするスタッフに身体化されてはじめてミッションになり、目標化されていくということを実感している。こういったプロセスの共有は、自館のなかだけにとどまらずに、例えば地域の複数の美術館で共有化してともにスキルアップしていくことも、これからの10年に必要な動きではないか★3
 当館がこのような考えを持つに至ったのも、熊本市が2006年に暫定導入し、その後2009年に本格導入した指定管理者制度★4が、その引き金のひとつであったことに間違いはない。現場の人間として、短期的な見通しで単純な効率やコスト優先の考え方を研究・教育施設としての美術館や博物館に安易に持ち込むことは、いまだ疑問であるが、美術館が行政や市民から本質的な理解を得ておらず、そこに甘えたままの体質を常態化させてしまっていたことについては、猛省しなければならない。その制度を逆手にとり、内部の意識改革のきっかけに活用し、ステークホルダーとしての行政や市民に訴える企画、サービス、研究・教育活動を美術館が行なっていく。そしていつの日か、そういった制度に頼らなくとも、地域においてこの美術館がなくてはという、選ばれる存在としての美術館づくりを目指していかなければいけない。

 ちょうどこの4月1日、熊本市は全国で20番目となる政令指定都市に移行し、九州新幹線開業から1年を迎えた。最近は特にアーティストたちの熊本への移住が目立ち、それにともない面白いアートプロジェクトも増えてきている。率直に言って、九州は大都市を支える人口や企業がもたらす資本には乏しい。しかし、市民一人ひとりはそれぞれが湧き出すような活力を持っており、豊かな自然と人間の情熱を宝として秘めている。これまでより、少しだけ勇気をもって、新たな世界にふみ出していく。あるいは新しいものを受け入れる寛容性を持つ。そういった態度からこそ新たな創造性が導かれてくるのであり、それこそが地域に生きる市民、行政そして公立美術館に求められる姿勢なのではないか。

★1──桜井武「開館10周年の熊本市現代美術館──人々の呼吸に合わせ成長 首都圏と対極の‘美術観’」『西日本新聞』2012年3月19日朝刊
★2──静岡県立美術館は独自の評価システムを検討・運用しているほか、「東京アートリサーチラボのアートプロジェクトを評価するために──評価の〈なぜ?〉を徹底解明」は、「評価をすればするほど苦しくなる」という事業やプロジェクトのジレンマに根本的に向き合うという作業がゼミ形式で行なわれ、評価活動の大きな参考となった。
★3──2011年度に熊本県下の、熊本県立美術館、当館、宇城市立不知火美術館、阿蘇郡小国町の坂本善三美術館、葦北郡津奈木町のつなぎ美術館で、坂本善三生誕100年の連携企画を行ない、好意的な評価を多数いただいたが、県美と当館を除いた3館では学芸員1名という状況にある。この連携企画はそういう閉塞感を打破したいというモチベーションも含んでいたことから、担当学芸員による地域美術館のネットワークを考える「グレーの会」という研究会を発足させる動きにつながっている。
★4──指定管理者制度とは公の施設における市民サービスの向上や、より効率的な管理運営を目的として、2003(平成15)年に地方自治法の改正により創設された。当館は2002年とそれ以前の開館であったため、設立の際に制度として折り込まれておらず、開館後の間もない時期にその制度変更の荒波をまともに食らい、管理運営に非常に苦心してきたというのが率直な感想である。

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