2020年02月15日号
次回3月2日更新予定

キュレーターズノート

「あなたの知らない大川美術館展」、「プレイヤーズ──遊びからはじまるアート」ほか

住友文彦(アーツ前橋)

2014年07月01日号

 大川美術館は1989年に三井物産勤務を経てダイエーの副社長を務めた大川栄二氏が引退後に、自らのコレクションを展示する個人美術館として群馬県桐生市に開館した。市内を見渡せる山の斜面にあった第一勧業銀行の元社員寮を改装しているため、大規模な展示室はないが作品を親密な距離感で楽しめる魅力的な空間を持っている。設計は、松本竣介の息子である松本莞氏が手がけている。コレクションには、パブロ・ピカソ、マックス・エルンスト、ベン・ニコルソンなどの海外著名作家も含まれるが、松本竣介と野田英夫をはじめ、上村松園らの日本画やオノサト・トシノブや瑛九らの優れた日本の美術作品が数多く含まれている。さらに、敗戦からの復興と高度経済成長の時代が、そのまま人生と重なっているような個人がどのように美術と向き合ってきたかを知る意味でも非常に興味深い。


左=大川美術館、外観
右=同、展示室

 その優れたコレクションを見る機会を別の美術館が手がけたというので、5月のよく晴れた日に、深くなりつつある木々の緑の間を縫う道を通って富岡市立美術博物館に向かった。富岡製糸場が世界遺産への登録を確定させたばかりの同市が持つ美術博物館は、郷土ゆかりの作家である福沢一郎のコレクションで知られる。その高い天井を持つ展示室で、大川氏が深い思い入れを持っていたと伝えられる松本竣介の《ニコライ堂の横の道》にも出会う。
 ほかにも難波田龍起の《生きものの神話》などが、所蔵元を離れて明るい照明と広々とした部屋にやってきていた。加えて、大川美術館ではさまざまな切り口によってコレクションを紹介をすることで、展覧会ごとに新鮮な見え方をつくるように努力してきたと思われるが、いっぽう富岡市立美術博物館では同コレクションがどのような特徴を持つものなのかを俯瞰的に紹介することを意識していた。そのような概観が可能になることで、あらためてコレクションの価値や意義に光が当てられていると言えるだろう。公立美術館のコレクションは、作品収蔵に関わる複数の地元の美術関係者や、館長や学芸員の入れ替わり、設置者の予算削減措置などによって一貫したコレクション形成に成功しているところはけっして多くないだろう。それに対して、権威や名声とは関係なく自分の信じる作品を購入し、その思い入れによって幅を広げてきた大川氏のような個人コレクションは、その形成過程に関心が集まることで従来の作品に与えられてきた価値とは異なる価値の発見に気づかされることも多いのではないだろうか。


松本竣介《ニコライ堂の横の道》1941年頃


靉光《洋梨》1942年
以上すべて、提供=大川美術館

 さて、たまたまその数日後には桐生に赴く機会があり、約100点の作品がまとめて貸し出されていた大川美術館に立ち寄った。しかし、コレクションを利用した展覧会が行なわれていた展示室には、まだまだ見応えのある展覧会がいくつか開けると思えるほどの作品が静かにたたずんでいた。麻生三郎、桂ゆき、石井壬子夫など、部屋から部屋へと移り歩きながら目にする作品は思わず時間を忘れるような魅力を放っている。少し暗めの住宅のように低めの展示高は、人が落ち着いて身を置くことができる空間である。そのせいで作品との間には親密さと言ってよいような感覚が生れる。
 同美術館はけっして来場者は多くないと思うが、公益財団法人として地道に大川氏が築き上げた遺産を後世に伝えていく役割を果たしている。その背景にある考えは、開館時に発行された作品集『大川美術館 所蔵192選──松本竣介をめぐる近代洋画の展望』の巻末に書かれた大川氏の「絵のある生活と人生」という文章にうかがえる。これは、どのように美術が人生を豊かにするのか、美術に関心がない人への指南から美術館が置かれている状況についてまで、じつに的確で幅広い視点が示されている。そして、美術館がなぜ必要なのか、どのように人々に影響を与えるものなのか、いまでも十分に有効な意見を記している。美術団体の貸会場ではない公立の近代美術館は日本で活動を始めてからまだ日が浅い。民間の柔軟な経営視点を導入することを目指していたはずの「指定管理者制度」はコスト削減の道具となり下がり、いつのまにか悪者扱いされている。しかし、新しい美術館の開設に奔走し、それをどう持続させていくか悩む身としては、こうした個人の価値観に根差した自由な美術との接し方や、民間の柔軟な施設経営の方法などから学ぶことはいまだに多いと思う。

あなたの知らない大川美術館展

会期:2014年4月12日(土)〜5月18日(日)
会場:富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
群馬県富岡市黒川351-1/Tel. 0274-62-6200

学芸員レポート

 現在は、7月5日から始まる「プレイヤーズ──遊びからはじまるアート」展と「地域アートプロジェクト報告展〈磯部湯活用プロジェクト〉伊藤存、幸田千依」の準備中である。前者は、子どものときに抱いた想像力を大切に持ち続け、それが創造的な活動につながっているような作家の作品を紹介する展覧会である。熱中することや没頭することは、ある意味で一般的な社会生活を送るうえでは無駄なこととされるが、考えてみればそれが創造の源となり、社会の役に立っていると思えれば、効率優先の考えを身に付けることや空気を読むことを強要されなくてもきっといいはず。また、後者は昨年秋に廃業した銭湯で公開制作と作品展示を行なったプロジェクトを、さらに新しい作品も合わせて展示する。ふたりのアーティストが前橋の生き物と風景に出会ってつくられた作品を展示する。両方合わせて、会期中には実際に手を動かして参加するようなワークショップも多く行なわれる。
 それと、先日終わったばかりの「白川昌生 ダダ、ダダ、ダ──地域に生きる想像☆の力」展に関連して行なわれた事業を紹介しておきたい。まずは4月13日に行なわれた「駅家(うまや)の木馬」祭り。2011年に続き2回目の開催だが、これは白川さんが国定忠治と萩原朔太郎、つまりやくざと詩人を架空の人物を1人置くことで関係づけるフィクションを書き上げたことに端を発した。架空の人物が主人公とはいえ、実際の出来事などはかなり史実通りに書かれているため、地域の近代史を子どもなどが気軽に知ることができる物語である。それを伝えるための紙芝居が子どもたちに披露され、さらに今回は新しく中崎透演出の寸劇が祭りに加わった。ちなみに、かなり重層的に織り込まれた物語には、ダダイズム発祥の地、ウィーンと前橋の不思議なつながりも示唆されるという凝ったものである。とにかく見事な想像力の飛躍としか言いようのない物語ができあがり、この物語のお告げ通り、木馬を子どもたちとひきまわすお祭りをやろうということになったのである。楽団は、ちんどん屋あり、石坂亥士による「荒馬踊り」あり、さらにノイズ音楽のアビシェイカーも登場するといったまるで正統派の祭りからは外れた領域横断ぶりである。この様子は、藤井光によって映像作品にまとめられ、会期中に展示室で見ることができた。


駅家の木馬祭り
撮影=木暮伸也

 次は、アーツ前橋ができる以前から東京藝術大学の毛利嘉孝研究室と白川さんが行なってきた「第4回前橋映像祭」である。常連作家のほかに公募枠もあり、5月31日と6月1日の2日間で開催された。今年は社会的なテーマの作品が数多く集まり、若い参加者もかなり多く、映像の上映のみならず、制作者やゲストを呼んだトークも行なわれた。
 それから、5月のあいだの週末だけ、白川作品を展示した個人邸も一般向けに公開された。ちなみに、そこは建築家の藤本壮介が最初に手掛けた住宅として、おおいに話題となった《T-House》であり、個人宅ゆえに中を一般に公開するのはこれが初めてだった。注目を集める建築家の出世作とあり、建築関係者が数多く訪れた。そこで白川さんは絶妙に家の構造に対応した作品を制作し設置したのだが、美術館の展示空間とは違う空間との向き合い方が抜群に面白い展示となっていた。建築との関係を見るうえでも興味深いものだったが、建築の若い学生はどれだけ作品を見ていたのか……。


《T-House》の白川昌生展
撮影=木暮伸也

 そして最後は、グダ・グダ・ダ・アーカイ部の「白川店」。これは、地元の編集者/社会学研究者と学生の2人組が白川展が始まると同時に、関連資料や関係者へのインタビュー記録を紹介する活動を始めたものである。いつまでやるのかなと思っていたら、全国から来場する関係者を捕まえてはアーカイヴ映像を増やし続け、ついには会期終了まで毎週末活動を行なっていた。非専門家の立場から、白川さんの活動を紐解いていこうとするだけでなく、インスタント焼きそばを自由に食べてもらうことや、映像DVDを希望者に渡すなど、贈与のエコノミーを作り出そうとする点で白川さんの実践を引き受けるような側面もあったと言えるだろう。
 このほか、会期中には前橋ポエトリーフェスティバルや臨江閣で福田篤夫、柳健司、中野西敏弘の三人展も行なわれるなど、かなり盛りだくさんの会期だったと言える。ちなみに、私もその一部始終を見られているわけではなく、あくまでも関連で行なわれたことを残し、伝える目的でこれを書いている。それにしても、ひとつの美術館が担う事業を大きく超えて波紋が広がるようにこうしたイベントが行なわれたのも、白川さんが「場所・群馬」や北関東造形美術館などの活動を通して、この地に築き上げてきたものの大きさにあらためて気づかされたというほかはない。


グダ・グダ・ダ・アーカイ部 「白川店」
撮影=佐々木巧海

プレイヤーズ──遊びからはじまるアート

会期:2014年7月5日(土)〜9月15日(月)

地域アートプロジェクト報告展〈磯部湯活用プロジェクト〉伊藤存、幸田千依

会期:2014年7月5日(土)〜9月15日(月)

白川昌生 ダダ、ダダ、ダ──地域に生きる想像☆の力

会期:2014年3月15日(土)〜6月15日(日)

ともに会場:アーツ前橋
群馬県前橋市千代田町5-1-16/Tel. 027-230-1144

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