キュレーターズノート

リアス・アーク美術館常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」、N.E.blood21 Vol. 46:千葉奈穂子 展、Vol. 47:石川深雪 展

伊藤匡(福島県立美術館)

2013年06月01日号

 宮城県の北端に位置する気仙沼市は、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。震災から2年経った現在も、港沿いには広大な更地が拡がっている。所々に残っている建物も、近づいてみると内部は冠水で大破し、とても使える状態ではない。地盤沈下でいまも水たまりができている。復旧作業の車を通すために道路だけが盛り土され、道路と地面の間に1メートル近い段差が生じている。


津波で冠水した気仙沼市街地の現状


リアス・アーク美術館

 リアス・アーク美術館は高台にあり津波の被害はなかったが、地震で展示室の天井が落下し、内壁にもゆがみや亀裂が生じるなど施設の被害は大きかった。復旧工事の需要が建設業者の対応能力を遙かに上回る状態が続いたため、美術館の復旧工事着工が遅れたが、ようやく昨年7月から一部を再開し、さらに今年4月完全再開にこぎつけた。
 再開後の新たな常設展示で「東日本大震災の記録と津波の災害史」の展示が、全国美術館会議の助成により設けられた。同館学芸員が震災直後から市内をくまなく歩いて撮影した被災状況の写真約3万点、収集した被災物約250点、新聞や過去の津波を記した歴史資料から、約500点を選んで展示している。市内各地域の被災直後の状況写真が、すべて場所と状況を記した説明つきで並んでいる。被災物は、津波の破壊力の大きさを示すものと、地域の人々の日常生活の記憶を呼び起こすものという二つの基準で採集している。破壊された船の一部、フレームだけになった軽自動車、洗濯機や足踏みミシン、炊飯器など、地域の人々の暮らしに関わるものが原型を大きく変えた状態で展示されている。
 展示は「東日本大震災をいかに表現するか、地域の未来の為にどう活かしていくか」をテーマに編集されている。「表現」という語が意図的に使われている。この点について同館では、「私たちに与えられた役割は、単に記録資料を残すことではなく、それを正しく伝えていくことです。伝えるためには『伝える意志と伝わる表現』が必要です。私たちは、これまで美術館として蓄積してきたノウハウを駆使し、多様な視点で東日本大震災を表現することに努めました」(同展チラシより抜粋)と説明している。
 記録作業の中心となった同館の山内宏泰主任学芸員に話を聞いた。震災から2日目に津波で跡形もなくなった自宅跡地を写真撮影したが、その後冠水した場所は危険防止のため住民も立入りできなくなった。住民自身が被害の状況を見ていなければ、後世に伝えることはできない。そこで、地域の人々に震災の被害を見せることを目的として、震災後5日目から市内の撮影を始めた。しかし、一日の撮影を終えて写真の整理作業をするときに、山内氏は、どこを撮影し、なぜ撮影したのかが、写真だけではわからないことに愕然としたという。撮影者自身がわからないのでは、他者に伝わるはずがない。伝えるための「表現」が必要だと考えた。
 それぞれの写真や被災物には、撮影や採集した際に感じたこと、想像したことを記した100字ほどの文章が添えられている。また、「keyword」という一種の用語解説のパネルが各所に貼られている。震災後に世間で流布している言葉についての被災地からの意見である。
 たとえば、「がれきと被災物」についての文章がある。政治やマスメディアでは「がれき」という語を使うが、被災した人々にとっては日常生活に欠かせない物であり、人々の思い出や記憶が詰まった物である。けっして、価値がない役に立たない「がれき」ではない。だから、「がれき」とは言わず「被災物」と呼ぶ、と書かれている。
 また、「絆」のパネルもあった。2011年には「絆」が合言葉のように聞かれ、今年の漢字にもなった。だが1年経つと今年の漢字は「金」に替わったという事実を淡々と紹介している。現代社会は災害もオリンピックも同様にイベントとして消費している。被災地からはそのように見えるという異議申し立てである。
 同館は、震災後に押し寄せた復興支援イベントの提案をすべて断り、館の再開と震災記録の収集に努めてきた。流行のように全国的に拡がった「被災地のために何かしたい」という衝動に対応している暇はない。いま、自分たちがしなければならないことをするという強い使命感である。
 写真を見て文章を読み、無残に変形した物を眺めていくと、津波の圧倒的な破壊力の前に人間はなすすべもないという現実を目の当たりにする。地域外の人間は呆然として言葉を失う。ところが、地元の人たちは逆で、写っている場所周辺の説明や、津波が来たときの状況、さまざまな物にまつわる自分の思い出などを話しながら見るのだという。しかも、自分の知り合いを連れて何度も訪れ、そのたびに土地のこと震災のことなどを、いわば語り部のように話すという。入館者も再開後の1カ月半ですでに1万5千人に達している。展示の目的が人々に伝わっていることを証明している。
 震災後、多くのミュージアムでは、「癒やし」や「安らぎ」をテーマにした展示を行なったが、真正面から震災を見つめたリアス・アーク美術館の展示は、ミュージアムの役割について再考をうながしている。


常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」。手前にあるのは自転車と冷蔵庫


同、展示風景。手前の塊はフレームだけになった軽自動車

 同館は若いアーティストの紹介を積極的に行なっている美術館でもある。5月25日からは、同館の看板企画「N.E.blood 21」シリーズの「千葉奈穂子展」と「石川深雪展」が開催されている。2002年から始まったこのシリーズは、東北・北海道在住の若手作家を個展形式で紹介する企画で、年間5人ずつの作家を紹介してきた。震災を挟んで3年振りの開催だ。
 岩手県出身で現在は山形県酒田市に住む千葉奈穂子は、設計図や建築の図面でよく使われたサイアノタイプ(青写真)の技法で、和紙にプリントした大判の写真作品を撮り続けている。彼女のテーマは「土地の記憶」である。父方の故郷岩手県東和町(現花巻市)を中心に、山形県庄内地方、福島県会津、さらには東京の夜景なども撮っている。《焚火》では、電柱の並ぶ道端の空き地で、焚火の白煙がまっすぐに立ち上り、手前には老人が使う手押し車が見える。人の姿は写っていないが、人の暮らしが感じられる作品である。
 石川は、岩手県出身で現在は秋田県湯沢市に住む陶芸作家である。彼女の作品の多くは、水差し、醤油差し、蓋付きの器などの体裁をとっているものの、実際に使えるようには作っていない。用ということからは逸脱しているが、明らかにオブジェというわけでもない、少しずれた微妙な位置にある。鳥や動物や野菜など身近なものに少し似た形の置物である。彼女の作品には、親しみやすさやおかしみが感じられる。
 今回の人選は、大震災前に決まっていたようだが、大震災を扱った常設展示、土地や人の記憶をテーマにした千葉の作品、「癒やし」や「おかしみ」に魅力のある石川の作品という組み合わせは、意外に好い和音を響かせているように感じられた。


千葉奈穂子 展、展示風景


石川深雪 展、展示風景

常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」

会期:2013年4月3日(水)〜

N.E.blood21 Vol. 46:千葉奈穂子 展、Vol. 47:石川深雪 展

会期:2013年5月25日(土)〜6月30日(日)

ともに会場:リアス・アーク美術館
宮城県気仙沼市赤岩牧沢138-5/Tel. 0226-24-1611