キュレーターズノート

二年後。自然と芸術、そしてレクイエム、分水嶺・齋藤隆展

伊藤匡(福島県立美術館)

2013年03月01日号

 あれから二年になる。被災地域では、「あれから」だけで通じるほど、大震災の経験は生々しく、心に深く焼きついている。一方で、日々の生活は慌ただしく、日常の時間は流れるように通り過ぎてゆく。深層にとどまって動かない時間と表層を流れる時間の乖離に戸惑いながら過ごしてきた二年間であった。

 「二年後」、すなわち震災直後でもなく、といって冷静に振り返るほどの時間は経っていないいまという時点で、震災を受けた地域の美術館として何をなすべきかを強く意識した展覧会が、茨城県近代美術館で開かれている。「二年後。自然と芸術、そしてレクイエム」という、通常の展覧会名の文法から逸脱しているこのネーミングには、じつは企画の意図をかなり正確に反映していることが、展示を見て納得できた。
 展覧会は、18作家の60点の作品で構成されている。作品はホールと二つの展示室に配されている。節電のために震災後設置された透明ビニールのカーテンを開けて最初の展示室に入ると、橋本平八の石を模した木彫の作品が正面に見える。奥のガラス・ケースには横山大観の《生々流転》、その隣には中村彝の《髑髏のある静物》が並ぶ。向かいの壁面には木村武山の杉戸絵があり、さらに萬鐵五郎や小川芋銭の作品と続いて、奥まった場所には河口龍夫の椅子と2,500個の貝殻と種子を使ったインスタレーション、そして第二室の現代作家の作品群に続く。ホールには、河口龍夫の過去の作品を現在の作品に組み込むことで「3.11」以前と以後の断絶を埋める試み《関係──無関係・弾けないピアノ》と、津波で流失した茨城県五浦海岸にある岡倉天心ゆかりの六角堂をテーマにした中西夏之のインスタレーションが置かれている。


展覧会会場入口(透明ビニールのカーテンが取り付けられている)


河口龍夫《関係──無関係・弾けないピアノ》

 これらの作品群をつなぐものは何かと考えると、これが相当難解である。震災とは無関係に見える作品も展示されているからだ。本展の作品は、1)横山大観《生々流転》や木村武山《彩色杉戸絵》のように、関東大震災や阪神・淡路大震災に遭いながらも被災を免れた作品、2)震災を体験した萬鐵五郎、中村彝らの作品、3)震災を契機に制作された河口龍夫、米田知子の作品、4)六角堂に関わりのある作家、中西夏之、間島秀徳、野沢二郎らの作品、5)自然について独自の視点を持っている作家の作品──大別すれば以上五つのグループに分けられるように見える。
 展覧会企画者である市川政憲館長がカタログの論文で強調していることは、自然と人間との距離が、地震や津波によって一気に縮まり、自然の彼方に遠ざけてきた他界への入口、すなわち死が間近に立ち現われたのだという実感である。そして、生者が死者を思うことから生まれたのが芸術なのではないかという認識である。
 いまはまだ、ひとつの視点、ひとつのテーマで震災をまとめることはできないが、なにもしなければ風化の波にさらされていくというジレンマにあって、「言葉が流通しなくなった状況で何ができるのかを、この茨城という場所で考え、辿り着いたひとつの地点」がこの展覧会である、と市川氏は結んでいる。


中西夏之《着陸と着水XIV 五浦海岸》

 被災地の美術館は、それぞれ震災をどのように受け止め、いつ、どのようにかたちにするべきかと考えているだろう。一口に被災地といっても、地域によって現状は異なるから、その時期も視点も異なってくるだろう。私の住む福島県では、地震、津波と原発事故による放射能汚染はセットであり、地震と津波だけを抽出した視点にはならない。また福島県内に住む作家たちも、震災を受け止めた制作に取りかかるにはまだ時間がかかるだろう。例えば、いま福島県立美術館で「分水嶺・齋藤隆展」を開催中だが、今年古希を迎えた齋藤隆は、地震で画室にしていた家が壊れ転居を余儀なくされた。自身の50年に及ぶ作品や下絵類ががれきに埋もれているのを見て気力が失われ、1年以上制作をしなかった。ようやく最近になって描き始めた。福島の状況はまさに分水嶺にあり、これから水がどこに流れるのか、まだ見通せない。
 いまというタイミングで時の流れに句読点を打とうという試みは大事であり、あの3.11に思いをはせるには、この展覧会場はふさわしい場所である。


齋藤隆《問》

二年後。自然と芸術、そしてレクイエム

会期:2013年2月5日(火)〜3月20日(水・祝)
会場:茨城県近代美術館
水戸市千波町東久保666-1/Tel. 029-243-5111

分水嶺・齋藤隆展

会期:2013年2月9日(土)〜3月17日(日)
会場:福島県立美術館
福島市森合字西養山1/Tel. 024-531-5511

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