キュレーターズノート
CCGA現代グラフィックアートセンター「21世紀のグラフィック・ビジョン」展
伊藤匡(福島県立美術館)
2015年06月01日号
対象美術館
福島県須賀川市にあるCCGA現代グラフィックアートセンターは、版画を含む印刷術を使ったアート専門の美術館である。大日本印刷のコレクションの公開施設から出発して、運営母体が公益財団法人に移行し、今年開館20周年を迎えた。
郡山市から国道49号線をいわき市のほうに向かって走ると、やがて宇津峰の麓に至る。宇津峰は標高677メートルの独立峰で、660年程前の南北朝時代には山全体が南朝方の拠点の山城だった。現在は国の史跡であり、市民の森として憩いの場となっている。県道に入り、看板に従って曲がりくねった農道を数分行くと、同系列のゴルフ場の手前に白亜の幾何学的な建物が見えてくる。平地と丘陵が入り組む阿武隈山系らしい景色である。難点はアクセスで、車でなければたいへん行きづらい。近くにJR水郡線の駅はあるが、2時間に1本程度しか便がない。CCGAも苦慮していて、企画展の初日には郡山駅から無料の送迎バスを出すなど対策は取っているものの、不便解消には至っていない。
余談になるが、美術館にとって立地はかなり重要である。よいコレクションや展覧活動をしながら、不便であるために入館者が増えない館は少なくない。1980年代前後の公立美術館建築ブームの頃には、美術館の立地は「広い敷地」と「アクセスの良さ」のどちらを優先させるかという議論があった。そのとき、広い敷地を優先させて郊外に建てられた美術館の多くは、現在入館者の減少に悩んでいる。そのころ開館した美術館が築30年を過ぎて、建物の老朽化、増改築の必要性と立地の問題を一挙に解消するために、別の場所に新築するという動きもある。移設新築という手法は、都市部では難しいだろうが、地方では案外合理性があるかもしれない。
さて、話をCCGAに戻すと、「21世紀のグラフィック・ビジョン」展は同館コレクションの二本の柱「タイラーグラフィックス・アーカイブコレクション」と「DNPグラフィックデザイン・アーカイブ」から代表的な作品約90点を展示している。いわばコレクション名品展である。アメリカの版画工房タイラーグラフィックスのコレクションからはデイヴィッド・ホックニー、フランク・ステラ、ロイ・リキテンスタインら。また大日本印刷のDNPグラフィックデザイン・アーカイブからは亀倉雄策、田中一光、福田繁雄、永井一正ら。展示室はそれほど広くはないが、天井が高いホワイトキューブで、版画やポスターの展示に欠かせない明るさ、軽やかさのある展示室である。看板や解説パネル、キャプションなどにも配慮が感じられ、見やすく美しい。われわれ同業の学芸員にとっても参考になる展示デザインである。「CCGAの展示と比べると、ウチのは陳列だな」といつも反省させられる。
ところで、本展が20世紀の版画やグラフィック作品の代表作を展示しながら、展覧会名は「21世紀」の「グラフィック」の「ビジョン」と称しているのはなぜか。企画者側の意図を察するに、これからの時代にグラフィックデザインは存在するのか、またどのような形態で存続するのかという問題提起と受け取れる。
アーティストが意識的に版画という手法を選択することはあるだろう。問題は、商業デザインとも呼ばれたポスター等の紙メディアのデザインである。美術展の場合はいまでもポスター、チラシを制作しているが、それでも経費の制約が厳しくなるとポスターの効果を疑う声が聞こえてくる。事実、多くの作家がデザインしたB1判やB2判サイズのポスターは、制作しても町中には貼る場所がなく、せいぜい他の美術館博物館のポスター掲示板で見る程度になっている。版画と違って、ポスターは発注者がいなければ制作されない。広告効果が疑問視されるなか、これからポスターを発注するクライアントはいるかという問題がある。
もうひとつの問題は、版画の普及活動である。近頃の小学校では、美術の授業時間が減ったうえに技術のある美術教員も減少しているため、学校で木版画を教えることが少なくなっているらしい。須賀川市は江戸時代の洋風画家亜欧堂田善の出身地だけあって版画制作も盛んで、地元商工会議所主催の小中学生の版画展も毎年開催されている。しかし、子どもたちに版画の経験をさせるためには、まず先生のための版画入門が必要な時代である。
そのためCCGAでは敷地内に版画工房を設けて、地元の市民、とくに小中学校の教員向けの実技講習を行ない、版画のすそ野を広げる活動に力を注いでいる。小中学生版画展会場が東日本大震災で使用不能になった2012年以降は、CCGAが展示会場を引き受けている。活動の方向性が、アーカイブセンター的な役割だけではなく、より地域文化への貢献をもめざすようになったのが、CCGAの20年の変化だろうか。
一方、アーカイブセンターとしての役割も重要である。CCGAでは、グラフィックデザインのアーカイブの研究助成制度を設け、アーカイブ化の手順や課題等について情報交換や、共同研究を進めていきたいとしている。戦後日本のグラフィックデザインを牽引してきたデザイナーたちが第一線を退きつつある現在、各デザイナーの関連資料を保存・整理することは美術、デザイン界全体の課題といえる。保存の対象、著作権、印刷会社の権利等、検討すべき問題は絵画などに比べてはるかに複雑である。
同館は所蔵するコレクションから福田繁雄、田中一光、永井一正をまとめて紹介してきた。次回の企画は「浅葉克己ポスターアーカイブ」展。西武百貨店の「おいしい生活」やサントリーの「オールド」などで一世を風靡した作家である。時代の雰囲気や世相を色濃く反映する第一級の資料展でもあるが、同時代を呼吸していない若い人たちの目にはどう映るのか。興味深い。初日は観覧料が無料になるうえに、予約すれば郡山駅から無料送迎バスが出る。また作家と美術史家山下裕二氏の対談も開かれ、盛りだくさんである。