キュレーターズノート

「食」をめぐるYCAMの新プロジェクト──ひと口から考えるエコシステム

石川琢也(山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーター)

2018年06月01日号

山口情報芸術センター[YCAM]は2003年の開館以来、メディア・テクノロジーと新しい表現を探求するユニークなプロジェクトを数多く生み出してきた。YCAMの特徴であるYCAMインターラボのひとつに、「地域開発ラボ」がある。地域と深く関わるこのラボでは、今年から「食」をテーマにした新プロジェクトが始まる。エデュケーターの石川琢也が、その狙いと背景を紹介する。(編集部)

「StudioD ひと口から考えるエコシステム」


私が在籍するYCAMのひとつの特徴として内部にラボを備えた、YCAMインターラボがあり、そこではさまざまな職能を持ったスタッフが在籍している。私の肩書でもあるエデュケーターもそのひとつであり、既存の博物館や美術館のエデュケーターと特異な点として、YCAMが研究者、アーティストとR&D(研究開発)を行なうことで生まれたテクノロジーや表現方法、デザイン手法、グローバルな技術群をいかして、教育や地域に転用し、ローカライズを担う面がある。(エデュケーターについての詳細はYCAMの菅沼の記事を参照)。

そのエデュケーターとしての著者が、現在進めているプロジェクトが食をテーマにした「StudioD ひと口から考えるエコシステム」だ。食はいつでも人類にとってトレンドである。YCAMでもこれまで、YAMA KITCHENCOOKHACKといった、バイオラボやコミュニティデザインの多様なアプローチで取り組みを行なってきたが、なぜ、いま改めて食についてのプロジェクトを進めるのか。その背景について、またプロジェクトの具体的な取り組みについて、3回に渡って紹介していきたい。

COOKHACKの様子。味覚の原理を知り、何気なく行なっている「料理」や「おいしさ」を学ぶワークショップ。
[撮影:田邊アツシ 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


“なめらかな” 食のデザインへのカウンター


1968年〜1972年にスチュアート・ブランドにより出版され、現代まで続くカウンター・カルチャー全般にわたる文化運動の経典的役割を果たした「ホール・アース・カタログ」。さしあたり、その1971年の『ラスト・ホール・アース・カタログ(The Last Whole Earth Catalog)』に記された一節を引用したい。

EVERYTHING IS CONNECTED TO EVERYTHING(すべてのものはつながっている)
EVERYTHING’S GOT TO GO SOMEWHERE(すべてのものはどこかへいかねばならない)
THERE’S NO SUCH THING AS A FREE LUNCH(この世にただなものはない)★1

副題の「Access to Tools」のコンセプトが示すとおり、「ホール・アース・カタログ」では野外生活や自然科学、果ては精神世界まで膨大な情報(それらをひっくるめてToolと定義している)へのアクセス方法が収められている。この一節は食のみを指し示すものではないが、人類が食に対して注いできた情報が幾千にも積層されていることは、本書の食にまつわる誌面の多さからも伝わるだろう(それらも、ほかの情報とつながっているため、どこまでが食の情報かを定義するのは難しいが)。

その意味で、私たちは日々、多くの情報を食べているわけだが、日常生活のなかでひと口にまつわる情報、その全貌を把握することは容易ではない、というよりも不可能に近い。スーパーで手にとる食品のラベルには、カロリー、原材料、産地、遺伝子組み換えという表記を見ることはできるが、それを読み解くには労力が伴う。


『ラスト・ホール・アース・カタログ』に「THREE LAWS(3つの法則)」として上記の一説が掲げられている。現在「ホール・アース・カタログ」はウェブサイトで全シリーズのデジタルデータ(PDF)を1冊5ドルで購入することができる。


ビアトリス・コロミーナ&マーク・ウィグリーの著書『我々は人間なのか?』において、デザインの変遷を辿りながら、よいデザインは「なめらかさ」という麻酔であると見定めたように、食にまつわる情報もデザインされればされるほど、日常的な購買意欲への摩擦はなくなり、条件反射的な欲求へ純化する★2

近年の醸造発酵未来フォーラム(博報堂の恋する芸術と科学チームが主催)や、発酵や醸造にまつわるムーブメントは、食へのなめらかなデザインに対するカウンターとして位置づけることができる★3。言うなれば、10人編成の交響曲を5人で演奏することがナンセンスであるように、生活のなかには効率の向上を拒絶するものがあることを、発酵や微生物の時間軸から学べるからだ。そして、すぐさまその学びを、実践として自宅でつくることができるのも大きな側面である。よい教育プログラムが学ぶ時間と比例して、スキルが増えていくように、料理も導入のハードルは低いが、その奥行きは果てしない探求へとつながる。


★1──Stewart Brand edited,The Last Whole Earth Catalog, (1971) p.43
★2──ビアトリス・コロミーナ&マーク・ウィグリー『我々は人間なのか?──デザインと人間をめぐる考古学的覚書き』(牧尾晴喜訳、BNN新社、2017)
★3──ほかに、例えば「スペクテイター」35号 特集=発酵のひみつ(幻冬舎、2016)や、小倉ヒラクによる『発酵文化人類学──微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎、2017)、2016〜17年にアーツ前橋で開催された「フードスケープ展──私達は食べ物ものでできている」など、発酵文化や食に関する事柄が話題になった。

情報のトレーサビリティ、アクセシビリティ


一方、情報へのトレーサビリティ、アクセシビリティに関しても近年多くの動きがある。食以外の分野ではあるが、そのひとつとして、オンラインストアでファッションアイテムを販売するアメリカのアパレル会社Everlaneが挙げられる。Everlaneは「Radical Transparency(=徹底された透明性)」をポリシーとして掲げている。オンラインストアで販売することで、中間コストを抑えるほか、工場の現時刻、天気、従業員数、販売アイテムの価格のうち、材料費、縫製費、関税、輸送費の具体的な額を商品ページに掲載している。さらに既存企業との小売価格を比較を提示するなど、そのアプローチには遠慮がない。

Everlaneのオンラインショッピングの商品ページ。材料費や輸送費といった原価の内訳と、Everlaneと他の一般的な企業との小売価格の差がひと目で分かる。


また2007年、MITではじまったサプライチェーン版Wikipediaとも言える「sourcemap」もそのひとつである。商品ごとのサプライチェーンがオンラインマップでビジュアル化される仕組みで、物流に関するデータを追加したり、編集することも可能だ。こうした情報のトレーサビリティや透明化への動きは、あらゆるモノに個別IDが付与されるIoTやブロックチェーンの普及に伴い、今後ますます増えていくであろう。最適化が促進される未来において、自身の健康状態と照らし合わせて、AIとロボットが営む、いま食べるべき食事を提案してくれる定食屋が現われる日もそう遠くないように思える。


StudioDに併設されるFood computer。日本で発注できる資材で制作方法のオープン化も試みる。


ただ、こうしたトレーサビリティが、「ホール・アース・カタログ」における「Tools」となり得るかどうかは留意したい。つまり、それらは「賢い消費者」を生み出すが、それ自体が新しい麻酔としてのデザインになりえるということである(その行為自体は“良きこと”なのかもしれないが)。

この鍵となるのが、THERE’S NO SUCH THING AS A FREE LUNCH(この世にただなものはない)という摩擦をつくると同時に、選択できる機会をもっとクリエイティブにすることではないかと考える。ここでいう“摩擦”とは、金額のコストのみを指すのではなく、知恵や工夫、自然の贈与、風土、文化、物事の成り立ちといった、さまざまな情報を想起させることである。

クラウドファンディングのように誰かを応援するために使うお金は、本来、購入する時点で、その意義を持つはずである。地域内で食への情報に関するさまざまなトレーサビリティが可能になり、選択できる拠点が多くあることで、お金を払う行動様式に変化をもたらすこと。それは、地域通貨といった仕組みの布石にもなりえるのではないか。これこそが私が本プロジェクトを進める理由のひとつである。

StudioDでは主に2つの機能を持ち合わせた場所を目指している。ひとつは「Custom burger workshop」と呼ぶもので、利用者は食材の製造者や原材料だけでなく、お金の流れ、生産時間や移動距離などさまざまな情報へリーチができ、その後、利用者が食材単位で選んだハンバーガーを食べることができる。そしてもうひとつは冒頭で紹介したような、YCAMのR&Dから生まれたテクノロジーやデザインを食という軸で転用し、学びの機会としてローカライズしていく実験的なワークショップやイベントを行なっていくことである。

(左)StudioDで試作中のハンバーガー。バンズ、パティ、野菜などの食材から、つくり方や情報の見せ方まで、地域内外のコラボレーターたちに協力を仰ぎ、試行錯誤を繰り返す。
(右)構想スケッチ。食材にまつわる金の流れや内訳が可視化される。


おいしさの情報から思考し、味を知る


しかし、食において最重要なのは、おいしいと思えることである。どれだけ高尚な情報を押し並べたところで、結局食べるものがまずいと興が冷めてしまう(分子ガストロノミーもおいしくなければ、注目されることはなかったはずだ)。そのため現在このプロジェクトでは、見習いR&Dシェフが並行しておいしいハンバーガーをつくるための試行錯誤を繰り返しており、おいしい食事には、多くの情報が必要であることを実感している。

次回の連載が掲載される頃には、本プロジェクトはお披露目されており、実施のレポートもお届けできるだろう(次回は2018年10月1日号に掲載予定)。StudioDは7月下旬にオープンする。機会があればぜひ足を運んでほしい。次回以降ではStudioDでの取り組みをオープンにしていく狙い、多くの意味で参照のひとつとなっているゴードン・マッタ=クラークの食堂「Food」についての考察、そしてこの場所がもつ新しいR&Dシェフの育成機能など併せて紹介していきたい。


StudioD / YCAM SHOP

期 間|2018年7月下旬から
定休日|月、火曜日(祝日の場合は月曜日営業/水曜日休み)
時 間|11:00〜18:00
場 所|〒753-0075 山口市中園町7-7 山口情報芸術センター StudioD


関連記事

「フードとアート」は終わったのか、始まったのか?|森岡祥倫:フォーカス
「大地に立って 空を見上げて 風景のなかの現代作家」、「フードスケープ 私たちは食べものでできている」|住友文彦:キュレーターズノート