キュレーターズノート

アーティストの証明──制度のなかで見えてきたこと

山本麻友美(京都芸術センター チーフプログラムディレクター)

2020年10月01日号

今年7月に「無所属系作家確認証発行連合体」という名前の団体を、文化庁からの強い働きかけと提案があり、一般社団法人日本美術家連盟の軒先をお借りして立ち上げた。この団体は「文化庁・文化芸術活動の継続支援事業」の申請手続きを簡略化するための事前確認番号を発行するためのものであり、文字どおり、どの団体にも所属しないアーティスト(アートマネージャーやキュレーター、批評家等を含む)を、「新型コロナウイルスの影響を受けたが、現在も活動を行ない今後も活動を続けていく方です」という認定を行なう組織だ。 メンバーは、全国各地のアートセンターやレジデンス施設等のスタッフ、美術館学芸員、大学教員等も含め19名の専門家で構成される。
本稿では、この団体の立ち上げの経緯と認定作業をとおして顕在化された、日本における美術、さらに芸術業界全体の構造的な問題と課題について考えたい。



屋外で行なった「文化芸術関係者向け京都府・京都市合同相談会」の様子(2020年9月20日、京都芸術センターにて)

現場関係者の声が実った「文化庁・文化芸術活動の継続支援事業」


「文化庁・文化芸術活動の継続支援事業」は、新型コロナウイルスの状況に対応すべく509億円の国の補正予算「文化芸術活動への緊急総合支援パッケージ」によって実現したものだ。第1次募集(7月10日~7月31日)、第2次募集(8月8日~8月28日)、そして第3次募集(9月12日~9月30日)に至るまで、数多くのアーティストやアートマネージャー等が申請を行ない、補助金を受けると同時に、手続きのわかりにくさや審査の長期化など、課題も多々指摘されている。これは、国という大きな組織が、個人を審査し、補助金を出すという今までに取り組んだことのない急ごしらえのシステムの弊害であり、日本には文化や芸術に関して国と地方、そしてそれら行政組織と個人をつなぐ中間組織がないという事実を明白にしたとも言える。(9月末現在では第3次募集中に予算をすべて消化するのか、あるいは消化しきれずに継続されるか、あるいは完全に終了するのかは不明)

この事業は、元々、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(通称:芸団協)を中心とした舞台芸術の関係者から国への働きかけで実現したものだ。新型コロナウイルスの影響による創作や発表等の芸術が直面する困難な状況に対し、文化庁の年間予算の半額にあたる500億円以上を、素早い対応で確保できたことは、関係者の切実さや影響の範囲を考えても、日本の文化行政における重要な出来事と言えるだろう。関係者の尽力には感謝の念しかない。

ただ、声をあげた団体が、舞台芸術関係者を主とした組織であったため、当初対象から漏れていた分野があった。その最たるものが美術である。本事業の募集案内(10ページ)を確認すると、「美術、写真、茶道・華道、書道、国民娯楽(囲碁・将棋・その他)」については、あとで付け足されているのがわかる。(また、今回は触れないが文学がどこにもまったく出てこないことは重要な諸相と感じている)2020年6月8日に、日本美術家連盟は文化庁に対し要望書を提出しているが、それ以前から文化庁内部でもこの問題について検討されていたこともあり、分野に追記されることになった。(また、美術関係者有志による「art for all」が、4,710名の署名とともに「美術への緊急対策要請書」を7月7日に内閣総理大臣・文部科学大臣・文化庁長官・経済再生担当大臣・経済産業大臣・厚生労働大臣宛に提出している)


このプロセスを通じて私たちが学ぶべきは、国の施策であっても「声をあげなければすべてが等しく支援の対象になるわけではない」という事実と、「声を届けるための仕組み」の2点である。国の支援策であるなら、関係者や従事者が多いと考えられる美術が対象外になることなど、この事業成立の経緯を知るまで、私自身、考えもしなかった。考え、声をあげるという不断の努力を忘れて、ぬるま湯でのんびりしていたところ、いきなり冷や水を浴びせられたかのようだ。多数決や声の大きな人が重視されることに、多様性を重視する芸術のあり方がなじまないことは理解しているが、何も主張しなければ、納得している、あるいは問題ないと受けとめられる。誰かが気を利かせてなんとかしてくれる、という意識は、根本から変えなければならないだろう。戦後、政治的な働きかけも行なってきた美術関係団体は、ほぼすべて会員の高齢化に直面しており、ここ数十年、若手・中堅アーティストが公募系の、あるいは何らかの団体に所属し、権利を主張する、あるいは社会保障制度や、文化行政のあり方に目を向ける動向は完全に失われていたと言っていい。群れずに集まりつつ民主的な方法で声を届ける仕組みをつくる、という難題の解決は、美術関係者の急務であると感じている。

しかしながら、日本にはまだ救いがあると感じるのは、行政側に声をあげ事実を伝えれば検討してくれる担当者がいて、知恵を絞ってシステムをよりよく変えていこうと奮闘する人がいることだ。事実、舞台関係者の要望は通り、大きな予算がついた。本件について文化庁で協議を行なった際、「本当に困難な状況にあるアーティストを支援しようという気持ちがあるのであればその入り口を作ってほしい」と要望を伝えたところ、「もちろんです」と答えて、門戸を開いてくれた。そこで「誰でも申請できる制度なので問題ない」言われていたら、確定申告をしている人や持続化給付金をもらっている人だけが申請の要件にはあてはまり、大学を卒業したばかりで発表歴の少ない、あるいはインスタレーションやプロジェクトタイプの作品が主流で、販売歴がないアーティストには道が開かれなかっただろう。

作家であることの証明


さらに、事前確認認定団体に指定されているのは文化芸術推進フォーラムの構成団体であるが、その構成団体のひとつである日本美術家連盟が、今回、自分たちの会員以外の「無所属」の作家への道を開いてくれたことも非常に大きい決断だったと思う。(日本美術家連盟以外の認定団体で、会員と会員の推薦がない人にも門戸を開く対応を行なっているのは、日本俳優連合、現代舞踊協会、日本劇作家協会のみである)特に、美術は「無所属」の作家が多く、通常の事務局業務を大きく超えての作業を3カ月継続し、申請者の声を集め、マニュアルや採択事例をいち早く公開してくれたことは、私たちにとっても申請者にとっても、とても大きな支えとなった。

この補助事業の主たる対象であるフリーランスは団体や組織に所属していない場合がほとんどであるが、応募には団体が所属している会員を対象に事前確認番号を必要とするという制度の矛盾がある。「アーティストである証明」が何によってなされるべきか、私たちは考え直す必要があるだろう。



また、認定作業をする際に感じたことでもあるが、この問題は、アーティストの多くがこのような申請に不慣れで、自分自身がアーティストであることを証明する必要性に迫られたことがなかったということにも起因すると考える。活動の証拠書類であるフライヤーやDMへの名前(本名とアーティストネームの関係がひも付けできないという人も多い)、展覧会の年月日、会場等の表記がない人や、TwitterやFacebookのスクリーンショットだけが添付されている人の確認には手を焼いた。また、アシスタントキュレーターやインストーラーで、公式の書類に名前が記載されていない人は、自分の活動をどのように証明するのかという問題に直面したのではないだろうか。情報が欠けている場合には、ウェブで検索し痕跡を探し、Googleマップで実際の会場を確認したりもした。あなたがあなたである証明。正直、事前確認番号を取得せず、直接申請していたら、書類不備で差し戻されるものがほとんどだっただろう。全国各地の認定員が丁寧に調べ、それらの情報を補完してきた。そしてこれは、今回だけの特別措置だ。平時では、補助金の申請における書類不備は、審査対象にはならない。



「新型コロナウイルス感染症の影響に伴う京都市文化芸術活動緊急奨励金」募集要項
アートワーク提供=黒川岳 デザイン=金田金太郎 制作協力=一般社団法人HAPS

事務局の事業を担う


最後に、この「無所属系作家確認証発行連合体」の事務局を京都芸術センターが担うことになった2つの理由を記しておきたい。ひとつは、5月に行なった京都市の「新型コロナウイルス感染症の影響に伴う京都市文化芸術活動緊急奨励金」の受付・相談窓口を行なったノウハウがあり、それを発展させるかたちで「京都市文化芸術総合相談窓口」を7月に立ち上げたことによる。「無所属系作家確認証発行連合体」の事務作業(申請書類の整理、認定員への割振り、再チェック、日本美術家連盟への認定番号の通知)は、通常の業務を抱えながら私ひとりで対応できるような分量のものではなく、京都市の理解を得て「京都市文化芸術総合相談窓口」の業務としてスタッフと分担し行なうことができたことが大きい。(一方で、全国の認定員の多くは、業務範囲外でこの作業を請け負い、身近にいる作家のためならと、忙しいなか時間を作って協力し続けてくれたことは明記しておきたい。そしてこの認定作業は事務局も含め、ごく少額の認定作業料で維持されていることも付け加えておく。最後に割り込んだ手前、作業料の増額は聞き入れてもらえなかったが、通常、同じ分量の審査業務を受託した場合、最低でも3~5倍程度の経費が必要ではないかと感じている。すでに登録されている会員を認定することと、ゼロから要件チェックを行ない認定の可否を決めることが同額で行なえるはずはなく、今後の検討課題としてあげておきたい)

もうひとつは、京都芸術センターが国内のアートセンターのネットワーク化に向けて動きだそうとしていたことがある。昨年度2回、アートセンターに関するシンポジウム★1に参加し、ネットワーク化の必要性について考える機会があった。また、アーティスト・イン・レジデンスに関しては、日本全国のアーティスト・イン・レジデンス総合サイトである「AIR-J」の運営や「Res Artis Meeting 2019 京都」★2をとおしてすでにネットワーク化されていたことも大きい。個人的な問題意識としては、美術館や劇場等、法律に守られている施設に対する助成金や補助金の制度はあるが、法律にはどこにもその役割や機能が明記されていないアートセンターに対しては、支援制度がないことに疑問を感じていた。同時代の芸術の表現や創作の現場であるアートセンターの活動について周知をはかり、文化庁に助成のスキームを作ることができないか働きかけていきたいと考えていたこともあり、「無所属系作家確認証発行連合体」をアートセンターとアーティスト・イン・レジデンスに関係する専門家で構成することを提案し、さまざまなアドバイス・協議を経て、現在のかたちになった。



「AIR-J」サイトイメージ


芸術が、公的な資金を得ること。それは、アーティストが自身の活動と社会との関係を考える機会でもあるはずだ。(みんながもらっているなら自分もというのではなく、この予算が赤字国債を財源とし、未来の借金であることも忘れてはならない)実のところ、「あいちトリエンナーレ」の一件を経て、美術関係者の署名活動や陳情は、文化庁には敬遠されている節があるように思う。双方にそんなつもりがないことは承知しているし、自主的で意志のある活動が現状を変える重要な力になっていると感じてもいるが、私たちはもっとやり方を学ぶ必要があるだろう。だからこそ、本事業を重要なターニングポイントとして、「声を届けるための仕組み」について今後も継続して議論する必要がある。善意から生まれる制度を、ただのパワーゲームで終わらせてはいけない。話し合いをとおして、未来につながる建設的な制度設計のためにできることを、今後さらに考えていきたい。

追記:メディア芸術(マンガ、アニメ、ゲーム等)や映像、工芸、パフォーマンス等の美術領域との重なりや複合については今回触れなかったが、これも制度設計の際に改めて考え直す必要があるだろう。

★1──(1)ART OSAKA 2019トークイベント「アートセンターの未来を考える」、2019年7月7日、ホテルグランヴィア大阪20階クリスタルルームhttps://www.artosaka.jp/jp/event/talk/
(2)SCARTSシンポジウム アートセンターの未来 (座談会)、2020年2月24日、SCARTSコートhttps://www.sapporo-community-plaza.jp/event.php?num=1009
★2──Res Artisはアーティスト・イン・レジデンスに関係する諸団体、個人による世界的なネットワーク。2019年の世界大会は2月6〜8日、京都芸術センター等を会場に開催された。https://www.kac.or.jp/events/24316/



(2020年10月2日加筆修正)