キュレーターズノート

二つの「ジブリ展」──「この男がジブリを支えた。 近藤喜文展」/「ジブリの大博覧会 ~ナウシカからマーニーまで~」

角奈緒子(広島市現代美術館)

2018年09月15日号

不覚にも、込み上げてくるものを抑えることができなかった。美術館に足を踏み入れ、そんなふうに感じたことは過去に一度もない。「やってくれるじゃないか、ジブリ……。」

ひとくちに「ジブリ展」といっても、いろいろあるらしい。最初に白状しておくが、筆者はこれまで、いわゆる「ジブリ展」を鑑賞したことがなかった。それが今夏、満を持しての「ジブリ展」デビューを果たした。しかも贅沢なことに、ひと夏で二つもの「ジブリ展」を体験することとなった。

ひとつは浜松市美術館で開催されていた「この男がジブリを支えた。 近藤喜文展」。7月に浜松を訪れる用事があったので、せっかくだからと市の美術館にも立ち寄ることにしたところ、開催中の特別展は「ジブリ展」と判明。残された時間には限りがあるし、待ち時間が長いようならば美術館は諦めて、浜松城跡をのんびり散策すればいいか、などとひとりごちながら向かったところ、拍子抜けしたことに、行列ゼロ。並ばなくても入れるジブリ展もあるのか! と、心底驚きながらすんなり入館。この「ジブリ展」では、高畑勲、宮崎駿の両氏から厚い信頼を寄せられていたアニメーター、近藤喜文(1950-98)の仕事が取り上げられており、過去に手がけた絵コンテ、イメージボード、スケッチ、セル画などが紹介されていた。訪問した日が平日だったためか、はたまたアトラクション的要素が特にない、実直な展示内容のためなのか、少なくとも私が展示室にいた間は鑑賞者の数は少なく、おかげですべての作品を間近で、しかも真正面から存分に鑑賞することができた。贅沢な「ジブリ展」デビューといえるのかもしれない。

そしてもうひとつは広島県立美術館で開催されている「ジブリの大博覧会 ~ナウシカからマーニーまで~」。広島県美でのジブリ展も当然、夏休みという書き入れどきにあわせて開催された特別展である。美術館の前(屋外)には、当日券を求める人々、入場待ちの人々によって、連日長蛇の列ができていることを知っていた。よって、異常な長さの列ができているときはそれを眺めるだけとし、世の中(つまりは子どもたち)の夏休みが終わるのを待って、突撃してみた。そして、確かに、なにかにやられた(それが冒頭である)。感涙するほどのジブリ・ファンだと思われるかもしれないが、そういうことではない。もうひとつ、ついでに白状すると、事実私は、ジブリ映画を数点しかちゃんと見たことがない。では、なにによって私の心はあれほどまでにかき乱されたのか?


エントランスに展示されている「空飛ぶ飛空艇」 [撮影:筆者(以下特記のないものは同じ) ]

自動ドアを通って建物に足を踏み入れると、もうその瞬間からジブリ・ワールドが展開されている。「天空の城ラピュタ」の背景を模したゲートをくぐれば、ほとんどの観客が歓喜の声をあげずにはいられない、都市模型と巨大な飛空艇のインスタレーションが建物の吹き抜けを占領している。しかも、その飛空艇には動力が備わっていて、空中で上下に動き続けているではないですか。チケットをもぎられる前から、観客は写真と動画の撮影に追われて大忙し。いうまでもなくこのジブリ展、掴みはオーケー。

さて、いったん呼吸を整えて、エスカレーターで3階へ上がる。展覧会会場に入ってみると、バーのマスターよろしく、バーカウンターでトトロが私たちを出迎えてくれる。カウンターの横や奥には、宮崎駿、鈴木敏夫、高畑勲といった、スタジオジブリを代表する面々の写真が飾られている。カウンター横にあるくぼみの上方を覗き見てみれば、まっくろくろすけたちの群れが! パッと見には見えない細部までの抜かりない演出はさすがスタジオジブリである。その先からは、「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」など、誰もが知っているジブリ作品のポスター、ポスター原画やスケッチ、作品ごとのキャッチコピーが決まるまでの、プロデューサーとコピーライターとのやりとり(ファックス)といった資料が壁一面に展示されている。こちらのジブリ展は、膨大なストーリーボードや絵コンテ、原画をとおして過去作品を紹介するというよりは、「製作・宣伝・配給・興行」を管理するプロデューサーの仕事にフォーカスをあて、スタジオジブリ約30年の歩みを振り返る、という内容のようだ。名プロデューサーとして知られる鈴木敏夫氏のデスクと書棚まで再現されている。会社組織で広報や宣伝などを担当している人にとっても興味深いに違いなく、つまり、展覧会の内容自体は意外とオトナ向けだ。また、歴代作品のチラシ、映画パンフレット、販促グッズがところ狭しと並べられたコーナーには、コレクター垂涎の品も並んでいたと思われる。


ネコバス(実寸大)

しかし、さすがはスタジオジブリ、子どもへのサービスもちゃんと忘れていない。途中で登場するのはなんと、あのネコバス(実寸大)。展示室内は基本的に撮影禁止だが、もちろんここだけは撮影スポット。ネコバスに子どもを乗せ、外から激写する親たちでごった返す。はしゃいでいるのは子どもだけではない、オトナだってはやる気持ちを抑えられないのだ。ネコバスの先頭席を陣取り、連れに写真を撮ってもらうオトナたちが続出。ちなみにネコバスの行き先は、もちろん「ひろしま」。これまたニクい演出。ここで展覧会は終了かと思いきや、ジブリ作品に登場する不思議な乗り物に着目した「スタジオジブリ 空とぶ機械達展」、いわゆる展覧会内展示が続く。史実に基づいた乗り物の歴史を振り返りつつ、数々のジブリ的な空とぶ乗り物を紹介する内容である。乗り物好き男子が心惹かれる内容なのだろうか、心なしか、少年の心を忘れていない(たぶん)シニア男性が熱心に鑑賞していた印象だ。ただ、原画信奉者の筆者としては、このセクションの展示物が基本的にパネルだった点は残念に思った。そして、美術館エントランスの吹き抜けを上下する飛空艇も、このセクションの続きなのだと悟った。構成もよくできている。

振り出しに戻ってきた私は冷静さを取り戻していたが、最初は明らかに動揺していた。ペンディングにしていた疑問に敢えて戻ろう。なにが私の心をあれほどまでにかき乱したのか?誤解を恐れずにいえば、たぶん私は瞬間的に打ちひしがれたのだと思う。なにに? スタジオジブリに? ジブリ展に? 美術館に? おそらくこのすべてだろう。さらにいえば、美術館という空間にエンターテインメントを求めずにはいられない観客に。フォトジェニックなワクワク要素を含んだジブリ展ならば、たとえ何時間並んででも美術館にやってくる観客に。

時代の変化とともに、あらゆるものは変わっていく。求められるものも変わってくるし、変わるべきこと・ものもあると思う。それならば、美術館のあり方も時代とともに変わらなければならないのかもしれない。けれども、変わらない、もしくは変わってはならない部分もあるのではないか。


所蔵作品展「サマーミュージアム 空想の世界へ」展示風景 [提供:広島県立美術館]

小特集「和高節二」展示風景 [写真提供:広島県立美術館]

小特集「中央アジアの工芸」展示風景 [写真提供:広島県立美術館]

広島県美では、当然といえば当然なのだが、所蔵作品展も開催されていた。開館50周年ということも少なからず関係しているのか、「サマーミュージアム 空想の世界へ」と、二つの小特集「野に生きた画家・和高節二」「中央アジアの工芸」の豪華三本立てである。「空想」というテーマはもちろん、同時開催のジブリ展を意識しているに違いない。同館が誇るサルバドール・ダリの《ヴィーナスの夢》も堂々展示されている。また、小特集はいずれも県美の所蔵方針として掲げられている「広島県ゆかりの作家」「日本およびアジアの工芸」を紹介するものである。しかしながら、ジブリ展にあれほどいた鑑賞者たちは、こちらには流れてきていない様子。同じチケットで鑑賞可能にも拘らず、である。とはいえこの現象は「美術館あるある」のひとつなので、もはや驚きはしない。こちらの展示室では、所蔵作品に触れるわけにはいかないし、いくつかの作品は写真撮影OKだとしてもインスタ映えもしないだろう。けれども、農業と画業との二足のわらじを履き、独学で画を学んだ和高節二の温かみに溢れた作品はどれも味わい深く、また、中央アジアでつくられた鮮やかな刺繍布(スザニ)の細やかさと美しさに目を奪われずにはいられない。私にいわせれば、昔から変わらない(と思われる)美術館の真髄に触れることができるのは、むしろ所蔵作品展の方である。


都会のオアシス「縮景園」

しかもこのチケット、たったワンコイン(100円)を追加で払えば、美術館のお隣に広がる日本庭園「縮景園」にも入れるときた。それなのに、これは行くしかないだろう! と、ほとんどの人が思わないという現実を、庭園に出て目の当たりにした。ちなみにこの庭園の起こりは江戸時代にまでさかのぼる。広島浅野藩初代藩主長晟が、茶人として名を馳せた上田宗箇に作らせた、大名庭園の先駆けとして知られている。庭には見どころがいっぱいだ。立派な大木の切り株、「世界の図」など不思議な名前のついた梅の木、めずらしい形をした石。これらはいずれも十分フォトジェニックではないか。茅葺きだったり柿葺きの屋根の茶室やあずまやは、ジブリのお城に負けず劣らず、素敵な佇まいである(動かないけど)。足幅くらいしかない細い橋もアーチが立派な太鼓橋も渡るにはスリリングだし、餌を求めて水面で口をパクパクさせる大量の錦鯉たちにいたっては、かわいいのかグロテスクなのかもはやわからない。館内でファンタジーを存分に楽しんだあと、館のすぐ隣にあるリアル・ワールドにもこれだけのエンターテインメントが用意されているのに、それを楽しまない理由がどこにあるというのだろうか。

この男がジブリを支えた。 近藤喜文展

会期:2018年6月23日(土)〜2018年9月9日(日)
会場:浜松市美術館(静岡県浜松市中区松城町100-1)
詳細:https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/artmuse/tenrankai/2018_tenrankai2.html

ジブリの大博覧会 ~ナウシカからマーニーまで~

会期:2018年7月21日(土)〜2018年9月24日(月・祝)
会場:広島県立美術館(広島県広島市中区上幟町2-22)
詳細:http://www.hpam.jp/special/index.php?mode=detail&id=191

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