キュレーターズノート
福島美術館「福島禎蔵が愛し遺したコレクション」展
伊藤匡(福島県立美術館)
2018年06月01日号
対象美術館
仙台市にある福島美術館が、今年度いっぱいで一旦閉めることになった。閉館ではなく、休館である。そこで、当面の最終年となる今年は、通常より回数の多い8回のコレクション展示を行なっている。初公開の資料も含まれている。
福島美術館 外観仙台の地域文化を支えて、支えられて
同館は、仙台駅から南に徒歩で20分ほど、マンションの立ち並ぶ住宅街の一隅にある。社会福祉法人共生福祉会が運営する美術館で、社会貢献を目的として1980年に開館した。「街のちいさな美術館」をキャッチフレーズにして、いわゆる書画骨董を市民が親しめるように、解説パネルも工夫するなどユニークな活動を行なってきた。
2011年の東日本大震災の際には、建物外壁の亀裂によって雨漏りがひどくなり、休館を余儀なくされた。運営母体の社会福祉法人も震災の被害が大きく、福島美術館の復旧にまで手が回らない状態であったため、七福絵はがき募金
左:福島美術館資料の一時移転作業(2012年5月24日) 右:福島美術館再開記念座談会(2012年12月22日) を全国に呼びかけ、集まった募金が原動力となって、再開にこぎつけた。同館のコレクションは、共生福祉会の創設者である福島禎蔵と、その父輿惣五郎、祖父運蔵の三代の収集したものである。伊達政宗の書状を始め仙台藩伊達家旧蔵の品や、地元にかかわりのある作家、作品など、江戸時代から現代までの絵画、書、工芸、古書籍など約三千点を収蔵している。祖父運蔵は、幕末から明治にかけて材木商として財を成した。佐久間晴嶽、菊田伊州ら仙台ゆかりの絵師の作品を集めた。銀行家、仙台市議会議員として活動した父輿惣五郎は、遠藤速雄、熊耳耕年らの地元の画家たちを支援した。そして禎蔵は、醸造会社や刃物製造会社を起こし、障害者福祉施設を設立した他、有志で仙台ラジオ研究会を立ち上げ、NHK仙台放送局の誘致につながったという。そのため、ラジオ時代初期の外国製のラジオ装置なども収蔵されている。
伊達吉村(仙台藩五代藩主)《大堰川鵜飼図》 江戸時代中期 福島美術館蔵このように、同館の収蔵品は、一般的な美術愛好家の収集とは異なり、郷土の文化芸術を支援し保存するという意欲を感じさせるものである。そのため、個々の作品はいわゆる名品ではないし、金銭的な価値もさほど高くはない。しかし、このコレクションの資料を丹念につなぎ合わせると、旧仙台藩、宮城県、仙台地域の文化史や、この地域の文化人たちの交遊が浮かび上がる。
運営に関しても、東北大、東北学院大、宮城学院女子大の教員や学生が、同館の活動に関わってきた。震災の際には、宮城学院女子大が資料を一時的に預かった。福島美術館の活動は、仙台市内の大学、ミュージアム関係者のネットワークの上に成り立っている。この美術館の存在意義は、地域の人々のネットワークを証明し、現在もさまざまなネットワークの結節点となっていることにある。したがって、このコレクションは、分散、他地域に移管されたのでは、価値が半減する。
珍しい社会福祉法人による運営
福島美術館は、他の多くの美術館と同様に美術品や歴史資料を一般公開展示し、社会や地域への貢献を主たる活動としている。美術館の全国組織である「全国美術館会議」に加盟する386館のなかで、唯一福島美術館だけが社会福祉法人運営である。同館は社会福祉法人が運営する美術館の先駆けであり、老舗なのだ。
社会福祉法人が経営する美術館は全国に数館あり、最近増加傾向にある。障がいのある人たちの創作への関心や、アートによるセラピーへの期待を反映している。福祉施設の利用者たちの制作の場、創作発表の場、あるいは芸術鑑賞による心理治療などのための施設という位置づけになっている。
同館の場合、共生福祉会の他の施設とは離れた場所に立地しているため、施設の利用者へのサービス提供の施設とするためには、美術館を仙台市郊外の共生福祉会の他の施設に隣接させるべきかもしれない。しかし、そうなると市民が気軽に訪れる場ではなくなる。街中の美術館として親しまれてきた同館の活動が、大きく変わらざるを得ないだろう。
福島美術館 展示室内「街のちいさな美術館」の行方
福島美術館の休館の理由は、直接には施設の老朽化である。美術館の入っている共生福祉会ライフセンターは、市民向けのカルチャー教室や、生活困窮者の生計補助技術のための講習会会場などを想定して、1973年に建てられた4階建てのオフィスビルである。美術館はその2階と3階を展示室として使用している。1978年の宮城県沖地震、2011年の東日本大震災と、2度の大地震に見舞われている築40年以上の建物が、耐震化のためには建て替えに匹敵するほど経費がかかるであろうことは、想像に難くない。展示室も、もともとは会議室として作られているため、暗幕で窓を覆って遮光し、天井からのはめ込みの蛍光灯照明が展示ケースのガラスに何重にも反射するなど、作品の保存環境としても、鑑賞環境としても設備が整っているとは言えない。
経営的には、言うまでもなく赤字だろうから、営利企業ではないとはいえ、どこまで眼をつぶることができるかという問題だろう。さらに、社会福祉法人の運営であることから、美術館事業を社会福祉法に定める社会福祉事業、公益事業、収益事業のなかでどのように位置づけるかという問題もあるだろう。
同館の今後については、現時点では未定である。コレクションは、近隣の博物館などが預かり保管する方向とのことで一安心だ。しかし、美術館が再開するのか、将来的にコレクションはどうなるのか。見通しは、まだ立っていないという。現時点では、初公開の作品も展示される今年のコレクション展に足を運びつつ、今後の同館の動きを見守りたい。
福島邸の床の間を模した展示ケース
福島禎蔵が愛し遺したコレクション
会期:2018年4月17日(火)〜12月22日(土)
会場:福島美術館
宮城県仙台市若林区土樋288-2/Tel. 022-266-1535
第1期 4月17日(火)〜5月5日(土)「仙台・宮城・東北の作家<近代編>」
第2期 5月15日(火)〜6月2日(土)「仙台・宮城・東北の作家<近世編>」
第3期 6月12日(火)〜6月30日(土)「花鳥風月~美術の中の自然」
第4期 7月10日(火)〜7月28日(土)「あの人・この人~人物画を楽しもう!」
第5期 9月4日(火)〜9月22日(土)「遠忌300年 仙台藩4代藩主伊達綱村と黄檗宗」
第6期 10月2日(火)〜10月20日(土)「文法四宝~書・墨・硯の魅力」
第7期 10月30日(火)〜11月17日(土)「みんなが見たい!この作品」
第8期 12月4日(火)〜12月22日(土)「幸せ願う・めでた掛け」