2020年08月01日号
次回9月1日更新予定

キュレーターズノート

コロナ禍に、美術館・博物館の未来をぼんやり考える

角奈緒子(広島市現代美術館)

2020年07月15日号

なんとも難儀な世の中になってしまった。外出したくても、できない。事実、先月中頃までは、不要不急の外出を控えるようにと要請されていた。そして現在、自粛要請は解除され、移動の自由は戻ったものの、死をもたらしうる未知のウイルスに、まったく恐怖を覚えないはずもなく、遠出をするのになんらかの覚悟が求められる時代になってしまったのかと気が遠くなる。ほんの半年前までは、難なく無邪気にできていた、不特定多数の人々と同じ空間で一定時間を過ごすという、なんということもない行為がこれほどまでに難しくなることを誰が想像できただろうか。
とはいえ、経済活動の再開とともに(あるいは少し先んじて)美術館も徐々に開きはじめ、さまざまな段階で停止していた各所での展覧会も、鑑賞可能な状態になってきた。コロナとともにある今回は、広島市内の美術館・博物館を訪問し、そこでの様子と取り組みを紹介しつつ、コロナを経験したあとの館のあり方を考えてみたい。

展覧会、悲喜交交──広島市現代美術館の場合


手始めに、筆者の職場、広島市現代美術館のケースから。広島市現代美術館は5月19日より再開し、現在「式場隆三郎:脳室反射鏡」展を開催中である(7月26日まで)。



「式場隆三郎:脳室反射鏡」展 美術館再開にあわせて設置した検温所の様子[筆者撮影]


今から遡ること約4カ月、2月29日からの臨時休館措置を取るよう言い渡され、当時開催中だった展覧会は残り数日間の会期終了を待たずして、急遽閉幕。式場展は、その次のスロットで開催予定だった特別展として、いつでも開館できるように、当初の予定どおり粛々と展示作業を行なった。じつは、奇しくも2月29日開幕予定だったコレクション展も、同様に作品の展示は完了したものの、オープンできない状況だった。その頃はまだ、4月中には再開できるのではないか、と呑気に構えていたように記憶しているが、ご存知のとおり、コロナをめぐる状況は刻々と悪化。展覧会は出来上がっているのに公開できない状況に、もどかしさが募って、ついにはいたたまれなくなり、急場凌ぎの「映像部」を立ち上げ、素人集団が展示室内を動画で撮影し、展示風景をちらりと紹介したりもした。大型連休があけても状況は収まらず、式場展の次に予定していた特別展開催の雲行きも怪しくなるばかりか、式場展の当初の会期終了時期(5月17日)も目前に迫ってきた。いよいよ幻の展覧会化する可能性がきわめて高くなってきた頃、式場展の会期延長の可能性を探ることに。巡回展である式場展は、もともと3月〜5月期の開催だった広島会場終了後、8月からの新潟会場開幕までに少しあいだが空いていたことが幸いし、さらにはレンダーの皆様からのご理解とご協力もあり、広島での会期延長が実現した。きわめて綱渡り的ではあったが、こうして無事公開にこぎ着けた展覧会もあるのだから、当館はまだラッキーなのかもしれない。

今年の3月から5月頃にかけての数カ月間、世界中のどこの美術館も、会期延長や変更の調整に追われたことと思う。しかしさすがにすべてがうまく収まるとは限らない。広島現美でいえば、特別展のひとつはやむなく中止にせざるを得なくなり、開催できるかできないか、いまだ決まっていない展覧会もある。それは、当館が実施する展覧会事業の中で、間違いなくもっとも規模が大きく、海外作品輸送を必ず伴うヒロシマ賞である。3年周期で執り行なわれる、ヒロシマ賞受賞記念展覧会は、本来ならば今年7月18日から開催されるはずだった。現状では「延期」と発表しているものの、広島現美は今年の冬から、建物の改修工事による長期休館に突入することがすでに決まっているという事情も重なり、判断をさらに難しくしている。ヒロシマ賞自体の主催者である広島市には当然、開催の可・不可、および延期時期のお伺いを立てているが、いまだ決定は下されていない。

開催中の式場展に話を戻して、参考までに再開以降の来館者数について言及しておくと、正直なところ芳しくはない。強いて数値で示すとすれば、普段の6割程度といったところだろうか。海外旅行者はもとより、国内旅行者すらほとんどいないわけだから、別に驚くこともなく、予測していた状況ではある。コロナ禍によって、普段いかにインバウンドに頼っていたかを思い知らされる毎日だ。


広島市で最大の大入り博物館──広島平和記念資料館の場合




広島平和記念資料館 入り口の看板[筆者撮影]


近年では、市内で最も多くの来館者を迎えている広島平和記念資料館は、6月1日に再開した。昨年4月に全面リニューアルオープンし、去年の夏には入館待ちの長蛇の列ができていたことがいまだ記憶に新しいが、さて現状はどうであるか。 新型コロナウイルス感染拡大防止対策として、整理券配布システムを導入し、徹底して入館者数をコントロール(同館ウェブサイトによると「30分あたり150枚発行」とのこと)。



利用できないタッチパネル端末[筆者撮影]


鑑賞希望者は、整理券で指定された時刻に入館して、手指のアルコール消毒、チケット購入前の検温をクリアすれば、チケットが購入できる。いったん展示室に入ってしまえば、基本的にはいつもと同じだが、大きく異なるのは、来館者がほとんどいない点。そのほかにも、リニューアルを機に導入されたタッチパネル端末の台数減、触れられる展示の休止等、細々とした利用制限はあるが、なんとも皮肉なことに、資料とじっくり向き合い、沈思黙考するには最高の環境が用意されていた。利用者の激減の理由は分析するまでもなく明らかだ。インバウンドはもとより、国内旅行者すら期待できないこと、現状ではまだ学校等の団体受入が難しいこと。では、偶然にも筆者と同じ時間帯に資料館に居合わせた、少数の人々もまた広島市内(もしくは県内)在住者なのか、あるいは他県からの訪問者なのか。この小さな疑問は、さらなる疑問──どれくらいの広島市民がリピーターとして資料館を訪問するものなのか、また、その頻度はどれほどなのか──へとつながっていく。「今日は空いてそうだし、資料館でも見に行こうか!」と、映画でも見るような感覚で出かけていく広島市民がたくさんいるとも思えない。実際、筆者の場合も、同業者ではない友人から、資料館に行ったという話を聞くことはまずないし、自ら進んで訪問するよりも、県外・国外からの来客を案内するという目的で訪問する割合のほうが高い。



触れられる展示が休止されている[筆者撮影]


資料館は、2016年のオバマ元大統領の来広以来、さらには昨年の全面リニューアルオープンを経て、入館者数はますます増大していたという。「このままいけば、歴代最多の年間入館者数に達しそう」という館長のコメントが、2020年1月2日付の産経新聞ウェブ版で紹介されているが、新型コロナウイルス感染拡大によってその夢はあえなく潰えたかたちとなった。世界中の少しでも多くの人々に、ヒロシマの事実を直接見聞して知ってもらい、人類にとっての賢明な選択を学んで欲しいと思うことと、資料館への入館者数を声高に喧伝することとが、必ずしも相容れないわけではない。しかし、ヒロシマという過去を学び、その教訓を未来に生かすことの重要性を考える場である資料館にとって、年間入館者数がどれだけ伸びたか、ひいてはどれだけの収益を上げられたかという数値は、本当に本質的な意味をもちうるのだろうか。

コロナ禍に直面して改めて、われわれの都市がいかに観光客に依存していたかを思い知らされたのはもちろん、右肩上がりの数値神話に踊らされている人々の短絡的な思考に対して、警鐘を鳴らされているようにも感じている。


大型連休用企画? ──ひろしま美術館の場合




ひろしま美術館 入り口[筆者撮影]


もう一箇所、気になって訪ねたのは、ひろしま美術館。本来ならば、気候のよい春先からゴールデンウィークにかけて、子ども連れファミリー層をターゲットに仕込んだことが明白な「アニメ化30周年記念企画 ちびまる子ちゃん展」の視察が目的である。内部事情は知り得ないが、同館ウェブサイトで公表されている情報から推測するに、予定していた展覧会がひとつ来年度以降へ延期となり、穴が開いてしまうことになる会期に、ちびまる子ちゃん展をずらして開催したようだ。筆者が訪問したのは平日の、しかも遅めの時間だったためか、来館者は少なく、こちらもまた大変見やすい環境だった。会場には、実際にアニメ放送に使用されたセル画のほか、さくらももこ氏直筆による貴重なスケッチや原稿等が並んでいるのはもちろん、昨今の集客優先型展覧会では定石の、撮影スポットも当然のように設えられている。順路は、徹底して一方通行&一筆書き。そうすると、頭だけは、壁面に等間隔で展示されている作品のほうを向き、身体は進行方向に少しずつ前進していくという鑑賞スタイルが求められることになる。まだコロナ以前に、この企画の開催を決めた当初の目論見を、随意に推測してみると──ぎちぎちに列をなした鑑賞者が順路に従って作品を鑑賞。それでもなお、入場待ちの長蛇の列が美術館の外にできる。物販の人気と売り上げを見込んで、展示室の一室を転用した特設ショップには人だかりができ、売り上げは上々、売り切れ商品が続出──と、こんな感じだろうか。展覧会のあらゆる点で効率を求めるとこうなるのだろう。実際、会期中の週末は賑わっていたのかもしれないが、たとえそうだったとしても、社会的距離を保つことが求められる今、以前と同じように鑑賞者を展示室に迎え入れるのは難しいはずである。



「アニメ化30周年記念企画 ちびまる子ちゃん展」撮影スポットも待ち時間なし[筆者撮影]


コロナ禍は奇しくも、展覧会のあり方を含む、美術館や博物館の現状とあるべき姿を考えなおす機会を与えてくれている、と感じている。政府が言うように、文化には、観光資源としての積極的な利用価値を見出すべきなのだろうか。いや、新しい価値観を示し、価値の多様性への気づきを促すことで、人間としての奥行きと豊かさを育むという役割で十分ではないか。入場者数が多ければ、そこは本当によい施設であり、素晴らしい展覧会を開催していると言えるのだろうか。いや、ここにおいては、数と質とは必ずしも連動しているわけではない。展覧会企画立案において、確実な動員数が見込めることは、なによりも優先させられることなのだろうか。美術館や博物館は基本的に、収益を目的とし得ない文化施設である。なぜなら、芸術作品や過去を語る資料と向き合うことで、他者の痛みを感じ、自分の知らなかったことを学び、人々の生を豊かにするという益を十分にもたらしうるのだから。こうしたことは、認めたくないだけで、関係者の多くがじつは薄々感じていると睨んでいる。いつ、誰が実行に移すのか、それが問題である。


式場隆三郎:脳室反射鏡

会期:2020年3月14日(土)~7月26日(日)
会場:広島市現代美術館
広島県広島市南区比治山公園1-1
公式サイト:https://www.hiroshima-moca.jp/ryuzaburo_shikiba/

広島平和記念資料館

住所:広島県広島市中区中島町1-2
公式サイト:http://hpmmuseum.jp

アニメ化30周年記念企画 ちびまる子ちゃん展

会期:2020年5月18日(月)~7月5日(日)
会場:ひろしま美術館
広島県広島市中区基町3-2 中央公園内
公式サイト:https://www.hiroshima-museum.jp/special/detail/202004_Chibimarukochan.html

キュレーターズノート /relation/e_00052304.json、/relation/e_00052564.json l 10163005

文字の大きさ