キュレーターズノート

アーティスト・ラン・スペース in 広島

角奈緒子(広島市現代美術館)

2020年11月01日号

今年の主役はなんといっても新型コロナウイルス。いつもであれば四季折々に開催される風物詩的なイベントのほとんどが、そのせいで中止となったためだろうか、今年は季節が移ろう感覚すら鈍ってしまったように感じる。気付けば早11月、今年も終ろうとしている。相も変わらずコロナに振り回され続けているが、そんなコロナ禍中にもかかわらず、広島に新たにオープンした、アーティスト主導によるアートスペースを取り上げて紹介したい。

進化を遂げた「スタジオピンクハウス」


スタジオピンクハウス外観


ひとつは、広島市内ではなく、お隣の廿日市市に位置する「スタジオピンクハウス」。二人のアーティストがスタジオとして利用している、その名のとおりピンク色の一軒家である。2013年の開館以来、定期的に展覧会やワークショップを開催している「アートギャラリーミヤウチ」に隣接しているので、その存在に気づいている人もいると思うし、すでに訪問したことがある人もいるかもしれない。これまでは基本的に、諫山元貴手嶋勇気という広島在住の二人のアーティストが、それぞれ1階と2階の部屋で黙々と作品を制作する場所として機能しており、つねに一般に公開されていたわけではないが、以前から「ピンクハウス」は存在していたという意味で、新しいスペースとは言えない。では、一体どこが新しいのか。前は倉庫兼事務所だった2階の一室を改装し、「ビューイング・ルーム」として新設したのだ。一般的な一軒家の一部屋なので、当然ながら決して広くはないが、一部、窓も残しつつ、見事なホワイトキューブ(風)に改装されていた。さすがはアーティスト、自分たちの手によるリノベである。元の姿を知っている人が見れば、驚きの変貌だ。

素朴な疑問として、なぜいま、このようなスペースを新たに設けようと思ったのかを問うてみたところ、諫山、手嶋の両氏は顔を見合わせながら、「やっぱコロナですかねぇ」という意外な答えが返ってきた。二人の意見を私なりに解釈してみると、次のように言えるだろうか。作品展示の機会は確かに減った、いつにも増して時間はたっぷりある、さらに、各種給付金の状況が整いはじめた。その給付金を単に制作費や生活費の補填というだけでなく、さらなる一歩前進につながるような新しい試みを始める資金として、活用することにした、と。八方塞がりのこの状況において、ただ鬱屈するのではなく、前向きな発想で現状を乗り切ろうという、その姿勢のなんと逞しいことか。

白い大きな布で仕切られた「ビューイング・ルーム」の一角は、まだ倉庫として機能していたが、ゆくゆくはそこに寝床を作るなど工夫して、レジデンスとして利用できるようにする予定だという。最終ゴールはまだ先のようだが、現状での「ビューイング・ルーム」お披露目として展示されていたのは、スタジオとしてのピンクハウスの主たち、諫山、手嶋両氏の作品。彼らの近作とともに、試作段階のオブジェも「マケット」として並ぶ。いずれのマケットも、既存シリーズ作品のさらなる展開を模索するためのもので、状態としては未完である。それを惜しげもなく公開できるのも、自分たちのスタジオに、「ビューイング・ルーム」が隣接するからこそであるし、制作の現場からいったん引き剥がし、若干の距離をおいて客観的に見直すことで、別のアイデアが生まれるという利点もあるのかもしれない。なお、今後の活動の具体的な内容やスケジュールは、まだ確定はしていなさそうだったが、他のアーティストの作品も随時紹介していくという。



スタジオピンクハウス ビューイング・ルーム
左:諫山元貴《Dummy-xgN0Hm》(2020)  右:諫山元貴《Objects#5》(2018) 右下:諫山元貴《Dummy-LX6DNW》(2019)



スタジオピンクハウス ビューイング・ルーム
左(壁)手前:手嶋勇気《AID#12》(2020)  左(壁)奥:手嶋勇気《AID#11》(2020)
右(床)奥:手嶋勇気、Study for “AID”(Cubeのためのマケット)(2020) 右(床)手前:諫山元貴、Dummyのためのマケット(2020)


新設の「Hiroshima Drawing Lab (HDL)」

もう一箇所は、10月22日にオープンした「Hiroshima Drawing Lab(HDL)」。こちらは、全員が80年代後半生まれの四名のアーティスト、井原信次、江森郁美、手嶋勇気、七搦綾乃によって設立された。全員とも出身地は広島以外の土地だが、広島市立大学で学び、いまも広島を拠点(のひとつ)として活動している、という共通点をもつ。場所は広島の繁華街にほど近い中心部。ブラック画材という画材屋が入るビルの4階を間借りしている。そこはもともと別の作家がアトリエとして使っていたそうだが、その人が退去して空いていたらしい。自分たちの手でリノベしたというスペースは、白く美しい部屋に仕立てられている。大きな窓と小窓まであるものの、それがすでにちょっとした特徴のようにもなっている。

四人のなかでも、中心となってスペースの準備を進めてきた井原氏にもまた、なぜいまなのかを問うてみたところ、やはりコロナ禍の影響は大きいと思う、との返答で驚いた。以前からずっとこういう場所をもちたいと考えてはいたものの、これまではタイミングが整わず、コロナ禍が後押しとなったようだ。じっくり検討し、実行に移すための時間が図らずも降って湧いた、というようなことを言っていたと記憶している。

こちらの杮落とし展「HDL Exhibition vol. 1 “SILVER LINING”」もまた、HDLを運営する四名の作家たちの自己紹介を兼ねた展覧会だった。各々がコロナによる自粛生活の間に見たり、出会ったり、考えたりしたことを、それぞれの方法で作品化した、新作ばかりの発表だ。井原は、コロナ禍の東京で、4年ぶりに再会した青年の変貌した姿を、鉛筆デッサンと油彩の両方で捉えたポートレイトを発表。江森は自宅に迷い込んできて、窓辺で息絶えていった蜂たちを鉛筆で丁寧に描きあげ、窓辺に展示することでその存在を再び蘇らせる。七搦は、石膏を塗り重ねた面を引っ掻いて、下の層を露呈させる技法で、重厚感をたたえながら繊細さをももちあわせた線で鐘乳石を出現させた。手嶋は、スマホのドローイング用アプリで広島の風景を即興的にスケッチし、その鮮度を保つべくキャンバスに転写する。言うまでもなく、四名とも十分に実力のある作家たちである。今後の活動については、四人でアイデアを出し合いながら、定期的に企画を実現していく予定だという。「ラボ」という名のとおり、挑戦することを恐れず、質の高い実験的な試みが展開されることを期待したい。



HDL Exhibition vol. 1 “SILVER LINING”
左:井原信次《Caro II》(2020) 右:井原信次《Caro》(2018)



HDL Exhibition vol. 1 “SILVER LINING”
左:七搦綾乃《Paradise》(2020) 正面左:江森郁美《蜂2》(2020)
正面右:江森郁美《蜂1》(2020) 右下(床):江森郁美《work》(2020) 右(壁):井原信次《Caro II》(2020)


設立10周年を迎えた「広島芸術センター」

偶然とはいえこの時期に、コロナ禍が契機のひとつとなって、アーティストが自主運営するスペースが二箇所もオープンしたことを、素直にとても嬉しく感じている。というのも、広島は一地方都市としてそれなりの規模のわりに、他都市と比較すると、活きのいいアートスペースがとても少ないと感じてきたからだ。もちろん筆者が知らない(知らなかった)だけということもあるとは思うが、広島でアートに触れられる施設となると、「美術館・博物館」か、「ギャラリー」のいずれか、というぐらい、チョイスもバラエティも極端に少なかったのだ。名古屋や京都、福岡のように(いずれも広島よりもずっと大きな都市だが)美大を複数校有しているわけでもなし、若手アーティストたちがお互いに切磋琢磨しながら高まっていくには、確かに心許なく、なにか物足りないのかもしれないが、それにしても、である。

そんななか、広島市立大学大学院、彫刻専攻の在校生三名によって、2010年11月に設立されたのが「広島芸術センター」だった。黒田大祐、七搦綾乃の二名は立ち上げ当初からのメンバーで、現在は、丸橋光生も主要メンバーとして運営に携わっている。オープン当初は一室のみのスペースだったのを、途中から二室に増やし、作家同士の繋がりを駆使して、他都市で活動するアーティストを招聘し個展を開催するなど、彼らなりに工夫を凝らしながら、その存在意義を築いてきたと思う。学部に在学中の学生たちの展示も積極的に行なうため、正直なところ、ここで展示する作家たちの力量にはかなりのばらつきがあることは否めず、見る側も同時に試されているような気持ちになるのも、ご愛敬といったところだろうか。この「芸セン」も、今年で開設10年の節目を迎える。周年企画的なるものとして、アーティストトークの配信を準備中とのこと。アーティストのラインナップと配信を楽しみにしたい。

アーティスト運営による「オルタナティヴ」スペース


広島芸術センターの設立後、ずいぶん年月が経過した2017年7月、市内にもうひとつ、アーティストが運営するスペースが登場する。「オルタナティブスペース コア」である。広島市立大学大学院修了後、彫刻家として活躍する久保寛子、そのパートナーであり、Chim↑Pomメンバーの水野俊紀、浅田良幸(カルロス)の三名によって設立。立地がまた大変特徴的で、広島の戦後復興のシンボル的存在として知られる建築のひとつ、大高正人の設計による《市営基町高層アパート》内、基町ショッピングセンターの一画に位置する。

「オルタナティヴ」とは、かつては「美術館ではない別のスペース」という狭義の意味合いで用いられることが多かった単語だが、ここでは、「既存のどんなスペースとも異なる」くらいの感覚で、ジャンル越境的に幅広く活動を展開し、実際過去には、基町アパートの住民たちにも気軽に立ち寄ってもらえるような、アートだけにこだわらないイベント等も開催してきたようだ。ちなみについ先日までは、広島市立大学彫刻専攻4年に在学する三松拓真の個展が開催されていたことを申し添えておく。



「オルタナティブスペース コア」のエントランス



三松拓真「いつものけもの」展 展示風景


今回、上述してきたスペースは、広島市立大学の卒業生が関与しているところばかりとなってしまったが、広島にはもちろん、市立大学となんら関係なく、活動しているアーティストもたくさんいるし、場合によってはスペースを開設している方もいる。また、広島市以外の市、例えば尾道市などに目を向ければ、当然そこには別のアーティストたちによるコミュニティが存在し、自立した活動が展開されている。その紹介はまた別の機会に譲るとして、今回の記事を通して伝えたかったのは、広島にもようやくアートを享受する場の多様性が生まれてきたのではないだろうか、ということだ。アーティスト・ラン・スペース、ギャラリー、美術館、それぞれで担い手が異なり、立場も違えば求められる役割も当然違う。各組織ともそれぞれに得手・不得手、できることとできないことがある。であれば、お互いを補い合い、高め合っていけばよいのではないだろうか。これぞ健全な姿と思えばこそ、嬉しくてたまらない。この先一体いつまで、コロナとの共存が続くのかなんて想像もつかないが、美術業界において、これまでのような展覧会モデルを見直す必要性の声があがっているこのタイミングで、広島で活動するアーティストたちが奮起したことの意味は大きいと信じている。

スタジオピンクハウス スタジオ&ビューイング・ルーム公開

住所:廿日市市宮内4347-2

広島芸術センター

住所:広島市中区光南2-17-1

Hiroshima Drawing Lab(HDL)

住所:広島市中区鉄砲町4-5 ブラック画材 4階

オルタナティブスペース コア

住所:広島市中区基町19-2-448 基町ショッピングセンター内