キュレーターズノート
「熊本−東京──画家たちの上京物語」「若木くるみの制作道場 リターンズ」「パープルーム大学II」
坂本顕子(熊本市現代美術館)
2014年10月15日号
今年の夏は雨が多かった。週末になると、台風、雨そして雨。しかし、天気にこそ恵まれなかったものの、今夏の熊本の展覧会ラインナップは、近年にない豊作。連載ローテーションの都合で、この時期になってしまったが、それらの内容をぜひこの機会に振り返っておきたい。
そのひとつは、熊本県立美術館で行なわれた「画家たちの上京物語」展である。1910年代に相次いで熊本に生まれた、坂本善三(1911-87)、浜田知明(1917-)、大塚耕二(1914-45)の3人の画家たちの上京と青春、帰郷の軌跡に焦点を当て、美術作品だけにとどまらず、当時の社会・文化的背景と照らし合わせるかたちで構成された、林田龍太学芸員による意欲的な企画であった。
坂本善三については、郷里の阿蘇郡小国町に坂本善三美術館があり、また、浜田知明は、版画を中心にそのほとんどの作品が熊本県立美術館に収蔵され、研究が進られている。その一方で、熊本から上京後、帝国美術学校(当時)に学び、若くしてアンドレ・ブルトン他著の『シュルレアリスム簡約辞典』に《トリリート》(熊本県立美術館蔵)が掲載されるなど、将来を嘱望されながら、1945年にフィリピンで戦死した大塚耕二については、現存する作品数も少なく、その全貌を明らかにすることは難しいだろうと考えられてきた。
しかし今回、大塚の作品7点と並んで、会場のひと隅でそっと紹介された、従軍手帖や遺品の絵葉書は、絵画作品と同じ重さをもって、胸に迫る。これまで多くを語られることのなかった、もうひとつの「初年兵哀歌」を見た思いだった。
この「上京物語」展には、実はもうひとつ別の「外伝」もある。熊本市現代美術館の代表的な収蔵作家である井手宣通(1912-93)も、ほぼ同時期に東京美術学校に学び、「上京物語」を歩んでいるのだ。これらの井手作品については、県立美術館での同展に時期をあわせるかたちで、当館の井手宣通記念ギャラリーで紹介したが、井手を含めた4人の足跡を振り返ってみると、実に興味深い。戦争への関与という点でも、戦死した大塚から、《初年兵哀歌》を制作した浜田、幾度かの召集を受けた坂本、報道班員というかたちで直接徴兵されなかった井手まで濃淡がある。
その後の画業という点でも、帰熊後、いわゆる中央・地方画壇とは一線を画して制作を続ける浜田、熊本を拠点に独立美術協会で後進の指導にあたった坂本、東京に残って日洋会を全国的に組織し、最終的に日展の理事長になった井手と三者三様の動きをみせる。戦後の画壇の縮図に、熊本が色濃く影を落としていたことに、改めて驚かされた。
熊本−東京──画家たちの上京物語
「来年2015年は戦後70年か……」と感慨深く思っていたそのころ、その追悼ムードとはまったく正反対の、賑やかなプロジェクトが、小国町の坂本善三美術館で連日行なわれていた。昨年度に引き続き、周囲の熱烈な要望により今年も小国町にやってきた「若木くるみの制作道場2014」である。本プロジェクトは、美術家・若木くるみが夏休みの30日間、小国町に滞在し、小国で調達できる素材だけで考えた企画を学芸員にプレゼンし、合格したものを連日館内で実施するという、なんともハードなプロジェクトである。
筆者が行なった当日のお題は、「うらの顔」(8月17日)。剃り上げた後頭部にもうひとつの「顔」を描くスタイルは若木の代表作だが、それを参加者も追体験するものである。顔型に切った紙を後頭部に当てがい、鏡を見ながら自分の顔を描く。しかし、逆手になるため思うようにペンが進まない。どんなものかと覗きに来たほかの来場者も、つられて大爆笑しながら、次々と参加し、会話が生まれて行く様子がなんとも楽しい。それ以外にも、乾物を「汗で戻す」(8月1日)、“オグニキャップ”となって美術館前を疾走する「小国ダービー」(8月3日)、お客さんからのプランを採用した「真っ赤なお鼻の確認印」(8月29日)など、肉体派の強みを生かした企画が続く。
その一方で、坂本善三美術館という場所ならではの企画もある。美術館のシンボルとも言える《作品82》に扮した「善三擬態」(8月8日)は、格子を通して溢れる光を描いた同作品と同じ模様を身体に描くというものである。実際に描いていくなかで、単純な黒で格子を描くのではなく、光の中で“黒く”見えるよう、赤と青と黄色の混色を発見する過程は、森村泰昌ではないが、美術作品に“なる”ことで見えてきた世界であろう。
また、これは見たかった!と感じた残念なものに「耳なし芳二」(8月13日)があった。「耳なし芳一」よろしく身体中に文字を書くという企画だが、藁葺き・畳敷きの善三美術館の中というロケーションと、日々マラソンで鍛え上げた若木の輝く豊かな肉体が絶妙にマッチして、アブラモヴィッチのパフォーマンスのような洗練を生んでいる。
しかし、なによりこの「制作道場」の真骨頂は、30日間の若木くるみと、学芸員の山下弘子による、“アートの真剣勝負”の軌跡にある。いまもブログからその日々を辿って読むたび、胸が熱くなる。こんなアーティストとの息詰まるような勝負は、私にはできないかもしれない。それを温かく見守るスタッフや町の人や来場者、善三先生の作品たち。そんな美術館があることを心底羨ましく思った。
若木くるみの制作道場 リターンズ
学芸員レポート
この秋の九州では、「第5回福岡アジア美術トリエンナーレ2014」「国東半島芸術祭」が開催中で、各地へと足を運ばれる方も多いだろう。そんな方にお勧めしたいのがこの1冊。『KOA 九州・沖縄アーティストファイル』だ。筆者も熊本を中心に作家を推薦させてもらったが、この本のすごいところは、福岡の街でアートに関わる3人の女性有志のチーム(木下貴子、宮本初音、宮崎由子)が、企画・制作・出版を行なっていること。九州沖縄8県から58人のアーティスト、125の現代アートに関わるスペースやプロジェクトをバイリンガルで紹介している。その3人の尽力はもちろんだが、それに呼応して各県のアート関係者がネットワーク化して協力し、九州のアートを世界に発信する本が出来上がったのは、本当に誇らしいことだ。九州の主要な美術館やアートスペース、アマゾン等でも手に入る。ぜひ目を通してもらえれば嬉しい。
また、熊本市現代美術館では、公立美術館では初めてとなる約250点による本格的な回顧展「天野喜孝展 想像を超えた世界」を開催中だが、11月22日(土)からは、ギャラリーIIIにて、通算100回目の企画となる「パープルーム大学II」がオープンする。ギャラリーIIIは、熊本や九州のアーティストを紹介してきたスペースだが、今回は、熊本出身の坂本夏子や、梅津庸一を中心に、有馬かおる、石井友人、内田百合香、大島智子、風見2、岸井大輔、qp、KOURYOU、鋤柄ふくみ、20m61、だつお、たんぱく質、二艘木洋行、平山昌尚、福士千裕、マジカル商店、もんだみなころ、パープルーム予備校生(安藤裕美、高島周造)、熊本からもアートホーリーメン、マツモトマサヒデらが参加し、「不定形の理想共同体」としての、パープルームが展開される。各芸術祭とあわせて、熊本にもぜひ足をお運びいただければ幸いである。