2020年07月01日号
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キュレーターズノート

YCAM「glitch GROUND」、高嶺格《ジャパン・シンドローム〜山口編》『いかに考えないか?』/淺井裕介「植物になった白線@熊本 001河原町」

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2012年07月15日号

 小学生のときに近所にこんなアートセンターがあったら、間違いなく入りびたるだろう。そう思わせるのが山口情報芸術センター[YCAM]である。一見市民には敷居が高く感じられるメディア・アート専門の同センターだが、訪れた6月のある日曜は、九州・山口に降り続く長雨にもかかわらず、地元の子どもたちであふれかえっていた。

 その盛況の秘密を解き明かす鍵とも言えるのが、開催中のYCAMの教育普及をテーマとする展覧会「glitch GROUND──メディアアートセンターから提案する、新しい学び場環境」だ。「コロガル公園」はその目玉企画で、約200平米のスタジオ内に、床面を不定形に連続して波打たせた、遊べる「公園」が出現している。一歩会場に足を踏み入れた子どもたちは、汗びっしょりになりながら、飽きることなく、山をのぼって走り回り、転がり、崖からジャンプする。筆者もスニーカー履きで遊んだが、途端に、普段使っていない自分の筋肉が「ここにいるよ」と主張しはじめ、否応なしに自分の身体性を意識しはじめる。気づけば、年がいもなく小学生の列に並び、および腰で崖からジャンプしてみると、子どもたちから拍手をもらい、ほんの一瞬だけ彼らの「仲間」になれたような気がした。


コロガル公園

 会期中には、3回の「子どもあそびばミーティング」が開かれ、子どもたちから提案されたアイデアを、公園内に取り入れて行く試みも行なわれる。第1回目に実現したアイデアは、「崖から水中に飛びこむイメージで、クッションに水の映像を投影する」「飛び降りたら、クッションからブーッとオナラの音がする」「公園内で流れるモニターの映像をゾンビにする」などの、小学生ならではのしょうもないが、ニヤリとするものばかりだ。そのアイデアがスタッフの手を借りながら実現され、日々進化していくのは、かつて自分たちが秘密基地作りに夢中になって、次々と道具を持ち込んでカスタマイズさせていったような、生きた喜びの感覚と直結する。
 しかし、同じ施設運営に関わる者としては、悲しいことに「事故やケガがおこったらどうする?」という問題が、まず一番に頭に浮かんでくる。会場入口では、説明を徹底して同時に一定数までしか入れないのはもちろん、室内にスタッフを二人以上配置し、同じく波打つ床面をもつ荒川修作の「養老天命反転地」の運営の状況を聞きとりして事故防止に努め、希望者にはスニーカーやヘルメットを貸し出すなど、きめ細やかな配慮が行なわれている。「ケガをするから行なわない」のではなく、「ケガをさせないために工夫をする」ことが、教育普及のデザインであるということをあらめて感じさせられた。
 本展はそのほかにも、2013年に10周年を迎えるYCAMの教育普及のこれまでの歩みを振り返り、活動のなかから生まれてきた8つのワークショップを紹介するほか、さまざまなプログラムが用意されており、美術館等の教育普及関係者のみならず、メディアと市民の関係を考えるものにとっては必見の展覧会である。


「glitch GROUND──メディアアートセンターから提案する、新しい学び場環境」エントランス

 また、YCAM前の中央広場に設置された特設テントでは、高嶺格の映像作品《ジャパン・シンドローム〜山口編》、同じくプロデュース・パフォーマンス公演『いかに考えないか』を見ることができた。《ジャパン・シンドローム》は、2011年の関西編に続くもので、地元のパフォーマーたちが山口市周辺の飲食店や食料品店に赴き、実際に取り扱う食料品の産地を尋ねた様子を再現した映像作品である。互いに「空気」を探り合うことなく、「これってどこ産ですか?」と聞くことのできる山口や九州の状況、そして無関心が見事に表わされていたのと同時に、上関原発予定地の長島やその対岸の祝島を取材したシーン、作品のなかほどに挿入された、中国電力が「地質調査」として発破の際に流す不穏なサイレン音だけのシーンが、宙づりにされた平和な場所にいる私たちの目を覚まさせる。
 一方の『いかに考えないか』は「あいちトリエンナーレ」に続く開催で、山口に在住する60歳以上の素人パフォーマーによる、即興影絵劇である。観客がタッチパネルで自由に入力する「愛」や「ダンゴムシ」から「借金取り」に至るまでのありとあらゆるお題を、ミラーボール照明と即興演奏にあわせて披露する。年配のメンバーだけにいまどきのカタカナ言葉が、まったく違う踊りになるご愛嬌や、時折ダレそうになると高嶺から容赦ない「お題」が入る。時間が経過するごとに観客側が少しずつ入力の「ネタ」や「間合い」を覚えていき、ステージと客席に一体感が生まれる。パフォーマーの年齢からすると、3時間公演は相当ハードだと考えられるが、常に明るい笑いの絶えないステージが繰り広げられ、「高齢者」という見る側の勝手な先入観を覆す躍動感や未来を感じさせた。

glitchGROUND──メディアアートセンターから提案する、新しい学び場環境

会期:2012年5月19日(土)〜8月12日(日)

高嶺格《ジャパン・シンドローム〜山口編》高嶺格『いかに考えないか?』

会期:2012年6月23日(土)〜7月1日(日)

会場:山口情報芸術センター[YCAM]
山口県山口市中園町7-7/Tel. 083-901-2222

学芸員レポート

 さて、一方熊本では、淺井裕介の「植物になった白線@熊本 001河原町」が始まったところである。道路の白線用のカッティングシートを、地域の人々とともにさまざまな植物の模様に切り抜き、その場所に合わせて組み合わせて、コンクリートの上に定着させていく。
 本プロジェクトは、横浜や小金井、此花(大阪)、博多などで行なわれてきたが、初めて熊本にもその蔓を伸ばしてきた。熊本市が募集する「チャレンジ協働事業」の一環として熊本市現代美術館が行政や地域と共同してスタートしたこのプロジェクトは、奇跡的な梅雨の晴れ間に、地元のクリエーターたちが出店する「河原町アートの日」の会場となる古い繊維問屋街で行なわれた。
 マスキングテープによる鳥作りのウォーミングアップの後、できるだけ自動筆記的に、それぞれの恣意を排した線にそってカッティングシートから枝を切りだしていく。この意識づけは非常に重要で、ワークショップの要所で何度も繰り返されていた。そのほか、葉や花、動物、それぞれのお店をイメージさせるマークなどが、参加者の手によって次々と生み出され、並べられる。淺井はそれらの素材を、必要最小限の手数で、慎重かつ軽やかにまとめあげていく。この河原町には、昔からお住まいの方、繊維業を営んでおられる方、新たにお店を立ち上げたクリエーター、街に遊びにやってくる若者など、多様な人々がいる。また、それぞれの店舗や地権も非常に複雑だ。今回は、問屋街の中に四カ所の白線を施したが、参加したり見物しに来た方々の満足した笑顔あふれる表情を見ると、この植物の「種」は、さまざまな障害や問題を乗り越えながら、その土地にしっかりと茂っていくような予感がした。また、ここ以外にも、熊本の街の意外な場所に白線の植物がそっと芽を出し、そこから人々と歴史や町がつながり成長していくプロジェクトが今後も続いていく予定である。


淺井裕介「植物になった白線@熊本 001河原町」ワークショップ
上:ワークショップや「アートの日」参加者
下:看板のなかった問屋街入口にそれぞれのショップのマークがちりばめられた白線がつくられた

淺井裕介「植物になった白線@熊本 001河原町」ワークショップ

会期:2012年7月8日(日)
会場:河原町繊維問屋街・河原町アートの日会場(熊本市中央区河原町2)

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