2019年08月01日号
次回9月2日更新予定

キュレーターズノート

二つの生誕百年記念展

伊藤匡(福島県立美術館)

2019年07月01日号

人生百年時代と言われる現代、ついこの間まで現役だった作家が生誕百年を迎えることを知って驚くことが増えた。今、福島県と山形県で、生誕百年を記念した展覧会が開かれている。作家の全体像を俯瞰的に眺めるには、生誕百年の頃は、ちょうどよい時期かもしれない。作家を直接知る人も多く、作品や資料の選択も可能であるからだ。

橋本章展──前衛美術グループのつながりを見る



伊達市梁川美術館

『生誕100年記念 橋本章展』が、福島県立美術館をはじめ5か所で開催された。橋本章(1919~2003)は、福島市近郊の伊達郡内の中学校で美術の教師を務めながら、絵画やオブジェの制作に励んだ。人間とは何かを問い続けた橋本は、物質文明に囲まれた現代社会を風刺し、逆襲して精神の自由を追い求めた。オブジェでは、拾い集めた木材や金属部品などを組み合わせ、橋本カラーともいうべき黄色や赤を塗りおどろおどろしいがどこかユーモラスな人体に近い形にまとめて、《脱獄囚》や《看守さん》などの題名をつけている。それはどれも、橋本の自画像であり、私たち現代社会に生きる人間たちの姿である。



橋本章展 梁川美術館の展示

橋本は、自由美術協会から主体美術に籍を置いていたが、地元ではむしろ公募団体以外の活動が目立っていた。前衛美術に関心を持ち、前衛的な美術運動を呼びかけ続けたオーガナイザーでもあった。1950年代後半から60年代にかけて、日本各地で活動した前衛的な美術グループ、岩手の集団N39、関西の具体、福岡の九州派などの動きのなかに、橋本たち福島のグループも位置づけられる。彼らは、現代美術の動向に敏感だった。そこには、美術メディアの影響も関わっていた。生誕百年を機に振り替えると、このような俯瞰的な見方も生まれる。


今回の橋本章展は、福島市及び近郊の美術館や画廊が連携して、各館が収蔵している橋本作品をほぼ同時期に展示する形式をとっている。橋本のアトリエがあった伊達市のギャラリー伊達(展示は6月30日まで)の発案で、二本松市のあだたら高原美術館 青-ao-(同6月30日まで)、川俣町の羽山の森美術館(同6月23日まで)、伊達市の梁川美術館(同8月25日まで)、そして福島市の県立美術館(同6月23日まで)が参加している。



橋本章展 ギャラリー伊達の展示

福王寺法林展──ヒマラヤ山景への情熱


山形県米沢市の上杉博物館では、『生誕百年 日本画家 福王寺法林』展が開かれている。福王寺法林(1920~2012)は米沢市出身で、日本美術院(院展)を舞台に活躍し、文化勲章も受けた日本画の大家である。



米沢市上杉博物館

法林のライフワークといえば、ヒマラヤ山脈に取材した雄勁壮大なパノラマ的な風景である。ヘリコプターやセスナ機に搭乗してヒマラヤ山中を飛行し、機内から山容をスケッチした鉛筆素描が、本画の大作とともに展示されている。ヘリコプターの扉を開けて、マイナス30度の外気を機内に入れ、ヒマラヤの空気を確かめたり、スケッチに熱中するあまり、開けた窓から身を乗り出したりしていたという。率直に言って、なぜそこまでするのかと思うが、この過剰な情熱が、有無を言わせぬ迫力となって伝わる。この展覧会では、長らく行方不明だった法林の幻の名作が、ほぼ50年ぶりに公開されている。1970年の大阪万博の夜景を描いた《万博夜景》だ。未来都市の鳥観図のようで、SF映画の場面を連想させるモダンな作品である。



福王寺法林展展示室内

二人に共通する従軍経験


橋本章と福王寺法林。この同世代の画家たちには、ひとつの共通項がある。それは兵士として従軍した体験である。橋本は南満州鉄道(満鉄)に勤務しながら、大連の美術学校に通っていた。彼は1939年に召集され、中国南部や南方の諸島の戦線に派遣された。満期除隊となったが、1945年に再度召集を受け、中国東北部の奉天で敗戦を迎え、その後一年半の抑留生活を経て日本に帰ってきた。

法林は、陸軍歩兵として4年間中国各地を転戦し、桂林で敗戦を迎えた。その後半年間、中国国内を逃避行した末に香港で投降し、日本への帰還を果たした。法林は、召集を受けた時、高価な岩絵具を買って郷里の米沢に帰り、自宅の床下に埋めたという。必ず生きて帰り、絵を描くという決意の表れだった。橋本の作品にも、二等兵や大砲など、戦争や軍隊に関わる言葉が頻繁に登場する。管理社会に閉じ込められた現代人の極限の姿が、軍隊のなかの兵士であり、そこからの反逆こそが自由を得るための闘いなのだとの作家の強いメッセージが読み取れる。二人に共通する、絵に対するあふれるほどの情熱の根底には、戦争で描くことができなかった時代の鬱憤が、原動力となったように思われる。生きることと描くことが直結していた二人の人生と画業は、この百年間の日本の軌跡にも重なっているのである。


生誕100年 橋本章展

会期:2019年4月2日(火)〜8月25日(日)
会場:伊達市梁川美術館
福島県伊達市梁川町字中町10
Tel:024-527-2656

生誕百年 日本画家 福王寺法林 〜自然へのまなざし〜

会期:2019年6月15日(土)〜8月4日(日)
会場:米沢市上杉博物館
山形県米沢市丸の内1-2-1
Tel:0238-26-8001

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