キュレーターズノート

ハンバーガーの「ひと口」から食のあり方を考える
──YCAMの新プロジェクト「StudioD」のしくみ

石川琢也(山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーター)

2018年10月01日号

山口情報芸術センター[YCAM]では、「食」をテーマにした新プロジェクト「ひと口から考える食のエコシステム StudioD」が2018年7月にオープン。前回の寄稿では、プロジェクトの背景にある思想や事例を紹介した。今回は、食にまつわる「食材」「味覚」「情報」「消費」「シェフ」の視点から、StudioDのしくみとその狙いを紹介する。


StudioDの空間
既存のレストランスペースを改装した。空間と什器のデザインは403architecture [dajiba]、アートディレクションは前田晃伸氏、ショップディレクションはmethod Inc.が担当。
[撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


食材を選ぶ


StudioDでは、YCAMの館内にあるレストランスペースを改装し、ハンバーガーとグッズの販売を行なっている。まずはStudioDの体験をみてみよう。Studio Dのスペースには壁一面にハンバーガーの「食材カード」が並べられている。利用者はその食材カードを自由に選び取って、重ねることで、ハンバーガーの具材を挟む順番も自身で決めることができる。重ね終えたカードをレジに持っていき、代金を支払えば、その通りのハンバーガーが調理される。



壁に並べられた「食材カード」
利用者はここから好みの食材を選ぶ。2018年10月1日現在、39種類のカードが用意されている。
[撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]




「食材カード」の組み合わせの一例として「定番バーガー」を用意
これをもとに、自分ならではの組み合わせを試してみるのもよい。
[撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



完成したハンバーガー


サンドイッチの具材を自分好みに選べる飲食店はすでにあるが、StudioDでは食材にまつわる情報=“食の変数”をより多様にすることを試みている。例えば、Food computer★2で育成したレタスと地産のレタスが用意されており、現在、試作中ではあるが、バンズの場合、原材料は同じでも、酵母の種類が異なったり、発酵時間が異なるものを選べるなど、食材の変数をさまざまに試すことができる。

★2──Food computerはMIT(マサチューセッツ工科大学)の農業研究プロジェクトにおいて開発されたコンピューターで制御しながら野菜を栽培できる装置だ。海外では小学校にも導入され、植物や生物について学ぶ教育ツールとしても活躍している。バジルの美味しさは、虫の攻撃に対してバジルが防御するための成分に由来する。Food computer内の数値を調整し、野菜の味を変化することができ、世界中の協力者がプラントレシピとしてオープンにしている。StudioDでも、ハンバーガーの食材だけでなく、プラントレシピを制作していく予定である。



YCAMで制作されたFood computer、監修は長谷川陸央


飲食店では原価や調理法など、試行錯誤の末にたどり着いた最適な一品を提供するのが一般的だろう。ハンバーガーの満足感を高められるよう、調理や運用方法の改善は、日々StudioDでも行なっているが、最適化された一品を供することが目的ではない。利用者自身の選択と責任によって、その「ひと口」から考えてもらうことが重要だ。もし注文したハンバーガーが想像していた味と異なった場合、次にどうすればよかったのかを振り返ることができる、いわば「『失敗』を容認できる設計」を目指している。

フライドポテトも同様の設計だ。フライドポテトのトッピングとして、壁に並べられた100種類近くある粉末を利用者は自由に混ぜ合わせることができる。この粉末は野菜や果物、味噌などをStudioD内で乾燥し、細かく砕いた粉末と、スパイスと調味料から構成されている。今後、利用者のレシピのデータベース化を行ない、フードペアリングのような味の組み合わせを可視化できるシステムを試みていく予定である。



フライドポテトのトッピングパウダー
[撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



トッピングパウダーの原料の一部
原料となるニンジンやトマトなどの野菜だけではなく、味噌や醤油も乾燥させ、粉末にする。

味覚を捉える

YCAMで行なわれるワークショップの特徴のひとつとして、メディアテクノロジーやデザインを用いて、身体に備わる機能を再発見する試みが挙げられる。StudioDでもこの要素を取り入れている。

利用者がカスタムしたハンバーガーを食べるとき、口に含んだ瞬間から飲み込むまでの味の5要素(旨味、甘味、苦味、酸味、塩味)がどのように変化したのかを、主観に基づいて味覚カードに記述してもらう。そのカードは次の利用者が参照として使えるレシピにもなる。これは昨年、YCAMで実施したCOOKHACKという、味覚を意識しながら食べるワークショップの設計を取り入れている。



YCAMで実施したワークショップ「パスタ建築」(左)と「感覚アスレチック」(右)
[撮影:丸尾隆一 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



利用者が記入した「味覚カード」
本来、身体が味を感じ取る7割が嗅覚で、味覚が感じるのはたった3割程度。嗅覚は複雑で記述するのが非常に難しいため、味覚を軸にカードを設計している。


普段の食事では、美味しいかどうかだけではなく、味の違いを詳細に解析することはあまりないだろう。StudioDには「味覚カード」が用意されており、それが味覚を分析するためのガイドとなる。自分で選んだハンバーガーを食べながら、このカードに感じた味を記述してみると、複雑な味の変容と、自分自身の舌が持つセンサーとしての能力の高さに驚くだろう。そして、このカードによって、カスタムしたハンバーガーが狙い通りだったかどうかを利用者が検証することができるのだ。

情報を知る

「食材カード」の裏側には加工品のレシピ、発酵についての根拠、色味や栄養にまつわる情報が記されているほか、食材を顕微鏡で拡大した写真、そしてICチップが埋め込まれている。カードを専用のデバイスに置くことで、ICチップが読み込まれ、3つのデータ(生産者への支払い額、移動距離、生産時間)がモニターに表示される。利用者はカスタムしたハンバーガーの合計の数値を知ることができる。



食材カードの裏側
食材の顕微鏡写真や味覚データのほかに、シェフがリサーチした「美味しい理由」が記載されている。オーダーしたあとは、ハンバーガーが出来上がるのを待ちながら、食材の歴史や文化的な背景を学ぶことができる。



食材のデータヴィジュアル
ICチップが埋め込まれた「食材カード」をデバイスにかざすと、食材の移動距離や生産時間などが表示される。データを取得できるのは直接やりとりしている農家や肉屋のみのため、現状では全体の4割程度。業務用スーパーなどで購入した食材は「no data」と表示される。制作は堀宏行(汎株式会社)。


食のトレーサビリティ(追跡可能性)を扱った代表的な事例に、2005年のアルスエレクトロニカでゴールデン・ニカを受賞した「milk Project」がある。酪農家から消費者まで、生産や輸送に携わるすべての人々にGPSデバイスを与え、ミルクの流通の実態を可視化したプロジェクトである。2018年現在では、トレーサビリティのデータは主に企業のマーケティングデータとして活用されることが多い。そうしたデータがうまくデザインされ、地域間の消費者が知ることで、どのようなことが起きるだろうか。

ここで見落としてはいけないのは、データを知ることと、データからアクションを起こす行動の違いであろう。例えば、オープンデータの事例として、各市町村での支払われた税金が1日あたりどこにいくら使われてるかを知る「Where Does My Money Go? (税金はどこへいった?)」は、自身の住んでいる街とほかの自治体との比較や、税金への関心を高める取り組みとして意義深いプロジェクトだ。

ただ、このサービスから、日常の営みに対して変化が生まれるためには、個人の欲求や習慣に伴うデザインが必要ではないかと考える。つまり、美味しいものを食べたいという欲求や、誰かを応援したいという感情である。私たちが食を扱う背景には、食が人にとってつねに関心事であり、個人の欲求や習慣と親和性が高いテーマであるためだ。そのため食にまつわるデータをうまくデザインすることで、消費行動に生産者を支援する意識をなめらかに付随できないかと考える。

消費を変える

StudioDでは食べる機能を再認識するためのデザインや、バイオラボやFood computerなど食材の可能性を探求することなど、食にまつわる多様な側面を兼ねているが、消費行動に変化を再考するための狙いやお金を巡る視点は食に限ったことではない。参考までにほかの事例として、「コンサドーレEZOCA」というコンサドーレ札幌のファン向けのポイントカードは、提携店で買い物をするとポイントの0.5%がチームの活動資金へ還元される。クラブを応援するには、足繁く会場に運んだり、グッズを購入したりする方法があるが、そのタッチポイントを増やし、習慣化することを目指した取り組みである。

応援する対象が生産者であれば、その生産物を購入することがなによりの応援になる。地域にかかわる作り手を応援する感情を、日常的な消費行動から生じさせることはできないだろうか。その感情は「購入」という方法で応援できないケースにも転用できるかもしれない。例えば、商店街や公共空間における既成の価値観を刷新する自在な創造性をもったアーティストや作家など。税金やクラウドファンディングも多様な状態となっているが、まだまだ方法に余地はあるのではないか。消費行動そのものがよりクリエイティブになることを、食から考えていく。それが、「ひと口から考える食のエコシステム」の名前に込めた意図である。

StudioDのこれから

まだまだStudioDは小さなプラットフォームである。トレーサビリティのシステムは人が行動に移すまでの仕組みやインターフェイスには至っていないし、食材カードの充実など、手を加える部分は多い。StudioDはランニングコストを販売料で運営しているため、マーケティング的な配慮も重要である。例えば、オープン前のプロトタイプの時点では、食材カードの表面を食材を顕微鏡で拡大した写真で埋めようとしようとしたが、あまりにも食欲がわかないため、顕微鏡の画像は裏側の一部で使用したりと、「食べたい」という欲求にとても気を遣っている。オペレーションひとつをとっても、ハンバーガーの挟む順番が毎回異なることは非合理であり、普通の飲食店では採用しないだろう。そこをなんとかして実現し、継続できるように、オペレーションの合理性を日々高めている。

そのなかで、利用者の反応が上々であるのは嬉しいことである。自由に食材を選べる仕組みやカードについても楽しく体験していただいているが、前回の寄稿でも記載したように、「美味しいハンバーガー」の存在は欠かせない。これは後述する店長や、メニュー監修の料理開拓人の堀田裕介さん、パン制作について指導とアドバイスをいただいたPetit lab Bakeryさん、野菜に関して栽培から仕入れまで協力いただいているYorozuFarmさんなど地域内外の協力者のおかげである。

地域のメディアにもさまざま取り上げられたこともあり、YCAMではなくStudioDを目的に訪れる方も徐々に増えてきている。StudioDをタッチポイントのひとつとしてYCAMに来館してもらい、館内で開催されている「コロガル公園コモンズ」や「メディアアートの輪廻転生」展など別の展示に触れてもらうきっかけになるのもよい。その役割を拡大するためにも、今後もさまざまな専門家やアーティスト、研究者、地域のサポーター達とともに、さらなる食にまつわる実験的な取り組みを行なっていきたい。

シェフを育てる

最後に、StudioDにはもうひとつ大事な要素がある。それは店長を担う人物がR&D(研究開発)のシェフとして育成される場所であることだ。店長の中本彩香(a.k.a もずくちゃん)は九州大学を休学し、4月から山口に移り住んだ。彼女はプロの料理人やクリエイターたちとプロジェクトの立ち上げから設計に携わってきた。その後も、店長として場所を運営するだけでなく、パン作成の修行を行ない、バイオラボで学んで酵母を採取し、美味しい酵母を探求するなど、食における実験的な取り組みを日夜探求している。プロジェクトのサブタイトルとしてある「Radlocal Practice」にこの意図があるのだが、こちらについては次回の掲載に譲りたい。



StudioDのR&Dのシェフを担う「もずくちゃん」
写真はYCAM近くの公園や森から酵母採集をしているところ。


StudioD/YCAM SHOP

毎週水曜日〜日曜日 11:00〜18:00
月曜・火曜日定休(月曜日が祝日の場合、水曜日が定休)
〒753-0075 山口市中園町7-7 山口情報芸術センター StudioD
Tel: 083-901-2222 / Mail:ycam.studiod@gmail.com
instagram: ycam.studiod / Facebook: ycam.studiod




コラボレーター

共同開発者:中本彩香(TISSUE Inc.)
アートディレクション:MAEDA DESIGN LLC.
空間/什器設計:403architecture [dajiba]
ショップディレクション:method Inc.
メニュー監修:堀田裕介(料理開拓人)
データビジュアライゼーション制作:堀宏行(汎株式会社)
Food computer監修:長谷川陸央
クリエイションサポート:野島稔喜

地域サポーター

YorozuFarm / Petit lab Bakery / 肉のにしだ / 木原製作所 / うずまきLifeArt


関連記事

「食」をめぐるYCAMの新プロジェクト──ひと口から考えるエコシステム|石川琢也:キュレーターズノート