キュレーターズノート

カマタ_ソーコ──大鳥居への旅の追憶

工藤健志(青森県立美術館)/澤隆志(インディペンデント・キュレーター)

2019年03月15日号

京急大鳥居駅から歩いて5分ほどの産業道路沿いにある空き倉庫を活用した「カマタ_ソーコ」。2017年から2018年にかけてさまざまなアートプロジェクトが開催されたスペースであるが、一切のリノベーションを行なわず、倉庫の記憶をそのまま留めた空間で、今流行の小洒落たファッション性は皆無。しかしその無骨さが、インストールされたさまざまな作品と呼応して、ほかではちょっと味わえない独自の雰囲気を形づくっていた。このカマタ_ソーコは、名称はそのままに、2018年9月から特定の場所を持たないプロジェクトベースの活動へと移行し、工場町全体をフィールドとして再始動している。とりあえずの「ひと区切り」ということで、これまでカマタ_ソーコで行なわれたプロジェクトについて、キュレーションを担当していた澤隆志さんに話をうかがった。

「バンドの寿命は3年とか言うらしい。倉庫の寿命は知らない」(澤)



「カマタ_ソーコ」前景[撮影:大洲大作]


1 ラブラブショー2


工藤健志 ということで、カマタ_ソーコの企画運営、おつかれさまでした。立ち上げは青森県美で開催した「ラブラブショー2」展の東京飛地展示でした。


澤隆志 その節はお誘いありがとうございました!「飛地」っていう定義、すごくいいなと思ったし、散見する「地域おこし」ムードにも流されずにすみました。あと、個展でもグループ展でもない、ペアを提示するコンセプト、これ重要に思っていて、作品、作家の素晴らしさに専念できたことがありがたかったのです。「地域おこし」は専門外なので、申し訳ないけど、結果的にそうなってくれたらありがたい、と。また、映像以外の作品を展示で取り扱うのは初めてだったのですが、6名の出品作家さん、自身も作家であるインストーラーさん(山本努、市川ヂュン両氏)、@カマタの松田和久さんに助けられました!


工藤 「飛地展示」をやろうとしたきっかけは、展覧会の経費に「広報費」というものがあるんですが、ただ東京のメディアに広告を出すだけじゃつまらないし、効果も定かじゃない。だったらその予算を使って東京でプレ展示を行ない、話題をつくるのもアリなんじゃないかと。それを在京のメディアが取り上げてくれたら、ちょっと新しい「広報の仕掛け」になるんじゃないかと思ったんです。で、澤さんに相談した次第です。はじめはいくつか候補地があったんですよね。それが最終的に大田区に決まったと聞いたときは正直びっくりしました。あれ? 六本木や天王洲じゃないんだ! って(笑)
でも大田区って羽田空港も品川駅も近くて立地的にはすごくいい土地柄でもあるんですよね。スペースの運営そのものは、「ものづくり」の場である大田区のポテンシャルを活用してクリエイターのためのクリエイティブな制作環境を生み出していく@カマタが行なっていたんですよね。


 「ラブラブショー2」をきっかけに、カマタ_ソーコという名前をつけて、運営が始まったんですが、広報ってほんとうにむずかしいですよ! 作家/作品選定の傍ら、じゃあどこで? ってなったとき、可能なコネクションのなかから偶然大田区の古い倉庫に出会いました。まずカッコいい! しかも青森県美のモダンで巨大な空間と好対照になる。そして、キーマンたちに立て続けに出会えました。オーナーの茨田禎之さんとは@カマタという街に寄り添った点在リノベ拠点コンセプトに共感し、先の松田さんは建築家でプロダクトデザインもできる方なので僕のヤバい落書きを一瞬で3DCGにしてくれました!
近所のハイテクベンチャーBoCo株式会社の謝社長もノリのよいお方で、僕の妄想デバイスにできたばかりの骨伝導イヤホンを提供してくれました。「ART meets TECH」とか「ニッポンのものづくり」とか言われまくっていますが、呑気に考えている隙がないので「こんなこと、できますか?」と恐る恐るお聞きしたら皆さん余裕でそれ以上のアウトプットで返してくる。さまざまな町工場のある大田区、面白いですよ!




上:什器イメージメモ(澤隆志) 下:什器イメージ3DCG(和田和久)



工藤 なんという変わりよう(笑)これがプロの仕事か! この机と椅子は宮崎夏次系さんと柴田聡子さんのコラボ作品でしたね。宮崎さんの漫画を木にレーザー彫刻して「机をめくる」ような感覚で漫画を楽しめ、さらにこれも地元で開発中だった骨伝導イヤホンで柴田さんの音楽を楽しむというとっても贅沢な装置で、「漫画」の展示方法としても斬新でした。早めに特許とっておいたらどうですか?……なんていう与太話はさておき、単に「大田区で空き倉庫がたまたま見つかったからそこに展示しました」ではなく、地元を拠点に活動する人々や、その土地に生まれた技術とも連携することで、場としての「必然性」のようなものが生じていました。
青野文昭さんと水尻自子さん、そしてミロコマチコさんとアンナ・ブダノヴァさんのコラボもまさに「異業種格闘戦」みたいで面白かったし、ほかではちょっと考えられない新鮮な組み合わせでした。

 ありがとうございました。詳細に書いていただいた記事、嬉しかったです。
ブルータルな倉庫を展示空間に、っていうのは国外ではポピュラーなので、もっと増えていくと思います。むしろ、空港地域と国内美術館がつながったことが楽しかったです。東京がキャラを出さずに、国内美術館の入り口になるというビジョンは、いまも継続して行なっていますし、東京のあるべき姿だと思います。



「ラブラブショー2」展示風景[撮影:大洲大作]


工藤 リノベせず、キッチンやリフトがそのまま残っていたり、壁の一部が壊れていたりと、倉庫として使われていたときの記憶が生々しく残っていて、そんな空間に呼応して作品がさまざまな物語を語りはじめる。どのプロジェクトもそんな印象を強く受けました。そして大田区という立地を考えるとやはり羽田空港の存在は大きいわけで、地方と中央、地方と地方の結節点として大田区には大きな可能性があるなと思いました。これってほかのアート系スペースにはない独自の新しい「視点」じゃないでしょうか。青森県美との2本の取り組みは可能性の示唆のみで終わってしまいましたが、そもそもこういうものは継続していってナンボのものですし。
で、ラブラブショー2で立ち上がったカマタ_ソーコの次の一手が……。

2 写真+列車=映画



 「写真+列車=映画」という展覧会に発展しました。これはラブラブショー2の東京展のクロージングに、青森展出品作家の市川平さん大洲大作さんのお二人が1日だけの展示をインストールしてくれたのがきっかけでした。たまたま鉄道への偏愛でハマったのと、「赤い電車」沿線の会場だったので楽しいかなと。傲慢なコンセプト偏重から自由に、ダジャレとボランタリーから始まる小さくても温かい展示になったと思います。近所にホームセンターがあるのも大きかったです!
タイトルは港千尋さんの書籍『映像論』から拝借しました。二人の美術家による列車モティーフの作品と、瀬尾俊三という知られざる実験映像作家の大傑作《FILM DISPLAY》を同一空間に置くことで、ARTとCINEMAのふかーい断絶に細い橋脚をかけてみたかったのでした。映画フィルムが起動して、まるで列車のように、線路のように見えて、立体作品にも溶け込めたのではないかなぁ、と……。



「写真+列車=映画」展示風景[撮影:大洲大作]


工藤 恥ずかしながら僕は瀬尾俊三という映像作家を知りませんでしたし、ウェブサイトなどで作品のスチールを見ても「ふーん」くらいの印象しかなかったのですが、実際に作品を見て強い衝撃を受けました。走る電車のフィルムを幾重にも編み込んで映像の「構造」を暴き出していく。鉄道と映像はリュミエール兄弟以来のベストカップルですが、この作品では、リズムや速度といった映像の要素をフィルムという「物質」にいったん還元し、コマ撮りによって、映画でしか表現できない列車の「動き」がつくり出されている。それがとにかく心地よかった。


 日本だけではないですが、劇映画以外の映像作品を気軽に解説付きで見られるリソースはまだまだですから。前の職場がイメージフォーラムという実験映画の上映、配給、映画祭の活動をしていたところなので、いつか瀬尾さんの作品を現代美術と同じスペースに置いてみたかったんです。おっしゃる通り、「構造」をとてもおちゃめに晒すので、僕も大好きな作品です。しかも被写体が、展示会場アクセス線の京急という!


工藤 しかも単なる「上映会」ではなく、大洲さんの「写真」と市川さんの「列車」がイコール瀬尾さんの「映画」になっていて、その作品相互のつながりが、スタイルとしてはすでに陳腐化しているインスタレーションやメディアアートに対する批判としても成立しているように感じました。


 サイレント作品だったので、やりやすかったんですよ(笑)。映画フィルムって形が列車みたいでしょ? また、線路みたいでもある。映像作家はじつに多くの列車アナロジーの映画をつくっています。大洲さんは実在する車両の窓枠に車窓を映像でインストールすることで「窓」をマテリアルかつメディアにしている。だから、今回の窓枠は京浜急行電鉄でなければならなかった……。大変だけどちょっと楽しかったですよ。平さんは、平成5年に展示した「Tokyo Unit Life」の展示プラン模型と本物の模型?が走る環状線を倉庫の1階と2階に敷きました。当時は山手線なのに、二人の作品に引っ張られて赤い電車に塗り直してもらう、という鑑賞(感傷)線。強い光源が移動することで、模型よりもその影が雄弁に存在を主張します。白壁に写った影はまた網膜のアナロジーでして、われわれの頭の中もかき回すって趣向。


工藤 大洲さんと市川さんは二人とも根が「マニア」じゃないですか。鉄道と映画と、それぞれジャンルは違うけど、共通するのはマテリアルやディテールへの「異常な愛情」。共に装置+映像で作品が構成されていますが、当然ながら装置そのものも高いクオリティのオブジェになっているので、空間そのものがビシッと締まっていました。


 これらすべて無音なので、倉庫内がサイレント映画のシネコンになったようで、映画祭ディレクターとしても仕事した気になっていました。大田区にクリニックを持つ著名コレクターの高橋龍太郎さんにゲストトークに来ていただいたのも大きなトライでした。彼は若い頃映像作家を目指していたんです!


工藤 そういえば、レントゲン藝術研究所も大田区の倉庫スペースから活動を開始してますよね。大田区にはいわゆる「区立美術館」はないけど、川端龍子の記念館があるし、ここは良い作品をたくさん持っています。《香炉峰》(1936)なんて当時最新鋭の九六式艦上戦闘機をなんとスケルトンで描いている……、みんな大好き「解剖図」ですよ(笑) しかも横幅が726.5cmもある大作で、実機の全長とほぼ同じという。この作品、山種美術館で2017年に開催された回顧展で大きな話題になりましたが、この作品が羽田空港を抱える大田区にあることはもっとアピールしてもいいんじゃないかな、と。飛行機好きの稲垣足穂もこの地ゆかりの文士だし、掘ればどんどん文化的な厚みがあらわれてくる。カマタ_ソーコはこうした大田区や蒲田の文化を考えるきっかけにもなったんじゃないでしょうか。
ちょっと話は飛びますが、青森には県立三沢航空科学館という航空機マニア必見の施設が三沢空港に隣接していて、そこには1938年に当時の無給油長距離飛行記録を打ち立てた「航研機」の実物大復元模型が展示されているんです。で、なんと実機は羽田空港の下に埋まっているらしい。羽田と三沢の時空を越えたロマンですよ。大田区は鉄道と飛行機を起点とする20世紀文化の検証にふさわしい場所だなあと、つくづく思いました。同時に、鉄道と飛行機は人間の新しい視覚を切り拓く大きな力にもなったということで、「見ること」をテーマにした「めがねと旅する美術展」でもまた澤さんに協力をお願いした次第です。


 今度ブラタケシしてください! 飛行機が飛んだ頃、映画も興行フォーマットが完成し、都市生活者は片や現実の、片や錯覚の「浮遊感」を得るわけですよね。第一次世界大戦のショックを経由してその「浮遊」の先に不確かなもの、見えないものの探求が始まってくる。精神分析と一般相対性理論が同時期ってさもありなんですよねー。これにプラス、ロトスコープ(実写の動きをコマごとにトレースするアニメーションの技法)も同時代。微細な動きそのものを“表現”“演技”にすることができた。細馬宏通さんと連続講座で掘り下げていきました。それが2015年。ロトスコープ100年でもありました。ソーコの最後の展示につながっていきます。


工藤 1000年先のことかもしれないけど、「近現代」(ギレン・ザビ言うところの「中世期」笑)の遺物や資料がどんどん「発掘」される時代がくると思うんですが、その時に「京急大鳥居に変なアートスペースが短期間あったらしい」みたいなことになると面白いなあと。だから、今回「記録」としてちゃんと残しておきたいと思ったんです。僕は同時代の「評価」に対してはすごく不信感を持っているんです。いまの評価基準って、そのイベントにどれだけ人が集まったか、いくら儲けたか程度じゃないですか。地方で仕事しているとよくわかるけど、メディアへの露出も取材しやすい首都圏イベントが中心だし、マスコミ事業部が企画したイベントを自社のメディアでしつこく煽り続ける(笑)。もはや報道ですらないですよね。澤さんが言うような「東京がキャラを出さずに、国内美術館の入り口になる」という発想ができる人がほとんどいない。本気で地方=日本の未来を考えるのなら、東京はポータルの役割に徹するべきです。


 未来の誰かが誤読してくれたら最高だなぁ。ソーコは倉庫に戻ってしまいましたが、何万年後に青森県跡を大規模発掘したら縄文と現代美術が一緒に出てきて(青森県立美術館のお隣に三内丸山遺跡)また教科書が変わるかもしれませんよ! 作家も企画者も、アートのタイムスケールがもつ強度を糧に日々の辛い現実を生きているじゃないですか。すぐに数字や結果なんて出ませんよね。JAXAの観測衛星「だいち1号」の最後のミッションは東日本大震災の観測でした。700km下で起こった災害にいますぐ助けを出すことはできないけど、100年先、1000年先まで使うデータを粛々と記録していく。スタッフは24時間体制で、泣きながら……。壮絶な話を聞いて、空間的、時間的スケールの異なる価値を僕らなりに開いていけたらなと思います。入り口はサイエンスでもアートでも文芸でも旅でも。「旅」については「めがね展」でちょっとテストしましたっけね。



「写真+列車=映画」展示風景動画[撮影:大洲大作]


3 めがねと旅する美術展


工藤 ソーコの入口が腰をかがめないと入れないくらい小さくて、わかりにくくて、イベントスペースとしては致命的な欠陥のはずなのに(笑)、その身体的経験が「いったいこの奥に何が待ち受けているんだろう」的な旅の始まりを意識させるきっかけとなっていたようにも感じました。見世物小屋に入るようなワクワク感がありましたもの、あの入口。結局見つけられなくて、周辺をぐるぐる歩き続けた人もいらっしゃったみたいですが、それもひとつの「旅」。「目的」なんて二の次、旅ってプロセスにこそ価値がるものですからね。実際に東京〜青森ツアーも企画しましたが、これも東京と青森で同じテーマの展示をやっているということをダシにして、その旅路をワイワイ楽しもうというものでした。
と、また話題がずれてきたので軌道修正! 「めがね展」では企画書を1枚渡しただけで、あとは澤さんに自由にプランニングしてもらいました。




「カマタ_ソーコ」入口[撮影:大洲大作]



 再び「飛地」のお役を頂いて、僕なりに視覚の拡張、錯覚、ズレみたいなことを念頭に置いて国内の美術家、研究者にインスタレーションで集合してもらいました。トークもライブもできて大変満足でした。熱かったし、暑かった!(ソーコ2階は45℃)東京から青森にバトンタッチして、展覧会の最初のセクションに大ファンの松江泰治さん、初見の地理人さんときてわれら「めぐりあいJAXA」に至る導線に感動しました。後半では市川、大洲作品が同セクションにあったりして、ソーコと県美のキャッチボールみたいなものを感じましたね。


工藤 こちらから投げる球は、どんな悪送球でもすんなりキャッチされてしまうので、じつはちょっと悔しかった(笑)。


 「めぐりあいJAXA」は僕の妄想にいろんな偶然が重なってできたバンドみたいな集まりで、JAXAの人工衛星画像を、字幕や音楽やインタラクションで過剰に演出せずにただただ観望するというねらいがあります。無音で。だって宇宙は真空だから。観望の前には専門家のやさしい解説がつきますので、やってることはライブとレクチャーのあいだみたいなことです。2018年は通常イベントのほかに「めがね展」でインスタレーションとしてやらせていただきました。東京展では特別に、地元企業のエミリーズバルーン様から直径2.2mのバルーンを提供いただき、その球体に投影してみました。いやー、気持ちよかった!




「めがねと旅する美術展」展示風景[撮影:ただ(ゆかい)]


工藤 インスタレーションとしてすごくよかったし、ソーコの空間性とのマッチングも見事でした。でも個人的な感想をひとこと言わせてください。蒲田だけずるい!(笑)。あとやっぱり「無音」の効果が絶大でした。澤さんは映像が専門だから「音」という要素に対する意識が敏感なんでしょうね。


 なぜ無音にするかよりも、なぜ映像展示の音環境に配慮がないのかがずっと気になっています。映像インスタレーションの音の干渉問題は、海外ではいい案あるのに、いまだにクレバーな解決が日本の展覧会、芸術祭で行なわれてないと思っています! だからやる。いま、とある箇所にプロポーザルを出しているところでして、早く実現したいです! 上映と展示のあいだのようなアプローチ。楽しいですよ。でも実現する前にあまり説明したくないです(笑)。


工藤 あとでこっそり教えてください。そもそも美術館の四角いホワイトキューブって音を出す環境としてはすごく半端。変に反響したり、残響があったり。なんでも展示できるように設計されているから逆に展示しにくい作品も出てくるわけで、特に多様な素材、メディアを使う現代の表現のなかには収まりが悪いものも出てくる。だから、みんな街に出ていっちゃう(笑)。でも「最悪!」ではなく「半端かな?」くらいのものだから、みんな「ま、いっか」で済ませちゃう。澤さんの「解決策」に期待してます。うまくいったらパクらせてください(笑)。 それにしても、「めがね展」のコンセプトから、まさかポールダンスが出てくるとは思いもよりませんでした。


 「めがね展」にメガネさんをオファーしたのは正直ダジャレなんですが、彼女の発電ポールダンスユニットがもうガタついていて、大田区の関鉄工所様に相談してリファインしました! いい話でしょ。下町ポール。天板のアクリルもシナノ産業様に磨いてもらって、もうスッケスケです。ほか、日頃お世話になっている五島一浩さん、見立てとコラージュで世界を旅する片岡純也・岩竹理恵ペア、立体写真、ロトスコープなどアニメーション研究、歌、介護など多ジャンルにみえてミクロな行動観察研究という一本の筋が通った活動をされている細馬宏通さんという、僕の脳内オールスターに集結していただきました!




「めがねと旅する美術展」展示風景[撮影:ただ(ゆかい)]


工藤 毎回、ソーコの展示で感じるのは複数名の現代作家が参加しているのに、ごちゃごちゃしてないんですよね。同一空間に異なる作品がインストールされていても、まったく相互の干渉がない。いつも不思議だなあ、と。同じ展示をホワイトキューブでやったらおそらくめちゃくちゃになりますよ。やっぱりまったく手を加えていない倉庫空間の「曖昧さ」みたいなものがそれを可能にしているんじゃないでしょうか。美術をほとんど扱ってこなかったと澤さんは言うけど、そこをきちんと見抜ける澤さんもすごい。けっして内輪褒めじゃなく、空き倉庫の活用の仕方、展示の仕掛け方、地域との関わり方などすべてにおいてカマタ_ソーコの活動は画期的だったと思います。


 内輪褒めありがとうございます(笑)。カマタ_ソーコで行なった各プロジェクトの詳細はウェブサイトにまとまっていますのでぜひご覧ください。うちの物件でもやってくれという方、ご連絡お待ちしています!
展示中、お客さんは倉庫備品を作品と思って感心して眺めていたり、隣のトラックの運転手さんたちがいらして青野文明さんの彫刻(タンス)をバンバン触りだしたり、カオスでした。こっちもいたずらで、青野さんの赤いコーンの彫刻の脇に、打ち捨てられた本物のコーン置いたりして。工藤さんが10年以上県美の特殊巨大空間を熟知されて空間構成されているのをビシビシ感じていたので、正攻法ではかないません。大田区役所の個性的なキーマンにもつながったし、ちょっと散歩したら味わい深い、中でいかがわしいことしたくなる建物がたくさんあるし、勇気だして来訪いただいたお客様のためにも、今後も大田区になにごとかをインストールしていきたいです。



「ラブラブショー2」展示風景[撮影:大洲大作]


 個人的にはカマタ_ソーコ以外でも茨城県北地域でトークandアーカイブのプロジェクトをコ・キュレーションしたり、港区のShibaura Houseさんでも企画を担当していきます。どちらも複数回のプロジェクトになりそうです。前者は先に述べた「数と結果」に対するアンサーで、テクストを10年100年先の文化遺産にしたいという試みです。後者はまだぼんやりしていますが、芸術祭や企画展ではできないような小規模でクイックに反応できる会をやります。この人とお客様とでテーブルを囲みたい、みたいな。
工藤さんが関わっている「富野由悠季の世界」展もすごく気になっています。このひろい宇宙そらの下、巡回する会場のどこかで僕らの小さな会と「めぐりあい」してくれないかな!


工藤 また機会を見つけてコラボしたいですね。特定のスペースをもたず、プロジェクトを行なったところがすべて「カマタ_ソーコ」になるという、これからの活動が楽しみでなりません。美術館もギャラリーもレジデンスもまず空間ありきですが、それをプロジェクトベースに置き換えていく試みには大きな可能性が秘められているように思います。これからもプロジェクトが広く東京の屋根の下で展開され、東京と地方の関係性がどんどん更新されていくことを願っています。



「カマタ_ソーコ」内部[撮影:大洲大作]


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