キュレーターズノート

ファン・デ・ナゴヤ美術展2014「虹の麓」、「島袋道浩:能登」

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2014年02月15日号

 この1月、ナゴヤドームに隣接する名古屋市民ギャラリー矢田において、金沢の若手作家8人のグループ展「虹の麓」が開催された。名古屋市文化振興事業団が毎年企画を公募する「ファン・デ・ナゴヤ美術展」として実現する展覧会で、作家はいずれも1980年代以降生まれ、金沢美術工芸大学を卒業、もしくは在学中である。

 出品作家は、美大のなかでも比較的学外での発表やプロジェクトへの参加に積極的な作家が多い。例えば、菊谷達史は入学したばかりの10代のころに、金沢21世紀美術館が主催した「金沢アートプラットホーム2008」にて、出品作家の一人中村政人が仕掛けたアンデパンダン展への参加を通じて知り合っており、その後も金沢クリエイティブツーリズムのオープンスタジオにも参加するなど、作品を見せてもらう機会も多かった。井上大輔も同じオープンスタジオでアトリエを訪問したことがある。𡈽方大も金沢の共同アトリエ、問屋まちスタジオの運営の中心的存在として活躍する。美大だけでなく、学外での活動をともにするなかで築いたネットワークを活かして組織されたグループ展と言えるだろう。
 展覧会全体の印象としては、日常的に身の回りにあるものを空間全体に散らしたカラフルなインスタレーション作品が目立った。映像を使ったインスタレーションの遠藤惇也や武田雄介+今西勇太だけでなく、平面を中心とする堀至以も、各作品の色あいや抽象的なモチーフの描き方の柔らかさと、異なるサイズのカンヴァスを空間に配するときのリズムから、共通する感性が感じられた。モールと結晶による立体を天井から吊り下げた𡈽方も日常性への関心とやさしい色彩感覚を共有している。そのなかで木と鉄、パラフィン蝋を組み合わせ、山の形などに彫り出しながらも素材自体を見せようとする柄澤健介のシンプルさは対比的に際立っていたが、それとて、香りの残る木やパラフィンの素材感からやさしい印象を与える。総じて肉食系というよりも草食系である。


1──遠藤惇也《ビニール》


2──武田雄介+今西勇太《空も宇宙》


3──堀至以《シャンデリア》(壁面左)など展示風景、𡈽方大《Hundredth Monkey》(床)、《Fading in》(天井吊り下げ)


4──柄澤健介《sprout》

 市民ギャラリー矢田には七つの展示室があり、692平方メートルの広さをもつが、各展示室が廊下をはさんで独立しているため、今回のように個展の集合のようなグループ展には使いやすい空間である。例えば菊谷のような若手の作家の場合、2013年の修士の修了制作展で見せた新たな展開、すなわち、それまでのマンガ的な表現やかたちをフォトリアリズム的に油彩に取り込むような手法が後退し、重層的な「レイヤー」の前後関係を攪乱するような手法を積極的に用いるようになって以降の約1年間の新作をまとめて見せるのに、ちょうどふさわしい場になっていた。一方、菊谷と比べると少し経験の長い井上は、それまでのパターンの反復によるクールな立体作品にはなかった髑髏のモチーフを初めて登場させていた。井上によると、2013年の瀬戸内国際芸術祭でかたちを持たないプロジェクトを長く手がけていたことへの反動で出てきたモチーフだとのことであった。これは必ずしも成功しているとは思わなかったが、後輩たちが組織する展覧会への参加を要請され、そこで、自分自身も確証の持てない新たな実験を発表しようという態度には好感を持てた。
 それぞれの作品を各展示室で展示する一方で、もっとも大きな展示室では、ある一定のルールを決めて自分たちのアトリエから持って来たものを、作品としてではなく、アーカイヴ的に並べるというインスタレーションを行なっていた。コンセプトとしては面白かったし、展示されている各アイテムを見るのも、作家のアトリエに訪問しているような楽しさがあった。作家たちにとっても、共有するこの展示室がグループ展としての意味を担っているようであった。しかし、実際には、6メートルの天井高を持つ最大の展示室を一人で使い切ろうとするだけの実力と気概を持った作家がグループにいなかったということだったと推察する。名和晃平にせよ、塩田千春にせよ、このくらいのスペースは楽々と使いこなしていたであろう。このスペースを持て余すようであれば、金沢21世紀美術館の展示室は使いきれない。広い空間を使うことは難しく経験が必要で、また、若手作家にはそのチャンスも少ない。たとえ失敗しようとも、誰か一人で大きな空間にチャレンジしようという作家がいて欲しかった。


5──菊谷達史、展示風景


6──井上大輔《Metemorphosis》(2点とも同タイトル)


7──第1展示室「虹の麓」

ファン・デ・ナゴヤ美術展2014「虹の麓──反射するプロセス」

会期:2014年1月9日(木)〜1月26日(日)
会場:名古屋市民ギャラリー矢田
名古屋市東区大幸南一丁目1番10号 カルポート東3・4階/Tel. 052-719-0430

学芸員レポート

 担当する「島袋道浩:能登」は、3月2日の会期終了まであと半月。前回お伝えした9月の後期展示のスタート以降も、11月に能登の志賀町に干し柿の作り方を習いに行ったり、メンバー通信『能登へ』を創刊したりと、「メンバー」と呼ばれるボランティアの参加者の活動が続いている。
 金沢から見て能登半島の入り口に位置する志賀町には湿度を調節しながら柿を干すための小屋がたくさんある。なかには吊るした柿の壁ができ、特に夕暮れ時には差し込む日の光を浴びて、オレンジ色に輝いている。そのなかのひとつ、細川農園を訪れた島袋とメンバーたちは、細川夫妻の指導のもと、500個の柿の皮を剥いてヘタを取り、細い紐で柿二つを結びつけた。それを美術館に持ち帰り、用意した移動式の専用ケースの中にわたした竹に吊り下げ、小さな干し柿小屋を作った。このケースは美術館の外の広場に約3週間、天候に応じて室内と屋外を出し入れしながら展示され、揉んで中の繊維を切る工程を経て干し柿が完成した。干し柿は現在冷凍中で、3月2日のクロージングイベントで参加者とともに食べる予定である。展示中、本物の柿だと思わない観客も多かったが、干した柿をかびさせてしまった話など、ケースの周囲は、ひとしきり柿談義で盛り上がっていた。メンバーも、自ら干し柿作りを体験することによって、日常生活のなかで柿を見る目が変わったようだ。私自身もそれまで柿はそれほど好きではなかったが、好んで食べるようになった。ケースのキャスターは、天候への対応や管理上の理由もあって取り付けたものだが、能登の柿小屋の一部が切り取られて、美術館へと移動してきたことを象徴するもののように感じられた。


8──志賀町の干し柿小屋


9──干し柿の作り方を習う島袋とメンバー


10──金沢21世紀美術館外構に設置した干し柿用ケース

 11月に創刊したメンバー通信『能登へ』は、展覧会の観客にメンバーの体験した能登を伝え、それをきっかけに観客自ら能登へ足を運んでもらうことを願って配布する媒体である。メンバーが署名入りで執筆し、編集や丁合の作業も行なっている。現時点までに約30本の記事が掲載された。
 4月から島袋とともに活動してきたメンバーは、島袋が実現すると決めた作品を一緒に作っただけでなく、能登へのリサーチの段階から同行してきた。島袋が能登のなにに注目し、どのように対象に接触し、作品化していくかを間近で見ることができる一方で、作品として実現しなかったリサーチにも多く立ち会うことになった。また、繰り返し能登へ旅するあいだに、島袋や他のメンバーから影響を受けながらも、それぞれの各メンバー独自の体験が積み重なっていた。9月に後期展示が始まり、それからの展開について島袋とメンバーが集まって話し合ったとき、メンバーの一人である竹内聡が、いまの展示は島袋の作品を展示しているだけで、観客にメンバーの活動が伝わらないという発言をした。島袋展は、「金沢若者夢チャレンジ・アートプログラム」という美術館教育プログラムの一環として行なっており、このプログラム自体は今年7年目の迎えるのだが、竹内はこれまでにもいくつかのプログラムにメンバーとして参加してきた。過去の企画では、メンバーが交代で展示室に滞在し、観客にニットの作り方(「広瀬光治と西山美なコの“ニットカフェ・イン・マイルーム”」、2009-2010)やウクレレの弾き方(「Aloha Amigo! フェデリコ・エレロ×関口和之」、2012-2013)を直接伝えたり、メンバーが朝顔に水をやったりする(日比野克彦アートプロジェクト「ホーム→アンド←アウェー」方式、2007-2008)など、メンバーの存在が観客に見えていた。むしろ、アートプロジェクトとして、一般市民の参加自体を作品の一部としてプレゼンテーションしているという側面もあった。それに対し、今回のプログラムでは、「展示」というアウトプットでは、メンバーの参加自体を作品のなかで表現していない。もちろん、メンバーの存在がなければ実現しなかった作品もあるし、その場合には壁に制作に携わったメンバーの名前もクレジットとして掲示しているが、いわゆる参加型の作品ではない。展示を考えるときに意図的にそのような方針をとったので、竹内の発言は、あらためてそのことを確認するという内容のものだったと言える。だが、そこからメンバーが展示以外のメディアをつくって発信しようという話へと展開し、メンバー通信の創刊へと繋がった。間垣づくり、能登の食材による七輪パーティ、祭りなど、メンバーが体験した能登を、それぞれの視点で文章に書き、写真を添えて伝えている。
 2月には、冬のあいだ、家に滞在してもらった田の神様に、春に向けて田に戻ってもらう儀式である「あえのこと」を見学に行ったり、干し鱈や干しくちこ作りを習いに行ったりする予定である。3月2日(日)の最終日には、島袋とメンバーによるトークや、記録集の発行も予定しており、1年にわたる活動の集大成が目に見えるかたちとなるはずだ。ぜひとも足を運んでいただけると幸いである。


11──メンバー通信『能登へ』
以上、撮影はすべて筆者(提供=8〜11は金沢21世紀美術館)

島袋道浩:能登

会場:金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂1-2-1/Tel. 076-220-2800
会期:2013年4月27日(土)〜2014年3月2日(日)

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