キュレーターズノート

「ART BASE 百島」オープン

角奈緒子(広島市現代美術館)

2012年12月15日号

 アート界ではこのところ、瀬戸内海の島が熱い。すでに国際的に知名度の高い直島は言うまでもないが、特に第1回瀬戸内国際芸術祭が開催された2010年以降、会場となった女木島、男木島、豊島のほか、廃墟と化していた銅精錬所跡を活用したアートプロジェクトで有名な犬島などが広く知られることとなった(と思われる)。そして今度は、「百島(ももしま)」である。瀬戸内海に浮かぶ周囲約11キロ、人口わずか580人(数字は「ART BASE 百島」ウェブサイトより抜粋、2012年4月現在)、広島県尾道市に属するこの小さな島に、11月4日、ひとつのアートスペース「ART BASE 百島」が誕生した。


「ART BASE 百島」ポスター

 ディレクターは、アーティストであり広島市立大学で准教授も務める柳幸典である。この柳氏、2007年より「広島アートプロジェクト」を自ら立ち上げ、その運営を学生に任せて現場での経験のチャンスを与えるなど、実践をとおしたリアルなアートの状況を学生たちに教えるだけでなく、近年の広島におけるアートシーン活性化にも一役買っている。多くの方はご存知のことと思うが、上記犬島アートプロジェクト「精錬所」の立役者でもある彼が、犬島に次ぐ情熱の注ぎ先を探していた矢先に出会ったのが、百島にあった旧中学校跡であったという。そこからオープンまでの軌跡は、ART BASE 百島ウェブサイト内「沿革」に詳しいが、地元住民への説明会や折衝など、時には乗り越えなければならない高い壁もあったであろうにもかかわらず、着想からたった2年ちょっとというスピードでオープンまでたどり着いたその早さには感嘆の声をあげざるをえない。
 新しい拠点の門出に相応しく、豪華にも二つの展覧会が同時開催されたそのオープニングに足を運んだ。船に乗るしか渡る手段のない島にどれほどの人が集まってくるのか関心があったが、対岸の船乗り場にはすでに多くの人が集まり、島の船着き場から歩いて10分程度の会場には、島民や近隣の住人など、普段はアート界となんら関わりのないと思われる人々もたくさん集まり、予想を遥かに超える賑わいぶりであった。敷地内には、人々の空腹を満たすいくつかの屋台が特別に並び(ちなみに、島にはいわゆる食事処がないとのこと)、どこか学園祭のような祝祭的な雰囲気が漂っていた。集まった人のどれほどが、「アート」に関心があるのかは正直わからない。普段は静かな島でにぎやかに開催されるなんらかのイベントに顔を出してみた、という程度の関心かもしれないが、こうした機会がアートへ興味を抱く第一歩となるのであれば、きっかけはなんであろうが悪くはない。


「ART BASE 百島」外観

 かつて中学校だった建物は、予算に限りがあるためスタッフたちの手によってセルフ・リノベーションをしたと聞いていたのだが、驚くほどクオリティの高い、美しいギャラリー・スペースに仕上げられていた。二つの展覧会のうち、ひとつはディレクターである柳氏自らが企画した「開館記念特別展『柳幸典×原口典之』」。入ってすぐ左手のギャラリーに展示されていたのは、真っ黒な廃油をなみなみとたたえた、原口典之の《物性》である。黒光りする油の表面には、天井や窓ガラスといった周囲の光景だけでなく鑑賞者までもを不気味に映し出す。この作品と呼応するかのように、元体育館だったスペースに展示されていたのは柳幸典の《ワンダリング・ミッキー》である。かつてアメリカで制作されたこの作品は、今回、オイルを運ぶのに利用される600本のドラム缶とともに再構成されたという。巨大な回し車の中を走るカートのシートの背には、世界でもっとも有名なアメリカ生まれのネズミ、ミッキーマウスの姿。自然環境に優しくない排気ガスを排出しながら、なにを成し遂げるでもなく虚しく走り続けるカートは、制作された当時においては、物質主義にひた走るアメリカという存在に代表される世界の傾向、またはアメリカそのものを批判したものであったかもしれないが、現在の文脈において、また原口の「オイル・プール(《物性》)」との共演においては、相も変わらず愚行によって石油を浪費し続ける人類の姿を痛烈に批判し、さらには警鐘を鳴らしているようにもとらえられるだろうか。なお、これら二作品は、展覧会終了後も見られるパーマネントの展示になる予定とのこと。もうひとつの展覧会は「開館記念企画展『UTOPIA──何処にもない場所』」。柳氏ディレクションのもと、スタッフの二人と共同で練り上げられたこの企画には、国内外から九名の作家が参加する。先述のベテラン二作家と比べると、それぞれの思い描くユートピアが「軽やかに」表現されている様子はたいへん対照的であり、マテリアルの選択や表現の方法といった点において、当然ではあるが各時代の特徴や傾向が伺え楽しめた。


原口典之《物性》


柳幸典《ワンダリング・ミッキー》

 こうしたいわゆる「アーティスト・ラン・スペース」は、中崎透+遠藤水城の両氏による遊戯室や中村政人氏によって立ち上げられた3331 Arts Chiyodaなど、全国的に見れば前例がすでに存在し、取り立てて珍しいというわけではない。じつは広島市内にも、広島市立大学の大学院生や作家活動を続ける卒業生たちが中心となって運営する広島芸術センターが存在し、細々とながら活動を続けてはいるものの、ART BASE 百島ほど大きな規模のスペースが広島県下に登場するのは初めてのことである。スタッフの大橋氏によれば、ここの基本コンセプトは「東京のアートシーンからは一線を画した企画」を発信し「中央に対して周縁からの問題提起」を行なうというものとのこと。また、今後の活動については、まだ運営スタイルが厳密に決まっているというのではなく、活動をとおしてどうしていくべきか模索、検討しながら徐々に決定していく予定だそうだが、企画展は1年に一度のペースで継続的に開催する考えであるとのこと。ただし、「美術展覧会」という体裁に縛られるのではなく、「島全体の魅力の再生として、映画館廃墟の再建や耕作放棄地の再活用、廃屋の再活用などを、アート活動として島民と協働で」取り組んでいくという計画を立てているという。なおそのうちのひとつとして、島の中に点在する空き家となった民家を借りて、アーティスト・イン・レジデンスを実施するという計画は、今回のオープン準備のために来島した作家の滞在場所としてすでに機能させ、一歩踏み出しているとのことであった。
 柳幸典という船頭率いる船は、人々をどこへ導き、なにを見せてくれるのか。柳氏の飽くなきチャレンジ精神に尊敬の念を抱きつつ、このアートスペースと活動が、過疎の島の再生や地域社会貢献といったストーリーに回収されていくのではなく、自発的に「アート」の存在意義を問う存在となることを願いながら今後の活動に期待したい。


岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(万物流転)》


吉田夏奈《十一眼レフちんかかと予期せぬハプニング》、ギャラリー・カフェの様子
提供=ART BASE 百島

特別展「柳幸典×原口典之」
企画展「UTOPIA──何処にもない場所」

会期:2012年11月4日(日)〜11月24日(土)
会場:ART BASE 百島(旧百島中学校跡地内)、百島福田・本村地区各所
広島県尾道市百島町1440 ART BASE 百島/Tel. 0848-73-5105