キュレーターズノート
地域のコミュニティとつながるために──「金石大野芸術計画」の試み
野中祐美子(金沢21世紀美術館)
2020年10月01日号
対象美術館
金沢21世紀美術館では2017年度から「自治区」というプロジェクトが始まった。これは現代美術に限らず科学や音楽、テクノロジーや文学など他の領域を横断しつつ、「自治」をキーワードにライブ、映像上映、トークなど美術館での展覧会とは違った多様なプログラムを実施し、実験的なアクティビティへと拡張させていくことを目的としている。当初、この「自治区」の活動は美術館の敷地内で行なわれていたが、2018年度からは新たに「金石大野芸術計画(アートプロジェクト)」と題し、金沢市の港町、金石(かないわ)大野地区に活動の拠点を置き、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)を実施することになった。
プロジェクト「自治区」──港町、金石大野へ
金石大野地区に「自治区」の拠点を置いたのには複数の狙いがあった。金沢市は、観光都市として右肩上がりでありつつも、中心市街地は観光客で飽和状態になっていることを懸念し、中心地以外への観光客の誘致を懸案事項として挙げている。加えて、2020年4月開港(実際は新型コロナウィルスの影響により6月1日となった)を予定していた金沢港クルーズターミナルに降り立つ予定の大勢の観光客をすでに飽和状態の中心市街地へ促さざるを得ない現状にも問題意識を持っていた。
金石大野地区でももちろん独自の取り組みによって観光客誘致を図る動きはある。小さいが個性的な商店や醤油蔵、味噌蔵、工芸の作家によるギャラリー、町屋や蔵を改装したカフェなどぶらりと歩くには丁度よく、訪れれば十分に楽しむことができる。こうして、金沢市の施策として金沢港周辺地域の活性化が謳われるようになった。
一方、市の施策とは別に金沢21世紀美術館としては、中心地から離れた地域を視野に入れて山側か海側のどちらに「自治区」の拠点を置くべきかと考えた。山側にはすでに湯涌創作の森という宿泊施設を備えた版画、染、織の本格的な制作ができる工房があり、また卯辰山工芸工房や大自然を満喫できる奥卯辰山健民公園があるなど、金沢市としても人が集える場所として力を入れてきているため、ここで更に美術館が何かをやるのも意味をなさない。では、海側はどうか。上述した通りクルーズターミナルが新設され、少しずつカフェやギャラリーが増えつつあるとはいえ、基本的には住宅街であり人通りも少なく静かな地域である。潜在的にこの土地が持つ魅力をもっと引き出せるのではないかと考えた。
金石大野地区はかつて北前船の寄港地として栄え、港町特有の文化や伝統も残る。中心市街地から離れ、外交の入り口となっていたこの地で、「自治区」を立ち上げることの可能性は大いにあるだろう。
金石大野へ拠点を移して以降、AIRではベルリン在住の田口行弘、魚住哲宏・紀代美、韓国のムン・キョンウォン&チョン・ジュンホらが数週間から数ヶ月単位の滞在を繰り返し、地域コミュニティのなかへと入り、作品になる前の「何か」を掴みながらこの土地へ新たな刺激を残していった。一方、「パブリック・プログラム(PP)」では地域住民と「遊べる庭」をコンセプトに協働で畑を運営する「にわ部」、海岸に流れ着く漂流物を素材に多様なワークショップを開催する「はま部」、金石・大野地区がもつ「まちの資源」を掘り起こしつつ、この「まち」のこれからについて考える「まち部」が立ち上がった。住民たちが自分たちが住む地域の魅力を再発見し、いずれ自らの手でこのまちのなかに「自治区」を増やしていくことを期待している。
筆者が本事業の担当のひとりとして関わり始めたのが今年度からであり、具体的な内容について経験に基づいて書くためにも、本稿では今夏取り組んだダンスカンパニーCo.山田うんとのプログラムを紹介しつつ、自治区の活動の一端をご紹介したい。
人が集まれないなか、地域でダンス作品をつくる
カンパニーを招聘して金石大野地区で何かできないかと探っていた1年ほど前は、まさか新型コロナウィルスが私たちの生活をこれほどまでに脅かすことになろうとは想像もしていなかった。2月や3月にはカンパニーを招聘すること自体が難しくなり、今年度の実施を半ば諦めかけていた時期もあった。4月に入り状況は悪化するばかりで先の見通しは立たず、5月にはいよいよ私たち職員もリモート勤務に切り替わり、とてもレジデンスの話が現実になる状況ではなかった。とはいえ、何かできないかという模索は続いた。6月に入り、徐々に規制は緩和され始め、少しずつ日常を取り戻しつつあった。何ができるのかを探るためにも、山田うんとダンサー数名が金石大野の下見に金沢を訪れた頃にはすでに6月も終わりで初夏を迎えていた。
下見では、開港したばかりの金沢港クルーズターミナルを見学して、金石大野の町を散策し、金石にある自治区のスタジオと金石海岸を訪れた。この下見で、山田うんは私たち美術館スタッフに「境界」をテーマに考えていきたいと提案してくれた。山田にとって(もちろん私たち誰もが)このコロナ禍で改めて自分と他者との距離や境界を感じさせられたこと、港や海岸が陸と海、こちら側とあちら側との間に位置していることとの共振を何かしら表現できる場づくり、クリエイションをやってみたいという提案だった。
コロナ下で地域の人と交流することもままならない現状で、カンパニーが金石大野地区との関わりを持つ最初のプロジェクトとして、この町を舞台にした映像作品を作ることが決定した。同時に、秋に東京芸術劇場での公演が決まっている新作「コスモス」(この時点では公演が決定していたが、最終的に12月下旬に映像配信、2月下旬から山口、新潟と劇場公演が決定している)のクリエイションの期間とし、映像作品は新作公演のスピンオフ作品になった。山田うんからこの映像作品は「金沢港と金石海岸、または大野を背景に、みぎわ(汀、水際)と題した境界線の物語」であると提案された。また、最終日に映像作品の内容をミニ公演として金沢港クルーズターミナルで発表することになった。
二つの『みぎわ』──映像作品と公演
8月19日から山田うんとダンサー13名は金沢入りし、連日稽古に励んでいた。6日後には映像作品の撮影、その翌日には一般公開というタイトなスケジュールに加え、炎天下のなかでの屋外撮影はダンサーたちにとっては過酷な状況であった。
撮影当日は、朝3時から移動を始め、金石海岸で撮影が始まる。朝陽が昇る直前の金石海岸は、海は暗闇で空はうっすらとした紺色、空気は澄んでいるが全体にぼんやりとした不確かで不思議な光景だった。
映像作品のプロットを紹介しよう。海の中からウミガメのようなイメージで、ダンサーたちが波に揺られながら次第に陸へとむかってくる。あたりはまだ薄暗く、じきに朝陽が昇ると深いブルーから薄いピンクをした景色へと変わる。ダンサーたちは黒いスーツ姿で海から現れ、波に押し返されては立ち向かい、バランスを崩しては立ち上がる、海から陸への境界を必死に乗り越えようとするかのように、じりじりと陸へと姿を現してくる。陸へ上がってからはゆっくりと金石海岸入り口の小ぢんまりした砂山の方へと向かう。この砂山は、実は金沢港クルーズターミナルを建設する際に取り除かれた砂が運ばれてできたもので、今回の作品の背景として海岸と港を繋ぐ存在でもある。砂山の上では砂に絡まりながらダンサーたちが海から陸へと辿り着き、さらに先へと向かっていく。
午後からは、金沢港クルーズターミナルの広場と埠頭での撮影だった。この日は晴天に恵まれ、昼間の青い海と空、真っ白の埠頭で赤を基調にした衣装を纏ったダンサーたちが早朝の海岸とは対照的に、まるで何かから解放されたかのように自由に踊っている。その様子を見て、人間が自然と人工物との間でこれほどまでに美しく軽やかに存在できている現実に終始目を奪われた。
映像作品を撮影した翌日、クルーズターミナル1FにあるCIQエリア(乗船客の出入国手続きを対応するエリア)の大空間をメイン会場とした20分程度の公演を2回開催した。新型コロナウィルスの影響でダンサーたちは人前で踊ることが本当に久しぶりの機会であり、この状況を噛み締めている様子だった。
会場はいわゆる劇場ではないうえに、クルーズターミナルを目的に来る客が行き来できる空間が会場のすぐ横に位置しているため、通りすがりの人が遠目に見ることもできる。山田うんは逆にそうしたオープンな雰囲気を活かした演出を見せた。会場には手軽に持ち運びができる椅子を不規則に並べ、観客が自由に移動して見ることを可能とした。ダンサーがどこから登場するのかも不確かなその場所で観客が待っていると、2階から一般の客に紛れてエスカレーターで降りてくるダンサーたち。次第に雑踏のなかに溶け込み、踊り出す。不意に自分たちの背後でダンサーたちが踊っていることに気がつき後ろを振り返る。ダンサーたちは思い思いに踊り、埠頭へと出ていくと、そのまま外で気持ち良さそうに踊っている。ヲノサトル作曲の軽快で力強い楽曲が鳴り出すと、ダンサーたちは磁石に吸い寄せられるかのように会場内に集まり、息のあったスピーディな動きを次から次へと展開し、観客はダンサーたちの動きに魅了されていく。終盤に曲調が変わり、ゆっくりとした浮遊感漂う曲に合わせ、ダンサーたちは屋外へ引き戻されてはまた場内に戻ってくる。徐々に全員が埠頭の方へと出て行き、観客も同様に屋外で鑑賞した。最後は水平線と平行になるように、ダンサーたちが一列になって深々とお辞儀をして公演は終了となった。
身体をとおした交感
両日のダンサーたちの様子を見ていて驚いたのが、映像作品用のダンスと公演とでは明らかな相違があったことだ。映像作品の撮影時、ダンサーたちは思い切り楽しんで体を動かしていたし、公演のときより完成度も高かったと感じた。作品として残るという緊張感と、朝陽が昇るシーンのチャンスは1回しかないという更なる緊張が彼らのモチベーションを最高潮まで高めていたのかもしれない。一方、公演の方はどうかというと、ダンサーどうしの動きのタイミングがズレたり上手くいかなった部分もあったが、何よりもダンサーの一人ひとりが信じられないくらいいい表情で踊っていたことだ。誰かに見られているということがダンサーにとってこれほど重要なことだったのだと改めて実感した。同じ動きのはずなのに、前日の映像作品の時とはまったく違う顔なのだ。そのような彼らの踊ることへの喜びと感謝が全身にみなぎっている様子を見た観客は、彼らの踊りに引き込まれる。そしてその眼差しを一身に受けたダンサーたちはさらに人々を魅了する。この相互作用、あるいは交感関係ともいうべき関係性が、実は地域との関わりにも不可欠なのではないかと思う。
少し唐突のように聞こえるかもしれないのでもう少し説明を加えたい。
カンパニーの合宿途中に市民が参加できるワークショップを開催した。少々恥じらいながらも成り行きで筆者も参加することになった。自分にはダンスの経験もほとんどないし、身体を動かすことといえば、最近では趣味の登山くらいである。しかし、そんな私でもこのワークショップに参加したら、初めてのはずなのになぜか自然と体が動くし、心から楽しいと思えた。ダンサーたちが手を広げ、自由に動き回り、笑顔で近づいてきてくれる。よくわからないけれど、それだけで魔法がかかったみたいに一緒に動きたくなるし、もっともっと動きたいという衝動に駆られた。
ダンサーやアーティストは言葉ではなく彼らから生まれる表現や行為によって人々を魅了するし、時には考えさせ、行動に移させてくれる。それゆえに、自治区のプログラムで地域の人々と交わることで、地域の人々自身が変わってくれることが期待できるし、そうであって欲しいと願う。
今回、「みぎわ」というテーマのもと、ダンサーたちは空と海の間、海と陸の間、陸と空の間、そして人と人の間で踊り抜いた。山田うんが「コロナがなかったらこんなふうに考えなかったかもしれない」といった一言が印象的だった。どんな相手ともどんな対象との間にも必ず境界は存在する。それを境界として線を引くのか、緩やかにするのか、飛び越えるのか、その方法はいく通りもあるだろう。私たちがCo.山田うんと始めたプロジェクトは、金石大野地区に存在する「みぎわ」に一歩足を踏み入れ、新たな可能性を生み出すきっかけを作り出すことである。町づくりをしようとか、そんな大層なことを考えているのではなくて、住民たちが自らの手で、自分たちの住む町の魅力に気がつき、発信してくれることを期待したい。アーティストはそのきっかけをそこに残していってくれるはずである。
Co.山田うんはコロナ下においてなんとか人と接触しないようにしながらも、金石大野地区をリサーチし、この地域のことを身体で感じるために海岸と港を使って作品を作り発表した。まだ地域やそこに住む住民たちとの交流は生まれていない。今回の経験はこれから始まるCo.山田うんのメンバーによるこの土地での活動の始まりに過ぎない。
「自治区」は具体的な作品の発表の場としてではなく、それ以前の「何か」が生まれる予感が充満する場の創出と「自治」の新たなかたちの獲得を目指している。来年、再来年と彼らがこの地に通い続けることで、少しずつそれがかたちになっていくはずだ。
「いってらっしゃい おかえりなさい いってきます ただいま」(金沢港パフォーマンス「みぎわ」へ山田うんが寄せたステイトメントの一部抜粋)
この港の町でそんなふうに町の人たちと自然に交わせるようになっていくことを目指して、このプロジェクトは長期的な取り組みとしてまだ始まったばかりなのである。
自治区 金石大野アートプロジェクト アーティスト・イン・レジデンス Co.山田うん 金沢港パフォーマンス「みぎわ」
会期:2020年8月25日(火)
会場:金沢港クルーズターミナル CIQエリア(石川県金沢市無量寺町リ-65)、金沢港クルーズターミナル
振付・演出:山田うん
出演:飯森沙百合、川合ロン、河内優太郎、黒田勇、 田中朝子、西山友貴、仁田晶凱、 長谷川暢、望月寛斗、山口将太朗、 山崎眞結、山根海音、吉﨑裕哉、山田うん
衣装協力:writtenafterwards
音楽:ヲノサトル