2021年06月01日号
次回6月15日更新予定

キュレーターズノート

芸術の収穫祭 かっきりまつり

伊藤匡(福島県立美術館)

2012年12月01日号

 この秋、廃校になった学校の校舎で若い作家たちによる「芸術の収穫祭 かっきりまつり」が開かれた。

 山形県小国町は、山形市から車で2時間の距離にあり、新潟県との県境にある山間の町である。山菜やきのこが豊富で、飯豊山への登山や渓流釣で訪れる人も多い。この町でも少子化で生徒が減り、学校の閉校が相次いでいる。そう遠くない将来には、町中心部の小学校を残してほかはすべて閉校になるようだ。町の中心部から約15キロ離れた小玉川地区の小中学校も2005年に閉校になった。
 町は校舎の活用法について山形市の東北芸術工科大学に相談し、同大卒業生3人が、2010年から旧校舎で生活しながら制作活動を始めた。町としては、地域の活性化とともに将来的には交流人口の増加、つまり観光客の増加も期待しているようだ。校舎に住み込んだ作家たちが、大学の同窓生や知人の作家に呼びかけて開いた作品発表の場が「芸術の収穫祭 かっきりまつり」である。
 「かっきり」とは刈り切る、つまり作物を収穫することである。小玉川地区では、学校の校舎を会場に、秋の収穫後に集まり、自慢の作物などを並べ、歌や踊りを披露し、慰労の宴会を行なう収穫祭が催されてきた。「かっきりまつり」はそれを受け継ぎ、自分たちの発表の場とともに、地域の人たちとの交流の機会として、昨年から始まった。
 約40名の出品者は若い作家が多い。絵画、版画、素描、写真、彫刻、染織、陶芸、金属工芸、インスタレーション、アニメーションなどさまざまである。美術大学の卒業記念展のようでもあるが、各自出したいものを好きな所に並べているようなおおらかさを感じる。


かっきりまつり会場(旧小玉川小中学校)


かっきりまつり展示風景

 アーティスト・イン・レジデンスといっても、作品制作のための短期滞在と違って、年単位の長期滞在では地域との関係が重要だ。その地域は、作家にとっては良い制作環境であるとしても、そこで暮らす人々はさまざまな悩みも抱えている。最大の問題は過疎化、少子高齢化の問題だろう。若い人が減り、町に活気がなくなってしまうのである。小国町もこの25年間で、人口は四分の三に減り子どもたちは半分になってしまった。行政コスト削減のため学校は統廃合され、廃校になった校舎の再利用が課題となる。学校、とくに小学校はたんに生徒が勉強する場ではなく、地域の人々の集会場であり地域の歴史が蓄積してきた場でもある。学校がなくなることは、地域もなくなることを連想させる重大事だ。そのため、校舎をなんとか残したいという思いが強い。その活用方法のひとつとして、アートへの期待が高まっている。
 地域の人たちからは、どう見られているのか。この校舎で暮らしながら制作している大沼洋美、原田聖の二人に聞いた。「ここの人たちにとって私たちは異星人です」と大沼さんは率直に認めた。原田さんも「自分が描いている抽象画は全然理解されない」と言う。それでも、地元に溶け込む努力を重ね、少しずつ身近な存在になっているようだ。
 話を聞いていたあいだも、地元のおばあさんが来て大雪の朝の雪かきの昔話をし、父親に連れられてきた兄妹が、大沼さんたちを相手にしばし遊んで帰って行った。アートを媒介とした交流という段階ではないが、ご近所さんとして認知されているようだ。「こんな生き方をしている人もいるんだなあと思ってもらえればいい」と大沼さんは言う。自分たちのあとに後輩たちが交代してここで生活し制作を続けていけば、やがてはこの地に地域と密着したアートの拠点ができあがるかもしれないという遠大な構想だ。
 「かっきりまつり」は1カ月間で終了だが、小国町での彼らの活動は年単位で続く。さらにそれが実を結ぶには十年単位の時間がかかるだろう。冬には積雪が5メートルを超える小国町での若いアーティストたちの活動が、地域とアートのどんな未来形を見せてくれるだろうか。


鳥飼恵理子《Tower》


金セナ《再生(生き返ること)》

芸術の収穫祭 かっきりまつり

会期:2012年11月1日(木)〜11月30日(金)
会場:山形県西置賜郡小国町大字小玉川511番地 旧小玉川小中学校

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