キュレーターズノート
ル・コルビュジエにまつわるいくつかの展示
角奈緒子(広島市現代美術館)
2016年11月01日号
対象美術館
「ル・コルビュジエの建築作品 ─近代建築運動への顕著な貢献─」が世界遺産に登録されると発表されたことは記憶に新しい。7カ国17作品におよぶ建築作品群のなかには、日本の国立西洋美術館も含まれており、近代建築の保存を願う人々にとっては、日本国内の近代建築に対する意識がますます高まることへの期待も大きく膨らむのではないだろうか。
特別展示 ル・コルビュジエの建築模型
この機に乗じて(というわけでもないが)、筆者の勤める広島市現代美術館でも、特別展示として、今回の世界遺産にも登録された《ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸》《ロンシャンの礼拝堂》《ラ・トゥーレットの修道院》の3点の建築模型を紹介している。時に丸みを帯び、柔らかな線で構成された建築模型を見ていると、ほっこりとした優しい気持ちになれるような気がしてくる。重厚ながらも柱で建築全体を持ち上げたピロティを設けることで、開放感がもたらされ、重厚と軽快とが拮抗する絶妙なバランス感覚が模型からも感じられる。
言うまでもなく、ル・コルビュジエから大きな影響を受けた日本の建築家は多い。そのひとり、丹下健三による《ピースセンター》(平和記念資料館)では、ピロティが採択され、ル・コルビュジエを参照したことが容易に見て取れる。また、大高正人による《基町高層アパート》もまた、ル・コルビュジエが設計した集合住宅、《ユニテ・ダビタシオン》を彷彿とさせる。被爆後に焦土と化した広島の地に、ル・コルビュジエの血脈を受け継いだ近代建築の巨匠たちによる建築が、1950年代から70年代にかけて実現され、復興のシンボルとしていまなお健在することを、広島で生まれ育った筆者は誇らしく思う。
ル・コルビュジエ展
つい先日まで、当館以外の2カ所でも、ル・コルビュジエを紹介する展覧会が開催されていた。ひとつは「ル・コルビュジエ展」と題し、マルセイユの《ユニテ・ダビタシオン》で使われていた家具を紹介するもの。会場の「Gallery SIGN」は、2005年、東京の恵比寿に開業した、ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンといったフランス人デザイナーの家具などを専門的に扱う店舗だが、2015年には広島にも店舗をオープン、不定期ではあるが企画展を開催している。展覧会ではユニテで実際に使用されていた家具の一部が展示、販売されていた。壁に取り付ける白いオープンシェルフ、テーブルの鉄フレーム(天板はない状態)、観音開きの扉がついた小さな壁掛け棚、共有廊下に使用されていたという照明器具、三本脚のスツール、そして小さなタラップのような階段。家具のほかにも、ユニテが建築された当時に撮影されたとおぼしき35mmのスライドと、写真家のホンマタカシ氏によるユニテ・ダビタシオンの写真も紹介されている。
実際にユニテで利用されていたという家具類を含む造作は、ル・コルビュジエによるモデュロールが用いられたことに思いを馳せればこそ、大変貴重であることも理解できるが、純粋にデザインだけに着目するとさほど特徴的とは思えず、建築当時に設置されていた「オリジナル」であることに意義があるのだろうと納得することにした。なかでも気になったのは、タラップのような「階段」。ユニテのどの部分に使用されていたのか定かではなかったが、コンパクトでかわいらしい佇まいに思わず魅了されてしまった。実際に昇降してみなければ、ステップの高さなどその機能性や使いやすさはわからない。それを確かめることができなかったのは少し残念に感じた。
ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレによるインド・チャンディーガルの家具作品とホンマタカシによる写真展
もうひとつは、同じくGallery SIGNが企画し、別の会場で開催された《チャンディーガル都市計画》に焦点を当てたもの。ル・コルビュジエと従兄弟のピエール・ジャンヌレが協働したチャンディーガルの議会棟などの建築で実際に使用されていた家具──椅子、ソファのほかに、鏡台、テーブル、デスクなどが展示されていた。会場入り口の正面に展示されていた革張りの椅子以外、座面や背もたれの布は張り替えられているとのことで、なかには新品に見えるようなものもあった。この会場でなされていた、いくつかの家具を組み合わせ、部屋の一角のように演出した展示方法は、デザインの展覧会ではよく見られる光景だが、今回の場合、ただおしゃれに設えられているということではなく、実際に家具に触れ、椅子やソファに座ることもできるようになっていた。座り心地を確かめ、デスクの天板に触れ、引き出しの滑りを試すうちに、購買欲も刺激される。そう、これらの家具は販売もされており購入することが可能なのだ。購入するかしないかはさておき、こうした「展示即売」展での作品(=家具)との触れ合いに慣れ親しんだ鑑賞者ほど、美術館にとって手強いものはない。というのも、美術館で展示されている作品(=家具)に触れられないことへのもどかしさが、ときに怒りとなって美術館にぶつけられるからである。単純に美術館で展示される家具は、所蔵者から借用しているものであり、つまり当然販売していないから、土台触れることも座ることも基本的にはできないというだけのことなのだが、いかにしてそのジレンマを少しでも解消できるものか、考えさせられることとなった。
展示されていた家具について言えば、「議会」で実際に使用されていたとは思えないほど、ほどよく丸みを帯びたシンプルなデザインからは温かみが感じられた。椅子の座面は低めで座り心地もよく、議会の場よりむしろ個人宅での使用こそしっくりくるのではないかとさえ感じた。一見では、まったく同じに見える同シリーズの椅子は、よく見ると肘掛けや脚の太さや厚み、エッジの丸みの程度などが一つひとつ、微妙に異なっていることに気づく。聞いたところによれば、オーダーを受けた現地インドの家具職人たちによる手づくりのため、こうしたばらつきが見られるという。なんとおおらかなことか。たとえ大勢の職人によって制作されたとはいえ、もう少し揃っていてもよいのでは、と思えるほど違いは明らかなのだが、こうした差異を含んでなお破綻することのないデザインに対する感心は一層深まる。
なお、この展覧会でもホンマタカシ氏が撮影したチャンディーガルの写真が家具と一緒に展示されていた。あたかも誰かの邸宅の壁面に飾ってあるようにさりげなく飾られているのだが、この展示方法には少々違和感を覚えた。この展示ではどうしても家具の方に気をとられてしまい、写真に集中することが難しいのだ。ホンマ氏の写真は写真だけで展示し、家具とは別でじっくり鑑賞したうえで、どの写真をどの家具と組み合わせるか、鑑賞者(または購買者)に委ねてもよかったのではないだろうか。
おりづるタワー
「ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレ」展の会場となっていた「おりづるタワー」についても紹介したい。2016年7月11日にプレオープン、9月23日にグランドオープンした「おりづるタワー」は、広島マツダが運営するオフィスビル兼、一部商業ビルである。平和公園内にいじらしく佇む「原爆ドーム」は目と鼻の先に位置し、電車通りを挟んだ向かいには、旧市民球場の跡地が広がる、観光客が必ず通りかかる場所に建つ。とはいえこのビルは新規に建設されたものではなく、ずっと前からオフィスビルとして同地に存在していた。つまり、かつてのビルがもっていた機能を保持しつつ、斬新なリノベーションを施すことで建物を蘇らせ、その地の利を活用すべく新たな観光スポットとして積極的にPRを行なっているようだ。
この建物の構造を簡単に説明すると、2階から11階までは貸し会議室やオフィステナントが入っており、そのためおそらく通常はパブリックにオープンではないと思われる(なお、「ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレ展」は、5階オフィスフロアで開催されていたが、今後、同様の使用の仕方が可能なのかどうかは不明)。一般の人がアクセスできるのは、1階の物産館とカフェ、12階のおりづる広場、13階のひろしまの丘(展望台)、そして1階〜13階までをつなぐスパイラルスロープである。広島県下の名産品等が集められた1階の物産館の存在はいささか唐突のようにも思えるが、この「おりづるタワー」のすぐ横に建つ原爆ドームが、被爆前は立派な「広島県物産陳列館」だったことにちなんでいるようだ。
リノベーションにかかわる設計監理は、風、光、水など、自然の動きを建築構造に取り入れることを得意とする三分一博志氏(三分一博志建築設計事務所)だ。『新建築』(ウェブサイト版)で、「展望施設の来館者は東面に設けた半外部空間のスパイラルスロープを広島の風景や風の流れを感じながら、1階から13階の屋上展望台まで上り下りすることができる。屋上展望台の床と天井は、風の速度を上げて来館者が風をより強く感じられるように勾配を設けている」と説明されている(引用)。展望台といっても都心部によく見られるような、ガラスに囲まれたビルの内側からガラス越しに外の景色を眺めるといった構造ではない。いわば広い屋上に大きな屋根がつけられているのだ。そのため、言うまでもなく開放感は抜群、まさにいま吹きさらす風を感じながら、外気と一体になって外の風景を楽しむことができる。三分一氏ならではの工夫と言えるだろう。この建物のロケーションゆえに来場者にもたらされる一種の新鮮さは、屋上から間近に原爆ドームを「見下ろす」ことができる視点ではないだろうか。日常の生活において、原爆ドームを目線の高さから見上げることはあっても、見下ろす機会はあまりない。地面を踏みしめながら在りし日の街並みと被爆後の惨状を想像するだけでなく、建物の屋上からさらに広い視野でこの一帯を飲み込んだ脅威を想像することも可能にする視点をぜひ体験していただきたい。
13階の展望台「ひろしまの丘」から1階へと降りることのできるスロープ(もちろん「登る」こともできるが、建物の入り口で、「降りる」順序を激しく勧められる)は、屋上とはまた趣が異なる。風を受け、外気を感じられることは同じだが、目に飛び込んでくる風景がまったく違うのだ。電柱やごちゃごちゃとした送電線、ネオン看板や隣のオフィスビルなど、ビルの東側にある街の様子を楽しめる。決して絶景とは言えないが、ガラス越しにではなく見える雑踏もまた一興だ。
13階の展望台、スロープともにぜひとも体験していただきたいのだが、この「おりづるタワー」、入場料金がなんと1,700円(大人)もするのだ。これは、一般的な美術館入館料よりはるかに高い。価格設定の背景にはさまざまな事情があるのだろうと推測するが、それにしても強気の設定である。これではリピーターは期待できない。リピーターとはつまり広島市民のことだが、焦点はそこに設定されていないことがうかがえる。遠くから広島を訪問する観光客がターゲットなのだろう。もちろん、料金設定が経営にかかわってくることを思えば、仕方ないと飲み込むこともできなくはない。それよりなによりいただけないのは、別途設定された「おりづる投入料金」(500円)である。これには、「おりづるタワー専用の折紙」と、「おりづるの壁」へ折り鶴を投入するための料金が含まれている。「おりづるの壁」とは建物の正面に見える、1階から12階までガラスで覆われた壁を指す。実は展望台の1階下、12階に「おりづる広場」なる場所があるのだが、そこで折り鶴を折り、ガラス張りの空間へ投入すると、折り鶴が蓄積されていき、折り鶴で満たされた巨大な壁が完成するという構想である。おりづるタワーのウェブサイトには「世界中から集まる平和への想い、祈り。それらが積み重なり、『おりづるの壁』は完成します」と記されている。そうなのであれば、「平和への想い、祈り」の象徴である「折り鶴」を折る行為に料金を課すのはいかがなものか。自宅で「平和への想い」を込めて折った折り鶴をここへ投入できない理由はどう説明できるのか。決して広くはないおりづるのための空間をなるべく長い間確保するために設けた制限の方法としての「課金」なのだろうと想像に難くないし、正当化するための理由もいくらでも用意できるだろう。しかし、ここまで露骨に料金が示されることに抵抗を覚えるのは、筆者だけではないと信じたい。「平和」を観光資源としてきた、いかにも広島らしい発想ではないだろうか。
特別展示 ル・コルビュジエの建築模型
会期:2016年10月25日(火)〜2017年3月26日(日)
会場:広島市現代美術館
広島県広島市南区比治山公園1-1
TEL:082-264-1121
ル・コルビュジエ展
会期:2016年10月9日(日)〜10月23日(日)
会場:Gallery - SIGN Hiroshima
広島市中区小町1-1-4F
TEL:082-569-9022
ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレによるインド・チャンディーガルの家具作品とホンマタカシによる写真展
会期:2016年10月9日(日)〜10月23日(日)
会場:おりづるタワー 5F
広島市中区大手町1-2
TEL:082-569-6803