2019年12月01日号
次回12月16日更新予定

キュレーターズノート

書籍版『赤崎水曜日郵便局』

川浪千鶴(高知県立美術館)

2016年02月15日号

 まだ訪ねたことのない遠隔地の、参加したことのないアート・プロジェクトについて書いてみたい。本来なら足を運び、体験したことを紹介するのが私の流儀なのだが、今回は例外。というのも、いつか手紙を出そうと思い続け、専用封筒を持ち歩いていた「赤崎水曜日郵便局」が、なんと2016年3月31日をもって3年間の活動を終え、閉局するというのだ。

 2月に刊行された書籍版『赤崎水曜日郵便局』(KADOKAWA、2016)をもとに、サブタイトルにある「見知らぬ誰かとの片道書簡」の魅力について、全国から5000通もの「水曜日の物語」が寄せられているアート・プロジェクトの意義について、小さな美術館が拓いた可能性について、急ぎまとめてみることにする(この原稿を書き終えたら、1月と2月の水曜日の物語を便せんにしたため、「熊本県葦北郡津奈木町福浜165番地その先」に向けて投函するつもり。3月中には津奈木町とつなぎ美術館を訪ねる予定です、言い訳めいていますが)。


オリジナル封筒と書籍版『赤崎水曜日郵便局』

手紙を通じた一期一会

 赤崎水曜日郵便局は、熊本県津奈木町にある公立美術館・つなぎ美術館主催による、廃校になって老朽化から立ち入ることができなくなった海の上の赤崎小学校を利用したアート・プロジェクト。映画監督遠山昇司、アーティスト五十嵐靖晃のアイデアをもとに、芸術活動による地域振興を目的に2013年6月に開局した。
 自分の水曜日の物語を便せんに書いて旧赤崎小学校の住所(福浜165番地その先)に郵送すると、ポストマン役のアーティストや津奈木町在住の局員たちの手によって回収、確認され、次いで個人情報を伏された他者の水曜日の物語が無作為に選ばれ手元に届けられる、というのがその概要になる。
 「見知らぬ誰かとの片道書簡」の魅力について、つなぎ美術館の楠本智郎学芸員は、「海が陸と陸をつなぐように、赤崎水曜日郵便局は、見知らぬ人々の水曜日の物語という日常を手紙でつないでいるのです。それは海流に乗ったメッセージボトルがいつしか遠い土地の誰かの元へ流れ着くような時間の経過と偶然の出会いを生み出します。(…中略…)たった一人の見知らぬ相手に向けたモノローグだからこそ綴れる物語もあるに違いありません。顔の見えない手紙を通じた一期一会が生み出す刹那的な信頼関係が赤崎水曜日郵便局の要でもあり、すべてが真実として存在しうる理由でもあるのです。自分の日常と交換に誰かの日常を受け取る、ちょっと不思議なアートプロジェクト、それが赤崎水曜日郵便局です」と冒頭で解説している(『赤崎水曜日郵便局』内、「はじめに」より)。


海の上に浮かぶ赤崎小学校舎のある美しい風景。かつては学校の窓から釣りができたという
写真提供=つなぎ美術館、撮影=森賢一


左=小学校の校庭に立つ、水曜郵便局専用ポストのスイスイ箱
右=潮がひくと陸続きになる、向かいの小島には灯台ポストがある
写真提供=つなぎ美術館

 それにしても、本書に掲載されている200通の手紙の文章が、どれも平明でとても「うまい」ことに驚く。エッセイを書き慣れたプロの文筆家のうまさではもちろんない。読み進むにつれ、その人にしか、いまこのときにしか書けない、どこか切なく、ときにどきどき・わくわくさせられる文章の特徴は「かけがえのなさ」にあるということに気づいた。タンポポの綿毛のように儚いが、眼の前から消え去ってもきっとどこかに「在る」ことを信じることができる、「刹那的な信頼関係」。他者のささやかな日常を綴った手紙に、いま自分が抱える悩みへの回答を見出す人も多いという。そうした不思議な手触りに支えられた、無数のサイドストーリーが水曜日の物語群の後ろにはある。
 人口約5000人の津奈木町に、この3年間で全国から住民の数に匹敵する水曜日の物語が集まっている。なにしろ手紙を書いて送るだけなので、全国どこに居住していても、時間に拘束されることなくいつでも参加が可能、その気楽さはアート・プロジェクトにありがちな敷居を大いに下げている。
 専用サイトからダウンロードした便せんに自分の物語を手書きし、切手を貼って郵便で送るという、デジタルとアナログ、緩急のバランスもいい。他人の水曜日の物語が届くのはだいたい1カ月後とのこと。忘れたころに見知らぬ人から本当に手紙が届く驚きと喜び、手紙の醍醐味はじつは返事を待つ時間にあるといえるかもしれない。時と場所に隔てられ相手の顔も見えない、ディスコミュニケーションを孕んだ交流がかけがえのない体験に変化し新たなコミュニケーションの可能性を拓いていく。本プロジェクトの意義はここにあるといえる。


水曜日の物語を投函した人だけに届く水曜日の手紙のオリジナル切手と消印

ミュージアムの未来

 さて、ミュージアムの未来や可能性についても、小さなつなぎ美術館は大きな示唆を与えてくれている。
 楠本学芸員は、本プロジェクトがいまはやりの「地域密着型アート・プロジェクト」や「住民参画型アート・プロジェクト」として抱えざるをえない問題や批判も理解したうえで、「アートと社会の健全な関係を築くための経験」としてその必要性を語っている。手紙を書いたり、郵便局運営に関わるなどプロジェクトに関わった地域住民たちが故郷に改めて誇りをもち、自らの暮らしを肯定しつつ新たにしていくことに向けて、つなぎ美術館が担う触媒や応援、その拠点という役割は極めて大きい。名は体を表わす。つなぎ美術館はまさにその名前のとおり、人と地域、美術館と希望とつないでいる。
 廃校という地域資源の活用、美しい自然景観の再評価、芸術振興に携わる人材育成などが評価され、赤崎水曜日郵便局は2014年度のグッドデザイン賞を受賞した。


左=展覧会チラシ
右=書籍チラシ

赤崎水曜日郵便局

URL=http://www.akasaki-wed-post.jp
*ただし水曜日しか見ることができない

「赤崎水曜日郵便局──水曜日の消息」展

会期:[前期]2016年2月6日〜3月15日/[後期]3月17日〜4月17日
会場:つなぎ美術館
熊本県葦北郡津奈木町岩城494/Tel. 0966-61-2222

書籍版『赤崎水曜日郵便局』

編著=楠本智郎(つなぎ美術館 主幹・学芸員)
発行所=KADOKAWA
刊行年=2016年2月11日
定価=1,200円(税別)

学芸員レポート

 さて、4月16日(土)大阪の国立国際美術館にて、「美術史学会 美術館博物館委員会シンポジウム2016“境界/ボーダーを越えて──未来の学芸員のために”」が開催される。
 学会員の三分の一以上が美術館・博物館学芸員を占める現状を踏まえ、毎年ミュージアムをめぐるライブな諸問題をテーマに掲げ、東西支部が交替に担当するかたちで、現場報告とディスカッションを行なっている。2003年の学芸員の科学研究費申請をめぐるシンポジウムからスタートし、今年で14年目を迎える。
 美術史学会ウェブサイトに掲載された過去のシンポジウム一覧を見ると、この15年ほどの日本社会の激変ぶり、そして美術館・博物館が抱える使命や課題の大きさがよくわかる。
 阪神淡路大震災後の芦屋市の財政難から休館やコレクション売却が取りざたされ、美術館界に衝撃を与えた芦屋市立美術博物館問題を発端にしたシンポジウム「美術館・博物館はなぜ必要か?」(2004)から「検証:国公立ミュージアム──官から民へのうねりの中で」(2006)までは、危機感を背景に美術館の存続意義や公共性、指定管理者制度などの運営体制等の問題が、活発に議論されたことを覚えている。次の「学芸員の逆襲──ミュージアムの過去・現在・未来」(2007)や「学芸員なんていらない!?──学芸員不要論を撃つ」(2008)、「ミュージアムをどう評価するのか──学芸員の専門性と美術館・博物館の力」(2009)あたりでは、美術館の問題を大上段ばかりではなく、現場の人(学芸員)にフォーカスすることで掘りさげていった。
 2010年代に入ると、「“伝説”をつくる現場──展覧会の可能性を求めて」(2010)、「WHAT'S NEW?──リニューアルあれこれ」(2011)、「いまどきの新・学芸員──採用の現状と未来」(2012)といったように、「いまどき」のコト(展覧会)、ハコ(建物)、そして改めて人の可能性を模索。
 東日本大震災以降の「震災とミュージアム──そのとき私たちは何ができるのか」(2013)では、誰もがもはやそれ以前には戻れない現実を見つめ直し、2015年の「裂ける日常、断たれる記憶──福島をつなぐアート/ミュージアム」では、私たちが初めて直面した放射能被害がテーマに取り上げられた。
 さて、2004年と2005年のシンポジウムから約10年ぶりに、私も企画段階から参加することになった今回は、予算も人も削減される一方で市民ニーズは多様化し、地域の過疎化や少子高齢化が加速するなどミュージアムを取り巻く現状の厳しさが続くなか、地域社会に浸透し、ゆるやかなネットワークを結びつつ、美術館の新たな可能性や未来を地道に拓いている美術館の、個の活動に焦点をあてたいと考えている。
 「予算的にも人員的にも潤沢でない小規模ミュージアムながら、地域社会との連携やユニークな視点で活動を続ける〈つなぎ美術館/楠本智郎〉〈鞆の津ミュージアム/櫛野展正〉、積極的な教育普及活動と地域のミュージアムの連携によって新たなミュージアム像を描く〈東京都美術館/稲庭彩和子〉、地方公立美術館の新たな連携を模索する〈青森県立美術館/工藤健志〉、「震災被害」を地域文化の重要な要素として展示することで地域社会にコミットする〈リアスアーク美術館/山内宏泰〉」(本シンポジウム・チラシ文より)。
 当日は、東北から九州まで全国各地のそれぞれの美術館活動の紹介と、全員でのパネルディスカッションを予定している。
 登壇者は30代から40代の次世代を担う人たち。彼らの言動、人となり、文章から伝わってくる、まだまだやれる/やるべきことがある、という前のめりな姿勢はとにかく尊敬に値する。彼らの活動や存在は、あなどれない波動や影響を(あたかも重力波のように)社会に与えているとも常々実感している。彼らとのディスカッションを通じて、ミュージアムの未来を紡ぎ直したいと願い、一堂に会することを楽しみにしているのはなによりも私自身かもしれない。そういう想いを便せんに書いて水曜日郵便局に送ろうと思っている。

美術史学会 美術館博物館委員会シンポジウム2016「境界/ボーダーを越えて──未来の学芸員のために」

日時:2016年4月16日(土) 10:30〜16:30
会場:国立国際美術館 地下1階講堂
大阪府大阪市北区中之島4-2-55/Tel. 06-6447-4680
参加無料、事前申込不要、定員130名(当日先着順)

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