キュレーターズノート

「広島が生んだデザイン界の巨匠──榮久庵憲司の世界展」、「生誕150年記念──竹内栖鳳」

角奈緒子(広島市現代美術館)

2014年12月15日号

 季節は師走。クリスマスや年末年始商戦で小売業が躍起になっているいまなどとくに、世の中にモノが溢れていることを再認識するとともに、なんとも言い難い不安な気持ちを覚える。モノに満ちた世界は色とりどりだし華やか、と言えば聞こえはよいが、とくに粗悪なモノを見かけると、人の営みに本当にこのようなモノが必要なのかと思わず疑念を抱かざるをえない。しかし、人が享受している、そのモノを次から次へと世に送り出しているのもまた人である。デザイナーである榮久庵憲司(と、彼が率いるGKデザイングループ)を紹介する展覧会は、モノと人との関係を考えさせられる機会となった。

 榮久庵憲司は1929年生まれ、日本に「インダストリアル・デザイン(工業デザイン)」という概念を切り拓いたパイオニアの一人である。広島出身の僧侶を父にもち、広島で暮らしたことのある榮久庵と広島とのつながりは深い。榮久庵をデザインの道に歩ませるきっかけも広島だった。それは、この都市で体験した原爆。彼は原爆投下後、焼け野原となった広島に入っている。「すべてが破壊されて、焼けてしまった──まさに無の世界が広がっているんですね。(…中略…)何もないところを見ると、そこに何かほしい、何か掴めるものがほしいと思う。それがあることが自然なことだと感じる。この時が、私が最初にものの世界というものを意識した最初ではなかったかと思います」とインタビューで話している。東京藝術大学工芸科図案部に入学し、助教授だった小池岩太郎のもとに集まった、榮久庵はじめ学生たちが始めた自主ゼミがGK(Group of Koike)結成へとつながっていく。また榮久庵は、建築家の黒川紀章と川添登から要請を受けて参加することとなった、「メタボリズム(新陳代謝)」のグループの一人としても知られる。ちなみに、黒川建築である広島市現代美術館のサインや家具、照明等のプロダクトデザインを手がけたのも、榮久庵憲司である。
 さて、展覧会会場。「モノの民主化 美の民主化」「具えは道を得て道具となる」「デザイン真善美」「小さくとも力強く美しく」「かたちの新風景」など、GKの哲学に導かれながら展示室に入っていくと、GKが初期にデザインを手がけたプロダクトが目に飛び込んでくる。ヤマハのHiFiチューナーや、多くの人が知るキッコーマンのしょうゆ卓上びん、ヤマハ発動機の創業以来GKが手がけているモーターサイクルのデザインなど、少し懐かしささえ感じられるプロダクトのほかに、2016年東京オリンピック招致ロゴマークや中央線の車両なども見られ、これもGKだったのかと思うほどさまざまなデザインを手がけていることに気づかされる。プロダクトとして、まだ世の中に出回っていないと思われるデザイン──キャプションに「自主研究」と記された作品は、おそらくクライアントからの依頼ではなく、自身の関心の対象をかたちにしている最中のもの、または開発途中のプロトタイプのようなものだと思うが──を見ることができるのもおもしろい。例えば、顔を覆うというよりはフィットするようなかたちの《ダイビングマスク》、広島の目抜き通りのひとつ、平和大通りを二層化する《グリーンベルベット構想》、家庭で聖火を灯すための装置《Fire / Peace》など、なかには本当に必要だろうかと思わずうなってしまうようなアイデアも見られるが、概して余計な飾りを極限まで削ぎ落とし、結果的に機能を際立たせたシンプルなデザインには好感がもてる。この展覧会は、GKのこれまでの足跡としてのデザインを概観することができるだけでなく、昨今のデザイン界においてはもはや考慮しないではいられないであろう、限られた資源や環境を配慮した、地球と人との共存への提言としてのデザインも見ることができる。しかしこの展覧会の最大の見どころはなんと言っても、展示の最後で見られる「道具寺道具村構想」ではないだろうか。ここでは、僧侶でもある榮久庵による、悟りの世界が展開される。


すべて展示風景

 榮久庵は、道具を「道に具わりたるもの」「道の具わりたるもの」と解釈し、道という東洋的な思想と、現代社会におけるデザインとの融合とを目指す。曰く、「道によって具えは道をえて道具となり、人は道具をえてその道を悟る」と。資源もエネルギーも少なくなりつつあるいま、人はどういった生活を送るべきかを考えると、生活の邪魔になるのは「不良な道具の生産」であることに気づいた榮久庵は、道具の心を捉えることこそが重要であると説く。そうすることによって、道具を見る目を高め、道具の矛盾を見極められ、道具のつくりすぎを防げるだけでなく、ひいては「道具の世界が高まり、人間の世界も高まる」と言う。「道具寺」へと続く、青いLEDのほのかな灯りを受けて広がる蓮の池には、小鳥がさえずり、蓮の花には蝶がとまり、鳳凰が空を舞う(もちろんすべてマシーンである)。その向こうにしつらえられた「道具寺」に鎮座するのは、なんと「道具千手観音像」! その心は、「道具を創りだしていく人間の欲を抑えるためには、改めて畏敬の念を持てる超人間的な存在を置き、心身を委ねるべきだと考えた。そこで道具と道具の世界を司る観音として道具千手観音をいただいた。象徴している心は慈悲である。欲の持つ二面性に悩んだとき、慈悲の言葉が返ってくるはずだ。その結果必ずや示唆があるだろう」という発想。うーん、とここでまたうなってしまう。道具の心を捉えるには、道具を丁寧にとことん利用することを通じて道具と対峙すればよいのではないかと凡人の私なぞは思ってしまうのだが、そこは仏の道を極めた榮久庵ならでは、道具千手観音に手をあわせその声を聞くべし、というのである。なるほどね、自分も煩悩と欲とにまみれているなあと自省の念を覚えるも束の間、いや待てよ、道具のためだけの仏は必要か?と、狐につままれたような気持ちで展示室をあとにした。戦後の貧しい時代、高度経済成長期、バブル経済とその後の低迷期など、デザインを通して日本の社会を経験してきたデザイナーであり宗教家が提示する、達観した世界をぜひ多くの方に体験していただきたい。

広島が生んだデザイン界の巨匠──榮久庵憲司の世界展

会期:2014年11月18日(火)〜12月23日(火・祝)
会場:広島県立美術館
広島市中区上幟町2-22/Tel. 082-221-6246

学芸員レポート

 広島県廿日市市宮島といえば、世界遺産としても登録されている観光の名所、厳島神社が知られている。その神社から海を臨み、向かいの山の中腹に見える立派な建物の存在にお気づきの方も多いのではないだろうか。海の見える杜美術館である。この美術館は、宗教法人設立者であるひとりの宗教家が収集した作品や資料を公開する施設として、王舎城美術寶物館という名称で開館、その後、改装を経て、2005年に名称も上記の「海の見える杜美術館」と変えてリニューアルオープンしている。まさに文字どおり、瀬戸内の海を見渡すことのできる美術館である。そのコレクションは、日本画、浮世絵、絵巻、陶器や香水瓶など多岐にわたるが、中心的存在となるのが、竹内栖鳳の作品と栖鳳に関する資料である。その竹内栖鳳の生誕150年を記念し、竹内栖鳳展がつい先日まで開催されていた。
 栖鳳の制作は、つねに対象を実際に観察する写生から出発したと言われているとおり、自然の景色や、動物の毛並みの描写などにはある種のリアリティが感じられる。が、けっして写真のような「写実的」というのではなく、動物でいえば、生動が感じられると言えばよいだろうか。対象の特徴や本質を的確に捉える栖鳳の視点、大胆かつ細やかな絶妙な筆遣いが可能にする、氏ならではの表現だろう。墨のにじみによって、動物の柔らかい毛だけでなく、朦朧とした空気をも表わすことのできる技は見続けても見飽きることはない。
 今回の展覧会で初公開となったいくつかの作品の中のひとつ、1901(明治34)年に描かれた《スエズ景色》は、栖鳳唯一の油絵であるという。1900年にパリで開催されている万国博覧会を視察するため、およそ半年をかけてヨーロッパを巡る旅に出た栖鳳は、旅の道中でスエズ運河を通っている。広大な砂漠を歩く駱駝、スエズ運河は船が並んで通過するのも難しいほどたいへん狭いといった現地の様子を記し、家族に宛てた葉書が残されている。作品を見ると、画面を上下に分かつちょうど真ん中あたりに地平線をおき、画面上半分は雲のたなびく空、下半分の前景には運河、中景には奥へと広がっていく砂漠が描かれる。ラクダを連れた異国の人々の姿も見える。小ぶりな作品ではあるが、運河の水面にてらてらと反射する光の表現などに西洋絵画の影響が見られ、栖鳳の手による油彩としてたいへん貴重な作品であることはいうまでもない。しかし私はどちらかというと、なぜこの「異国の風景」を物すのに油彩を選んだのか、そのときの栖鳳の心を油彩に向かわせた要因はなんだったのかが気になって仕方なかった。


《スエズ風景》

 この展覧会、栖鳳の画業を通観できることはもとより、展示においてさまざまな工夫がなされていた点も見逃せないポイントであった。ひとつは、襖12面に描かれた水墨山水、《秋冬村家図》の複製を利用した広間の再現展示。雄大な山並みが描かれた全面を実寸で見渡すことができ、構図の妙を実感することができた。二つめは、鑑賞を楽しむガイドのような存在として用意されていた「いない干支はどれ?クイズ」。作品にたくさん描かれている動物のうち、ひとつだけ登場しない干支を探せ!というもの。子ども騙しと侮るなかれ、干支探しに夢中になるあまり、どの作品も画面をくまなく真剣に鑑賞することとなり、思いのほか楽しんだ。そのほかにも、茶室を再現した展示や、栖鳳が絵付けした陶器を展示する飾り棚など、ともすれば、過剰な演出は作品鑑賞の妨げになりがちだが、そうしたこともなくちょうどよい加減で展示に工夫がなされており、担当学芸の作品への愛情と敬意が感じられた。実現のための多大な努力と苦労を賛辞を贈りたい。
 ちょっとした隠れ家的存在のこの美術館、建物の外には、四季折々の草花が季節ごとに違った印象を与えてくれる心地よい散策道や、栖鳳の名を冠したフレンチレストラン(セイホウ・オンブラージュ)など、ほかにも見どころ、楽しみどころ満載なのだが、残念なことに上記の竹内栖鳳展終了後、改修工事に入るためしばらく休館になるとのこと。再オープンの時期の発表もまだこれからのようだが、その時を楽しみに待つこととしたい。なお、「生誕150年記念 竹内栖鳳」展は、このあとの巡回先(姫路市立美術館碧南市藤井達吉現代美術館小杉放菴記念日光美術館)で見ることができるので、ぜひ足をお運びください。


複製を用いた《秋冬村家図》の再現展示


栖鳳が手がけた茶道具類の展示

生誕150年記念 竹内栖鳳

会期:2014年11月1日(土)〜12月14日(日)
会場:海の見える杜美術館
広島県廿日市市大野亀ヶ岡701/Tel. 0829-56-3221

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