キュレーターズノート

岩崎貴宏作品における場所性
第57回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2017年07月15日号

 5月に第57回ヴェネチア・ビエンナーレが開幕した。今回、私は日本館のキュレーターを務めることになり、岩崎貴宏の個展を企画した。イタリアの出版社SKIRAから発行した日本館カタログに寄せた文章では、海外の人たちに向けて、岩崎の作品を読み解くうえで参考となるであろう、日本の歴史的な文化と現在の社会状況を説明した。一方ここでは、岩崎を特徴づける、場所との関わりに絞って、日本館の展示作品について書く。

図1 日本館展示風景。手前の床の作品は、岩崎貴宏《Out of Disorder (Mountains and Sea)》
撮影=木奥惠三、画像提供=国際交流基金

 今回、7点の立体作品と6点の平面作品を展示した。平面作品は、ペンで描いたドローイングや、コピー用紙を使ったコラージュで、岩崎がこうしたドローイングやコラージュを作品として展示するのは今回が初めてである。だが、これらは立体作品の初期段階の構想スケッチや、背景となる考え方を示す図のようなもので、あくまで展示の中心は、従来発表してきた立体作品である。

 7点の立体作品のうち3点はサイト・スペシフィックなインスタレーションである。まず、《Out of Disorder (Mountains and Sea)》[図1]が挙げられる。日本館の展示室の床には、下のピロティに向けて開けられた窓がある。この窓を活かす展示を考えるなかからこの作品は生まれた。岩崎は窓の周りに衣類やシーツ、タオルを洗濯物の山のように積み上げた。展示室側の観客は見下ろすように、ピロティ側の観客は仮設の階段を上って間近から見上げるように眺めることができる。この布は展示室側から見たときは牧歌的な山々に、ピロティ側から見たときは海沿いの工業地帯に見える。この窓が無ければ成立しない作品だ。

 次に、日本館の屋外にある「GIAPPONE」(日本)という会場サインに靴下を引っ掛けた《Out of Disorder (Upside Down)》。《Out of Disorder (Mountains and Sea)》の洗濯物のひとつが風で飛んでいって引っかかったような様子の作品だ。これもほかの場所では成立しづらい。のちにどこかの立派な美術館で展示する際に、その美術館の名前を示すサインに引っ掛けることで再現が可能かもしれないが、それでも「日本」という国名と日常的な靴下との組み合わせのギャップが生み出すユーモアには及ばないであろう。


図2 岩崎貴宏《Out of Disorder (Turned Upside Down, It's a Forest)》
撮影=木奥惠三、画像提供=国際交流基金

 サイト・スペシフィックなインスタレーションの3つめは、デッキブラシを使った作品である[図2]。この作品の場合は、場所との関わり方は2つの層(レイヤー)に分けられる。ひとつめの層は、展示される場所との空間的な関係である。作品に使われたデッキブラシは、展示作業がほぼ完成したとき、展示室の大理石の床にワックスをかけるために使用したものである。岩崎はそのデッキブラシとワックスのボトルを、掃除のあとうっかり置き忘れたかのように床に並べた。2つめの層は、ヴェネチアの街との繋がりである。ヴェネチアの街は、ラグーン(潟)の上につくられている。街を築く際に無数の木の杭を打ち込んで土台とした。岩崎は、デッキブラシのブラシ部分をその杭に見立て、ブラシの上に載せられた雑巾の上に、その糸でヴェネチアのサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会をつくった。このように、この作品は、日本館の建物とヴェネチアの街という2つの文脈と関係していることになる。ただし、日本館との関係は目でも見える空間的な関係だが、ヴェネチアの街との関係は頭の中のイメージを介した関係である。地中の杭は実際には目で見ることはできず、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会も作品が置かれている日本館の中から見えるわけではないからだ。大理石の床を持つヴェネチア市内の部屋に限定するなら、この作品は別の場所でも再現可能かもしれない。ただ、この作品にはもうひとつ、展覧会タイトルとの関係がある。展覧会タイトルの「逆さにすれば、森」もまた、ヴェネチアの地下の杭にちなんだものである。タイトルとの関連も含めれば、デッキブラシの作品は場所との三重の関わりを持つ。そのため、パズルの最後のピースがぴたっと合うかのように、この場所に嵌っている。

図3 岩崎貴宏《Out of Disorder (Offshore Model)》
撮影=木奥惠三、画像提供=国際交流基金

図4 会場近くのガリバルディ通りで、ゴミの中から素材を探す岩崎貴宏
撮影・画像提供=筆者

 空間の観点では自律する4つの作品も、素材の観点では場所との関連性がある。岩崎は日常的に身の回りにある素材を作品に使うことが多い。《Out of Disorder (Offshore Model)》[図3]では、ヴェネチアの商店街に捨てられているゴミから岩崎の好みに合うものを拾って素材にしていた[図4]。また、本を使った作品《Tectonic Model》[図5]には現地の古本屋で買った本も使われている。こうして生まれた作品は、別の場所の美術館に展示しても作品として成立するが、最初に制作、公開された場所の痕跡を素材の面でとどめている。

 《Out of Disorder》に使われているゴミと比べて、《Reflection Model》[図6]に使われている檜は高級な素材である。前者がクレーンのようなありふれた工業的な構築物をモチーフにしているのに対して、後者が国宝級の歴史ある建築物をモチーフにしていることも相まって、これら2つの作品は対比的に捉えられることも多い。しかし、日本を拠点にしながら、招聘先の海外で制作することも多い岩崎は、経験上、檜は日本でしか手に入りにくい素材だと言う。つまり、岩崎が檜を素材に使うのは、高級だからではなく、日本で制作する際に入手しやすいからだ。こうした観点からは、制作場所で手に入りやすい素材でつくっているという共通性を両方の作品に見いだすことができる。《Reflection Model》はモチーフだけでなく素材の面でも日本という制作場所と結びついているのだ。


図5 岩崎貴宏《Tectonic Model (Flow)》
撮影=木奥惠三、画像提供=国際交流基金

図6 岩崎貴宏《Reflection Model (Ship of Theseus)》
撮影=木奥惠三、画像提供=国際交流基金

 このように岩崎の作品は、ある特定の場所によらずに成立する作品でも、インスタレーションでも、多かれ少なかれ場所との関係を持っている。そのため、ヴェネチアの中にある日本館という二重化された文脈で、どちらに引きつけて見せるのかというバランスは、今回の展示をつくるにあたって、作家の岩崎にとってもキュレーターの私にとっても、考えるべきひとつの重要なポイントとなった。具体的には、《Tectonic Model》に使う本を、英語の本にするのか日本語の本にするのか、《Out of Disorder (Offshore Model)》に使う衣類やタオルをイタリアのものにするのか、日本からのものにするのか、といった選択の場面で、そのバランス感覚が問われた。最終的に、衣類には日本から持って来た浴衣や手ぬぐい、日本のアニメのキャラクターがプリントされたタオルなど、日本的な記号もちりばめられた。これを西洋のオリエンタリズムへの迎合とみる人もいるかもしれない。だが、アニメのモチーフは、ビエンナーレ会場周辺の道で、細い路地をまたぐように干されたカラフルな洗濯物の中に岩崎が見つけたセーラームーンのタオルに着想を得ていることは述べておきたい。岩崎の作品中に現われる日本のアニメのキャラクターも、じつはヴェネチアの街と繋がっているのだ。さまざまな面で場所と繋がっている点が岩崎の作品のひとつの重要な特徴と言えるだろう。


第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展

2017年5月13日〜11月26日
会場:カステッロ公園内 日本館
Padiglione Giapponese, Giardini della Biennale, Castello 1260, 30122 Venezia