キュレーターズノート

飯山由貴「Temporary home, Final home」(APMoA Project, ARCH Vol. 16)

能勢陽子(豊田市美術館)

2015年09月01日号

 精神疾患を患う作家の妹との日々を捉えた映像を中心に、精神医療が確立された頃の無名の人々の診断記録や映画、さらに昔の民話などが、映像や資料を介して交差する。会場を分断し、かつ繋ぐのは、檻のような家のような木製の構築物である。その全体から浮かび上がるのは、「個」と「家族や社会」、または「個を含めた家族」と「社会」との関係をめぐる、一筋縄ではいかない愛と管理の物語である。


展示風景

 ある日、妹が「本当の家を探しにいく」といって、家を飛び出そうとする。後日、ではその本当の家を探しに行ってみようと、頭にビデオカメラを付けて、姉と妹で揃って出かけることにする。月がきれいな夜、二人の視線はたまに重なったり、離れたりしながら、他愛のないことを話しながら歩いていく。この散策のなかで、妹のいう「本当の家」とは、どうやら青い色をしたムーミンハウスのようだとわかる。そして結局二人は、ムーミンハウスと同じ青色の屋根を持つ自分たちの家に戻っていくのである。
 飯山由貴の《あなたの本当の家を探しにいく》は、厳しい現実がありながらも、日々の暮らしのなかにある穏やかな時の流れやユーモアを掬い取っている。一方展示室には、精神病院ができる以前に存在した「座敷牢」が、映像や資料のなかで示される。飯山の個人的なケースが、精神医療の歴史とクロスして、精神病者と家族との関係、また社会からの意図的な隔離といった問題を照射する。ときに夜、家を飛び出す衝動を抑えられない妹を、家族は家に留めようとする。身の安全を考えれば当然である。けれどもこの作品では、その逆のことが試みられている。飯山は妹とともに家を出て、いろいろな話をしながら、一緒に本当の家を探してみる。それは、自己流セラピーともいえそうなものである。しかしそもそも、近代以前の悪しき風習と捉えられがちな「座敷牢」にしても、必ずしも家に秘匿された陰湿なものばかりではなかったことが、ともに展示されている精神医療の歴史研究者へのインタビューからわかる。過去から現在まで、「病」と「家」という問題が、患者と家族や社会の関係を見えにくくしている。そのとき抜け落ちているのは、個々のケースで異なる家族の愛である。


飯山由貴《あなたの本当の家を探しにいく》

 《あなたの本当の家を探しにいく》の延長線上にあるのが、《海の観音さまに会いにいく》である。ここでは、自己流セラピー的性格はさらに強まっている。この映像では、現実と妄想を行き来しつつ朦朧としている妹と、ムーミンになって「ぼく」という主語で語りかける飯山が、会話をしている様子が映し出される。どうやら妹の頭の中には、繰り返しムーミンの世界が現われ、そのようなとき彼女は妖精になっているようである。あわせて、別の機会に撮影した、妹が妖精、家族がそれぞれムーミン一家に扮した映像も流れている。妹の世界の再現を試みたその映像は、着ぐるみの手作り感や家族のアマチュア的な演技もあいまって、ほほえましいユーモアを醸している。しかし同時に、妄想状態にある人の姿が撮影されていること、またそこに介入して物語が展開していくことに、一種の戸惑いを覚えもする。確かにそこには、ある種の残酷さも含まれているだろう。しかし、なにをタブーとし/しないかは、精神病をめぐる社会の構造に既定されることが、この展示全体からわかってくる。また、それを美術とその読まれ方の構図に置き替え、「搾取」や「他者性」という言葉を与えてしまえば、大切なものが見えなくなる。なによりこの作品で印象的であったのは、妹の頭の中で繰り広げられている世界の、そのせつないほどのやさしさと美しさであった。それは、この手作り感溢れる家族劇では再現できないものかもしれない。けれども、それが却って容易には共有しえないイマジネーションの存在を知らせ、その内実を想像させるのである。


飯山由貴《海の観音さまに会いにいく》

 「Temporary home, Final home」は、精神病を患う妹を持つ飯山の個人的な体験が、精神医療の歴史やそこを源泉とする民話などとも時空を超えて繋がり、社会を網のように張り巡る制度と個人の問題を問う。そしてそのとき大抵抜け落ちてしまう、いつもともにあるはずの愛を、幾重にも重なる複雑な層のなかでみせる。重いテーマを扱っているのはずの本作は、白昼夢のような非現実感とユーモアもともないながら、社会や管理と愛という難しい問題を見事に映し出す。

飯山由貴「Temporary home, Final home」

会期:2015年8月7日(金)〜10月4日(日)
会場:愛知県美術館
名古屋市東区東桜1-13-2/Tel. 052-971-5511

学芸員レポート

 改修工事のため1年間閉館していた豊田市美術館は、2015年10月10日にリニューアルオープンする。豊田市美術館は、年間を通して建築愛好者の来場が多く、美術愛好家とは異なりその視線が天井の照明や乳白色のガラスなどに向けられているためすぐにわかる。これまで多くの建築愛好者を惹きつけてきた谷口吉生の建築は、新たにエレベーターやスロープが新設されるほかは、老朽した部分が新しくなって、ほぼ以前の状態と変わりなく、より美しくなった姿でご覧いただける。また、リニューアルオープンと開館20周年が重なる今年は、「ソフィ・カル──最後のとき/最初のとき」展に加えて、当館の重要な活動であるコレクションと地域の歴史を結びつける「わたしたちのすがた、いのちのゆくえ──この街の100年と、美術館の20年」展を開催する。ほかにも、批評家・浅田彰の講演会、谷口吉生と槇文彦の建築家対談、「フェスティバルFUKUSHIMA! in 豊田」、シアタープロダクツのワークショップなど、さまざまな対談や講演会、音楽やダンスなどのイベントを企画している。詳しくは、美術館ウェブサイトをご覧いただきたい。事前申し込みが必要なものもあるので、ご注意を。


豊田市美術館リニューアル・オープン

豊田市美術館リニューアル・オープン

URL=http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2015/renewal.html