2019年09月01日号
次回9月17日更新予定

キュレーターズノート

Life Is Beautiful──生の美しさ

能勢陽子(豊田市美術館)

2016年06月01日号

 「Life Is Beautiful」と題された本展は、作家の森北伸の企画によるもので、2名の現代美術家に加えて、家具作家、製本作家が参加している。現在の美術では、「美しい」という言葉はなかなか使いにくい。それでもある作品を、形や色、完璧さだけでなく、人そのものや出来事も含めて、「美しい」というほかないような時もある(そしてふと、現代美術はそうした率直さを抑圧しているのではないかと思わされる)。本展では、造形的な意味だけでなく、生活や生き方においても、ある「美しさ」を感じ取れる作家たちが紹介されている。


展示風景[撮影=高橋伸行]

 渡辺英司は、国内外の作家たちの小さなアーティスト・ブックを集めた、「Little Vehicle」を展開する。手に取って眺められるそれらの本は、ささやかで愛らしいが、その小ささのなかにも、それぞれの作家性がきちんと宿っている。渡辺は、作家の手を離れて、どんな場所でもおのおのの世界を伝えるこの小さな本を、「移動可能な乗り物」、そして「中身を運転手」と考える。「Little Vehicle」も含めた渡辺の「スター・プロジェクツ」は、名古屋の地下街の小さなスペース、「スターギャラリー/星画廊」から始まった。名古屋港にある「Botãn Gallery」も渡辺が関わっているが、これらの小さな「ギャラリー」は、商業画廊とはまったく違う形で、自らの手で改装を行ない企画する、等身大の愛着を感じさせる。「Little Vehicle」は、渡辺のそうした活動とも繋がり、作家たちの関係、また発表や制作の方法も含めて、「美しい」と言いうるものである。


渡辺英司《Little Vehicle》展示風景[撮影=高橋伸行]

 雨だれや樹木、空や太陽を写した鳥栖喬=高橋伸行の写真は、万物の流れを眺めるような透徹した眼差しを感じさせ、単純に美しい。画質の粗い色褪せたような写真は、懐かしいようで、これまで観たことのないような不可思議な魅力を持っている。しかし、この写真の来歴は複雑である。写真を撮影したのは鳥栖喬(とすたかし、故人)という人物で、ともに置かれている木製の器具は、ハンセン病に侵され不自由になった身体で撮影を続けるための、自助具である。そこに映っている風景は、ハンセン病の人々が隔離されていた、瀬戸内に浮かぶ小さな島で撮られたものであった。


鳥栖喬=高橋伸行 展示風景[撮影=高橋伸行]


補助具[撮影=高橋伸行]

それを知ると、対岸や星空などその多くが遠景を映した写真が、別の意味を持ってくる。そこに収められた風景は、対岸でも星空でも、鳥栖にとっては容易には行けない、彼方の世界である。写真に通底する眼差しは、ある限られた地点から遥か彼方を切望する、あるいは愛でる孤高のものであった。写真の表面には、細かな飛沫が見られるが、どうやらそれは、レンズか、現像時にフィルムについたチリのようである。しかしそれが、夜の星や空を飛び回る鳥のように、見えている世界を有機的に煌めかせる。椹木野衣いわく、実に「これらのチリや傷にまみれた世界は素晴らしい」★1。病のため世界から隔絶された鳥栖が、この世界に満ちているチリを含み込んで、かくも美しい風景を撮影していることに、感嘆せずにはいられない。

★1──高橋伸行の「やさしい美術」と鳥栖喬については、椹木野衣ART iT連載42、43、45「再説・『爆心地』の芸術(18)、(19)、(20) 〈やさしい美術〉と鳥栖喬」に詳しい。


鳥栖喬=高橋伸行

そしてこの写真は、「鳥栖喬」を襲名した高橋伸行という作家の存在により、いまこうして目の前にすることができる。撮影者を知る手掛かりのない、まったく無名の人物の写真を観られるのは、高橋という媒介者があってのことだ。しかし高橋は、ただの媒介者ではない。鳥栖=高橋の写真は、作家が蚤の市で見つけたり、偶然手に入れた写真を作品に用いる、ファウンドフォトといった表現上の手法とは、まるで違っている。高橋は、ある覚悟とともに、一度も会ったことのない人物の存在を、その時抱いていたであろう感情とともに、自らの身体で丸ごと引き受けようとしているのだろう。「襲名」は一過性のプランではなく、生涯続く。鳥栖=高橋の写真は、単に「美しい」というだけでは足りない、それでも「人生は美しい」と言おうという、ある切実さを伴っている。


鳥栖喬=高橋伸行

 本展には、ほかにも家具作家の宮嶋浩嘉と、製本作家の都筑晶絵が参加しており、造形美術に留まらない、より生活や生そのものに近いところの展示になっている。私たちが生きていくためにも、いわゆる現代美術という固定された枠内だけでなく、こうした「美しさ」に接することが必要なのである。

Life Is Beautiful

会期:2016年5月14日(土)〜6月5日(日)
会場:アートラボあいち大津橋3階

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