キュレーターズノート
国東半島アートプロジェクト/「チームラボと佐賀──巡る!巡り巡って巡る」/「草間彌生──永遠の永遠の永遠」
坂本顕子(熊本市現代美術館)
2014年04月15日号
金曜日の業務を終え、新幹線に飛び乗って2時間。約1年ぶりに国東半島を再訪した。九州最古の木造建築である国宝・富貴寺に隣接する宿の湯で、俗世の垢を洗い流し、鶯の声で目を覚ますと、清浄な山里の朝が待っていた。
今回筆者が参加したのは、石川直樹、オノ・ヨーコ、チェ・ジョンファらの作品に続いて完成した、アントニー・ゴームリー、勅使川原三郎らの作品を丸1日かけてじっくりとまわる、スペシャル・バスツアーであった。大分県内外から集った40名ほどの皆さんと一緒に、バスの中で国東半島に関するレクチャーを受けながら、まずは、ゴームリーのプロジェクトの舞台となる旧千燈寺へと向かう。
718年に仁聞菩薩により創建された旧千燈寺は、かつて「西の高野山」とも呼ばれるほど繁栄し、六郷満山の中核を担う大寺院であったが、キリシタン大名・大友宗麟の焼打ちによってその勢力は失われ、往時の面影を残しながら、現在は公園として整備されている。国東半島はその中央に位置する両子山を中心に、その周辺に向かって流れる尾根に沿って六郷満山文化が発展してきた。この旧千燈寺も、10年に1回行なわれる、仁聞ゆかりの寺院を踏破する天台宗の荒行「峰入り」の場所のひとつにあたる。
この「峰道」はなかなかに厳しい。トレッキング・シューズを履いてこなかったことを少し後悔しながら、地元の歴史ガイドさんの明るいおしゃべりと笑顔に励まされ、西行返し、伽藍跡、奥の院、千燈墓地などを、息を切らしながら登って行く。そしてその極限は、どうやってそこに建てられたのか想像もつかない、人一人がやっと通れる、両側が絶壁の切り立った崖に立つ五辻不動尊だ。前日の雨があがり、絶好の晴天に恵まれたその日、瀬戸内海を一望するその眺めは、都市の夜景と対極にある、自らの肉体を天地に差し出すことによってしか到達することのできない絶景であった。
そして、ゴームリーの《ANOTHER TIME XX(もうひとつの時間)》は、その峰道を少しだけ海側に戻った崖の脇にひっそりとあった。国東の風雨にさらされ、うっすらとした黄の錆色を纏ったその人間は、はるか東方を見つめながら、私たちの到着を静かに待っていた。かつて数えきれないほどの先人たちがこの山を目指して集い、祈り、再び自分の場所に帰っていった。私もその末端のささやかな一人であることに気付き、そして、これまでここを訪れ、思いを重ねてきた、無数の人間たちの魂の輪郭にそっと触れたような気がした。
じつは国東を再訪した理由には、各種報道でも伝えられているとおり、このゴームリーの像の設置を巡る議論の是非を確かめてみたいという思いもあった。確かに、この1300年の歴史を誇る六郷満山の文化の髄とも言える峰道そばに、「イギリス人彫刻家が自身の肉体を型取りした衣服をつけない像を設置する」という言葉だけを聞くと、美術の世界に身を置く筆者であってもやや不安を感じたのは事実だ。
しかし、それは杞憂であった。これはあくまで外部の者の一意見であるが、作者であるゴームリーは、けっしてエゴイスティックにこの場所を選んだわけではないようだ。長く東洋の思想を学び、土地の歴史の重要性を的確に理解し、この場を守る人々の思いや、場所の霊性への最大の敬意を払いながら作品を設置していることは十分感じられた。その背景には、神仏習合の地として知られ、古くから大陸の文化を大らかに受け入れてきた世界に誇るべきこの土地の習いがある。そして、砂鉄の産地として刀鍛冶が栄え、金屎と呼ばれる鉄の滓がいまも土に混ざって出てくる国東という場所で、はるか時の経過とともに、この鉄の人間は地に還っていくだろう。そして、私たちの肉体もいずれ滅びる。雨を受け、風にさらされても一人じっと変わらず訪れる人を待ち続けているその姿は、現代の石仏のようでもあった。
その後、旅はもうひとつのクライマックスである、勅使川原三郎の並石プロジェクトへと向かった。舞台となるダム湖に陽が落ちかけた、黄昏の澄んだ時間のなかに、勅使川原のガラス彫刻がキラキラと湖面に反射する。大きく昇りはじめた月を背景に、ダム湖のまわりを時に寡黙に、時に互いに会話をしながら歩く時間は、このうえない贅沢なひと時であった。2014年秋の国東半島芸術祭では、この作品を背景に、勅使河原のダンスが展開される計画もあると言う。同じ九州にいながら、1年前まではほとんど知ることのなかったこの場所に、また出かけざるを得ない機会が増えそうだ。
国東半島アートプロジェクト(国東半島芸術祭 プレ事業)
学芸員レポート
3月の九州は興味深いプロジェクトが続いた。そのひとつが佐賀県で開催された「チームラボと佐賀──巡る!巡り巡って巡る」展である。佐賀県立美術館(佐賀市)を中心に、名護屋城博物館(唐津)、九州陶磁文化館(有田)、宇宙科学館(武雄)の県立4館にチームラボ作品を展示することで、県民の文化施設や各地域への観光・周遊をうながすものだという。近年、九州・沖縄ではチームラボ作品が展示される機会が多く、管見するなかでも、宮崎、佐賀、沖縄、福岡、鹿児島など枚挙に暇がない。
結果、感想としては(時間的に名護屋城までは行けなかった)、九州ではなかなかお目にかかれないハイスペックな機材や映像・音楽の美しさが十分に発揮され、楽しめるものであった。インタラクティブな作品が主体であることから、子どもから年配の方まで幅広い層が思い思いの時間を過ごしておられた。
総予算35,736,000円という破格の規模に正直驚き・納得したが(最終入場者は25,017人)、先端技術×和やその土地の歴史という非常に明快なコンセプト、東大発ベンチャーということで、同窓が多い地方の首長との親和性など、地方行政のハートをくすぐる要素が的確に盛り込まれ、その点も感心する限りであった。大分の「トイレンナーレ」もそうだが、とりわけ地方において、美術館とは違ったアプローチで実施される、行政とアートの関係性については引き続き注目していきたいと思う。
他方、熊本はどうかと言うと、2005年の巡回展「草間彌生──無限の大海を行く時」から9年ぶりに「草間彌生──永遠の永遠の永遠」展を開催している。現時点で巡回8都市目、46万人を動員、アメリカ・ヨーロッパ、アジアや南米でも巡回が続く、現代美術界では破格の存在となった草間氏の人気は、訪れるお客様の感想を伺っても、「孤高の前衛の女王」から、小学生もその名を知る「みんなの草間さん」になっていることに感慨深いものを感じた。その9年分の美術館の成長としては、ホテル日航熊本とコラボした記念スイーツや、隣接する上通商店街との相互割引やナイトツアー、街なかへの作品展示、水玉カフェの展開、ゴールデンウィークの出張イベント、ツアーや団体見学などが、以前に比べて格段にスムーズに行なえるようになり、地域の方々も一体となって、展覧会や美術館、地域を盛り上げようとさまざまにご協力いただけるようになったことだろうか。その期待に応えられるよう、会期終了までスタッフたちとともに疾走していきたいと思う。