キュレーターズノート
「パフォーマンス・アート」──その表現と体験の深化
中井康之(国立国際美術館)
2018年07月15日号
「パフォーマンス・アート」という表現領域が急速に前景化してきている。
私が勤務する国立国際美術館の開館40周年を記念して開催した「トラベラー まだ見ぬ地を踏むために」でも、コレクションをベースとしながら、パフォーマンスのような時間的な展開を伴った作品を数多く紹介した。同展の会期中、毎日公演を開催したアローラ&カルサディーラの《Lifespan》は、同展にあわせて国際美術館に収蔵した作品である。「パフォーマンス・アート」を収蔵するのは、日本の国立美術館でははじめてとなる試みであった。
アローラ&カルサディーラ──コレクションとその実演の課題
アローラ&カルサディーラ 《Lifespan》 2014 国立国際美術館蔵
© Allora & Calzadilla
Courtesy Lisson Gallery
[撮影:福永一夫]
同作品のコレクションの物理的内容は、演じる方法の指示書とパフォーマンスに用いる冥王代期石という至ってシンプルな構成である。とはいえ、実際にこの作品を展示・運営するのはそれ程シンプルとは言えない。まずパフォーマーを募り(基本的構成要員は3人だが、作品を一定期間維持するためには多くの要員が必要となる。今回は16名の方々に参加していただいた)、その方たちに合唱するかのように楽譜に基づいて口笛や石に息を吹きかけるといったパフォーマンスを指導する者を作家から派遣してもらい、訓練を行なった上で、実施へと至る訳である。先に毎日公演と述べたが基本的には1日1回公演で、週末のみ2回実施した。15分程の作品なので、公演のタイミングと合わなかった来館者は、隣に設置したホールで彼らの作品の記録映像を見れるようにした。
美術館という箱で、生身の人間が演じる時間的な展開を伴った作品を常時運営していくという試みは、ルーヴル美術館やニューヨーク近代美術館級の巨大な運営組織を持った美術館が存在しないこの日本に於いては、これがひとつの限界と言えるかもしれない。とはいえ、今回の実演は、記録映像と比較する機会ともなった。その2種のメディアを並べて展示したことによってパフォーマンスを実演で見る必要性をあらためて多くの方々に実感していただく機会になったことと思われる。
チェルフィッチュ──〈映像演劇〉という新しい演劇
「パフォーマンス・アート」を美術館のような施設で公開する際の問題に対して、一つの解を提示するかのような展覧会が熊本市現代美術館で開催されていた。「渚・瞼・カーテン チェルフィッチュの〈映像演劇〉」という催し(同館では[演劇公演/展覧会]と記していた)である。同展カタログによれば〈映像演劇〉という新たな取り組みは、さいたまトリエンナーレ2016 にてチェルフィッチュ主宰の岡田利規と舞台映像デザイナーの山田晋平によって試まれたという。〈映像演劇〉とはどのようなものであるのか。同展カタログに岡田利規が記している「〈映像演劇〉宣言」を引用しよう。
〈映像演劇〉とは、映像のプロジェクションを用いた作品の展示を、演劇の上演として行なう試みのことだ。(中略)
〈映像演劇〉の製作においては、考え方の形式としては演劇が用いられ、手法としては映像のプロジェクションが用いられる。つまり、〈映像演劇〉は、演劇としての映像、演劇上演としての映像プロジェクションだ。
など、9つの原則で規定している。概括すれば、旧来の演劇空間に限られることなく、例えば美術館の展示空間のような場所で、基本的には等身大による映像が映し出されて、その映像が映し出された場所と合理的な関係性を持ち得るようなシナリオによる演劇が投影されて成立するもの、ということであろう。
例えば、熊本市現代美術館の展示で発表された《A Man on the Door》は、部屋の片隅に等身大の人物一人が投影された作品で、その映し出されたドアの前の男が、ドアを開けると海とコンクリートの壁がある、といったセリフを英語で語るという映像作品である。設営された場所の特性に依拠しているという意味で映像インスタレーションの一種と解釈することもできるが、その男のシナリオが岡田利規の特色が示された内容であり、その演技に岡田の指示が十分に反映され、それが作品成立要因の50%程度以上を占めるならば、ここに〈映像演劇〉という分野が成立したと考えることができるのだろう。
《The Fiction Over the Curtains》2017-18[撮影:宮井正樹]The Fiction Over the Curtains 2017-18 [Photo by Masaki Miyai]
同展は、もちろんそのようなレベルの作品に留まるものではない。例えば等身大に映し出された3人の人物が一人ずつ日常の情景を特異な観点で語る《働き者ではないっぽい3人のポートレート》は、等身大のトリプティックな構造が、三聖人を描いた伝統的宗教画を思い起こさせるのである。また、《The Fiction Over the Curtains》という作品、展示空間の長い壁面と同程度の半透明のカーテンを設置し、その裏側から演じる人々の動く影が映し出される。複数のパフォーマーがそのカーテンとの間を移動する度に影の大きさが変化するのである。要するに、空間の奥行きを視覚的に捉えることができる映像を、たとえばゴーグルを鑑賞者に装着させるといった方法を用いずに見せることを可能にしている。
《The Fiction Over the Curtains》2017-18 プロダクションショット[撮影:加藤甫]
The Fiction Over the Curtains 2017-18 Production Shot
[Photo by Hajime Kato]
contact Gonzo──ポスト・パフォーマンスの実践
〈映像演劇〉のようなスタイルが成立することによって、例えばcontact Gonzoのような即興性を重要視するパフォーマンス・アーティストの存在が、より際立つということも考えられるだろう。そのcontact Gonzoが参加する企画展が京都で開かれていた。「im/pulse 脈動する映像」というタイトルで、contact Gonzo以外にはヴィンセント・ムーン&プリシラ・テルモンという世界各地の伝統的音楽や宗教儀式を取材した素材によって洗練された音と映像を作り出す作家、そして映像人類学という新しいフィールドで研究活動を行なっている川瀬慈が参加していた。人類学者がアートの方法論を学ぶような機会はこれまでにも設けられてきたが、さらに新しい関係性を探るような試みは、大学に付属するギャラリーが担うべき課題であると考える企画者によって、この3組が交わる共通項として映像というメディアが設定されていた。
contact Gonzoもその方針に則り、彼らのパフォーマンスを閉じられた空間内の四面映像によって疑似体験できるような装置、小さな島で体験したフィールド・ワークを3DのCGでアニメーション化した作品、さらにはコンクリートを削る映像を、その削る現場を再現しながら、映像と音で構成した作品《Aftermath》等を展示していた。
contact Gonzo《Aftermath》 2018[写真:来田猛 提供:京都市立芸術大学]
しかしながら、同展の初日に実施されたcontact Gonzoの肉体がぶつかり合う激しいパフォーマンスは、私自身10年程前に遭遇して受けた衝撃と同様に新しく、他の表現手段では得ることのできない絶対的な何ものかであることをあらためて感じさせてくれた。もちろん、彼らの表現は言うまでもなく一回性が強く、普遍的な表現になり難いだろう。今回の展覧会で試行された幾つかの映像化によっても、彼らの表現のエッセンスを見せることは困難だと実感した。そのような意見をcontact Gonzoの事実上の中心人物である塚原悠也に直接ぶつけてみた。その問いの回答として、彼がいま想定しているパフォーマンス・アートを教えてくれた。それは、鑑賞者とともにパフォーマンス・アートをつくり出していくという特異な方法であった。複数のパフォーマーと参加者がお互いの間に伐採した木のようなものを介して一体化し、ある振動のような動きを共有するというパフォーミングによる作品である。contact Gonzoの名前の由来通りの
contact Gonzo オープニング・パフォーマンス(2018年6月2日) 、体同士の激しい接触によるコミュニケーションは、一定の訓練がどうしても必要になるが、一体感を生み出すための振動を共有するというレベルであれば多くの者が参加できるだろう、という塚原の少々理想主義的な思考が加味されたスタイルである。そして、それは真にポスト・パフォーマンスと呼ぶべきものになるだろう。[写真:大島拓也 提供:京都市立芸術大学]
限られた期間に3様態の「パフォーマンス・アート」を検討する機会を持つことになったのは、表現の多様化に対して、表現者ばかりでなく鑑賞する側にも、この表現の深化を受容し、その質を判断する時期がきたことを示しているのであろう。個人的にはcontact Gonzoの未来形のパフォーマンス・アートを体感できることを願った。
開館40周年記念展「トラベラー まだ見ぬ地を踏むために」
会期:2018年1月21日(日)―5月6日(日)
会場:国立国際美術館(大阪市北区中之島4-2-55)
「渚・瞼・カーテン チェルフィッチュの〈映像演劇〉」
会期:2018年4月28日(土)〜6月17日(日)
会場:熊本市現代美術館(熊本市中央区上通町2−3)
「im/pulse 脈動する映像」
会期:2018年6月2日(土)〜7月8日(日)
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(京都市中京区押油小路町238-1)