キュレーターズノート

石元泰博展示室オープン/オープン記念「石元泰博写真展──この素晴らしき世界」/アーティスト・イン・レジデンス須崎「現代地方譚2」

川浪千鶴(高知県立美術館)

2014年11月01日号

 シカゴと東京、ビルが立ち並ぶ都市の相貌と街角で出会った人々の表情。桂離宮と伊勢神宮、伝統的な日本建築に見る直線の美と螺旋状の時間。空き缶や雲、落ち葉、雪道の足跡……、瞬間と永遠が重なり合ううつろうものたち。
 ゆるぎない画面構成と光と影が織りなすモノクロームの美で知られる石元泰博の写真世界には、西洋の造形性と東洋の思想が対立することなく「不二」として存在している。「写真の在り方」を問いかける作品群は、時代や国を超えて多くの人々を惹きつけ続け、その感動は古びることがない。

アーカイブ拠点としての常設展示室

 高知県ゆかりの世界的な写真家・石元泰博を顕彰する「石元泰博展示室」がこの10月12日、高知県立美術館にオープンした。現在、この新常設展示室のお披露目として、シカゴのニュー・バウハウスに学んだ初期から晩年の80代にいたるまでの代表的なシリーズから選りすぐった33点の作品で構成した「この素晴らしき世界」展を開催している。
 「石元泰博展示室」は、昨年6月に発足した「石元泰博フォトセンター」にとって、念願のアーカイブ拠点でもある。
 生前から没後にかけて石元本人とご遺族から高知県が寄贈を受けた写真や資料は、プリント約35,000枚、ネガ・ポジフィルム約15万枚、蔵書約5,000冊、カメラ15台、レンズ40点という膨大さ。さらに愛用の家具や美術工芸品、手紙、映画フィルム等、そして著作権も譲渡されるなど内容も多岐にわたり、石元泰博という写真家のすべてが「ここに在る」といえる。
 「石元泰博フォトセンター」は、三つの基本的な活動方針を掲げている。網羅的な石元コレクションの保存管理・調査研究をたゆまず行ない、未来にその価値を伝えていく「深める」活動、展覧会開催やデータベースの構築・公開を通じて、その価値を県内はもとより日本、世界に「広める」活動、著作権管理を通じた石元芸術と思想の普及と石元泰博の人間像に触れる鑑賞教育などの「つなぐ」活動。こうした方針を実践する専用の「場所」をもつことによって、センターはこの10月に改めてスタートを切ったともいえる。


左=《シカゴ ハロウィン》1959-61
右=《シカゴ 街》1959-61


左=《東京 街》1963-65
右=《桂離宮》昭和五六-五七(1981-82)


左=《雲》1993
右=《色とことば》1990年代
以上、「石元泰博写真展──この素晴らしき世界」(第1期)展示作品より

紹介1──石元展示室

 さて、2階の講義室を改修工事して誕生した石元展示室の広さは、約85平米。こじんまりしたスペースだが、テーマを変えながら年間6回の展示替えを行ない、各回約30点、通年で約200点の作品を紹介する予定である。
 展示室は、作品が一番美しく見える、石元らしいホワイトキューブを目指すとともに、鑑賞者にもストレスが少ない照明や空間づくりに配慮している。
 石元の人間像を豊かに伝えるために、額装されたプリント作品だけでなく、愛用のカメラや初版の写真集をケース展示し、さらに品川にあったご自宅のリビングのイメージを再現したコーナーも設置した。お気に入りの椅子に腰掛け、滋夫人と語らう在りし日の姿が目に浮かぶようだとおっしゃる方もいらして、このコーナーはとても評判がいい。
 リビングコーナーの壁に取り付けた大型モニターでは、現在、学生時代の石元が友人と一緒にシカゴ・ブルースの聖地と呼ばれたマックスウエル・ストリートを撮影した貴重な映画が上映されている。ブルーのカーペットの上に置かれた美しいフォルムのモダンデザイン家具と、路上で奏でられる音楽とダンス。その組み合わせは、都市とそこに息づく人間の存在というテーマや、確固とした造形意識とうつろう日常をとらえる眼の共存といった石元芸術に通底するものを象徴してもいる。


石元泰博展示室(写真右の奥が自宅リビングの家具などを設置したコーナー)


愛用の家具類等展示スペース
作品画像はすべて、© 高知県,石元泰博フォトセンター

紹介2──作業・保管室とアート情報コーナー

 石元展示室の隣には、旧ライブラリーを改修して、ネガ・ポジフィルムを保存しスキャニング作業等を行なう約28平米のフィルム専用の作業・保管室と、石元蔵書保管庫を含む約63平米の書庫を新たに設けた(プリントは従来の収蔵庫で保管し、複写作業等はその前室で行なっている)。
 低温低湿度が必須条件であるネガ・ポジフィルムは長期保管が極めて難しく、地方公立美術館がこれほど大量にフィルム管理を行なっている例は、ここ以外ほかにはないといっていい。
 とはいえ既存施設の改修であるため、保存管理の環境づくりにはどうしても限界はある。データベースの構築と公開に向けての作業は確かに重要であり急務だが、デジタル化だけがアーカイブの目的ではない。プリントだけでなくフィルムという脆弱で貴重な写真資料が少しでも長く現状を維持できるよう、限られた条件のなかでできる最善を選び積み重ねることで、将来における長期の保存につないでいきたい。写真や映像資料の保存をめぐる同じ悩みを抱える地方文化施設のためにも、石元泰博フォトセンターの活動や経験を記録化・共有化することは、もうひとつの使命といえる。
 展示室と保管・作業室の向かいには、旧ライブラリーに替わって、約2,000冊の展覧会図録や美術雑誌、美術書を自由に手にとって閲覧できる、明るいアート情報コーナーが登場し、ロビーの役割もかねている。石元に関する図書や写真集のコーナーや石元コレクションを含む高知県立美術館所蔵作品の情報検索端末も配備している(現在は一部のデータのみ公開)。
 こうした新たな施設や設備が十分に機能し、さらに有機的につながることで、「深め、広め、つながる」活動が大きく循環することを目指していきたい。

 石元氏がプリントやフィルムの寄贈と著作権譲渡について高知県と契約を交わしたときから数えて8年、そして2012年2月に氏が90歳で亡くなってから約2年半が経った。やっと展示室オープンまでたどりついたとしみじみしながらも、12月から来年3月にかけて、石元の母校にあたる小学校の全生徒と教員を新展示室にご招待する、ミュージアムスクールバス事業の準備に追われている。

石元泰博プロフィール

石元泰博(いしもと・やすひろ、1921-2012)。高知県ゆかりの写真家。シカゴのインスティテュート・オブ・デザインで、写真を学ぶ。研ぎ澄まされた造形感覚による端正で知的な画面構成、自ら手焼きした美しいモノクローム・プリントは、国際的にも高く評価され、日本を代表する写真家としてその名を残した。

石元泰博展示室オープン記念「石元泰博写真展──この素晴らしき世界」

会期:2014年10月12日(日)〜2015年4月5日(日)
[1期]10月12日(日)〜12月7日(日)
[2期]12月9日(火)〜2015年2月8日(日)
[3期]2月10日(火)〜4月5日(日)
会場:高知県立美術館 2階 石元泰博展示室
高知県高知市高須353-2/Tel. 088-866-8000

学芸員レポート

 今年1月から2月にかけて、高知県須崎市で行なわれた「アーティスト・イン・レジデンス須崎『現代地方譚』」の第二弾が、早くもこの秋開催された。
 もともと秋が本番で、1回目はプレに位置付けられていたそうだが、過疎化が進む高知県内の小さな町で、年間2回ものレジデンス活動が計画され、実施されたことは、高知のアート界における「事件」といっても過言ではない。
 2回目は参加作家の人数と展示場所がスケールアップしている。前回は全6名(県内3名、県外3名)が滞在制作したのに対して、今回は滞在制作を県外作家7名が行ない、展示作家は高知の作家を中心にした2グループと7名が参加、総勢16組という大所帯になっている。まちかどギャラリー・旧三浦邸が滞在制作会場兼メイン展示会場であることは変わらないが、空き家や駅舎、廃銭湯など会場はさらに5カ所増えており、参加作家によるワークショップやまち歩きも充実させるなど、参加型の魅力アップが図られている。
 1回目の展示概要と須崎市の歴史、まちかどギャラリーや企画・運営スタッフについては、以前ここでレポート済みなので、今回は場所ではなく、作品を中心にご紹介したい。

 とくに記憶に残ったのは、絵画作家と現代地方譚経験作家の「善戦」。町中がアートという展覧会スタイルでは、独立した壁面を要求する絵画作品の展示は苦労が絶えない。必然的にどこでもインスタレーションや体験・交流プログラムを得意とする作家にゆだねることが増えるわけだが、本展は絵画作品に見応えがあるものが多く、体験ばかりではなく、「見ること、対峙すること」への企画者のこだわりを感じさせられた。
 クサナギシンペイは、旧三浦邸の座敷の襖をキャンバスにして、須崎で出会った風景の印象をいくつも積層させ、軽やかながらも奥深い風景画を生み出した。現実の時空に通じる複数の回路を保ちつつ展開される、クサナギの豊かな絵画空間は見飽きることがない。
 小西紀行は現代地方譚経験者のひとり。前回が怪談や民話といった須崎の歴史に学んで描いた作品だったのに対して、今回はいま・ここをテーマに、須崎で交流した人々が場所の思い出をともなって画面に登場している。期間限定を逆手にとって、勢いのある筆触とはっとさせる色彩で思い切りよく描かれた作品群は、レジデンス作品という枠組みではなく、小西の新境地を拓く作品として評価されていい。
 竹川宣彰も経験者。前回の体験を振り返り、事前に「はちきん」(4人の男を手玉にとれる男勝りな女性という説もある)と呼ばれるエネルギッシュな須崎女子へのエールというテーマを選んだ。一過性の訪問者には地域住民の元気な一面しか見えないが、前回滞在中に表には出ない、行き場のない人々の悲鳴にも似た内なる声を受けとめた竹川は、異質でも地域社会でともに生きる存在、異形のドラアグクイーン「のぶ子」として今回須崎で暮らし続けた。
 見えないものを見、聞こえない声を聞き、かたちにするアーティスト。彼らの作品や行動を通じて、目に映ったとしても見ようとしなかったものに気づき、これまで聞こうとしなかった声に耳をすます。アートの力は、まさにここにあるといえる。


クサナギシンペイ(旧三浦邸)


左=小西紀行(旧三浦邸)
右=竹川宣彰(旧三浦邸)

 ほかには、改修工事を済ませたばかりで新旧の建材が混在する旧三浦邸で、素材のあり方や取り扱い方、作品のスケールに微妙な異議や違和を投げかける松村有輝、須崎の風やにおいを取り込んで染めあげた新しい布を古い商店内いっぱいに広げ、空間を包み込んだ山崎香織、廃銭湯に差し込む光と影や場に流れる時間を味方につけたデイビット・グラントの展示などが印象に残った。
 須崎という場所にまかれた「アーティスト・イン・レジデンス」という種は、今後どのように成長し、どんな花や実をつけるのだろうか。地域に暮らす人を主役にすえ、須崎を繰り返し訪れる訪問者を増やしていく「関係」づくりに注目した発展を願いたい。


左=松村有輝(旧三浦邸)
右=山崎香織(古民家商店)


デイビット・グラント(旧錦湯)

アーティスト・イン・レジデンス須崎「現代地方譚2」

会期:
[公開制作]2014年9月27日(土)〜10月10日(金)
[展示期間]2014年10月11日(土)〜11月3日(月・祝)
会場:すさき まちかどギャラリー・旧三浦邸ほか市内6カ所
高知県須崎市青木町1-16/Tel. 0889-42-3951
レジデンス作家:クサナギシンペイ(東京)、小西紀行(広島)、竹川宣彰(埼玉) 、西村知己(東京)、松村有輝(東京)、持塚三樹(静岡)、森本美絵(東京)
展示作家:山崎香織(高知)、デイビット・グラント(高知)、竹田篤生(高知)、山/完全版(京都)、嶋尾パルピーちゃんwithコッティ君(高知)、川鍋達(高知)、石井葉子(高知)、ひさまつまゆこ(高知)、丸岡慎一(高知)

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