キュレーターズノート

変化する生活とそれでも変わらないもの──田代一倫写真展 2011-2020 三陸、福島/東京/新潟

正路佐知子(福岡市美術館)

2020年11月15日号

今秋、所属館でも今年度初めての特別展が始まり、コロナ以前の賑わいが戻ってきたように思われる。8月下旬からは細心の注意を払いながらではあるが行動範囲を広げ、展覧会を見に遠方にも赴くようになった。ふと、マスクの着用ほか「新しい生活様式」にも慣れてしまった自分に気づく。
新潟で目にした田代一倫写真展 2011-2020 三陸、福島/東京/新潟で、直接面と向かって会話することの喜びを噛みしめたあの頃の感覚や、人との距離を測りながらいつもは目を向けない景色や自然に目を奪われていた日々の感覚が呼び起こされた。

カメラを介した個と個の関係──「新潟」と「はまゆりの頃に」

会場の砂丘館は昭和8年に建設された木造和風建築の旧日本銀行新潟支店長役宅。一般公開されるとともに、芸術・文化施設として運営・利用され、自主企画展も行なわれている。田代は2015年より、佐藤真の仕事を追いかけていたパートナーに同行し新潟を度々訪れており、そのなかで砂丘館の大倉宏と出会い、田代の写真集『はまゆりの頃に 三陸、福島 2011〜2013年』(里山社、2013)にほれこんだ大倉が展覧会をオファーしたという。本展覧会は当初「はまゆりの頃に」を中心とした展示を予定していたそうだが、新潟に訪れるたびに撮っていた「新潟」、さらには最新作ともいえる「東京」を加え、2011年から 2020年という期間に撮影されたものを展示する記念すべき機会となった。この期間というのは、東日本大震災からオリンピック開催に向かって、この国そして東京が大きく動いた期間でもある。そしてもちろんそこに新型コロナウイルス感染症の流行も含まれる。

田代は、これまで故郷である福岡、福岡にとって距離が近く人的交流も多い韓国、上京後直面した東日本大震災を経て撮影を始めた南三陸や福島、居住する東京を撮影地としてきた。そのほとんどは、出会った人に声をかけその場でその人の全身を捉えた縦位置の肖像写真で、正面から人物の全身を捉える構図も、技術的な処理も取り立てて特別なものではない。他者と関わること、他者の生活に一瞬であっても介入することの暴力性について考察し続けてきた田代は、被写体の個性を前面に引き出すということもなく、あくまでカメラを介した自分と被写体の間合いを探りながら、その人がまとう気配とともに、その人の日常を記録してきた。その被写体の日常の切り取り方や短い時間であっても生じる個と個の関係の表出は、田代の写真の魅力である。

「新潟」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

「新潟」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

「新潟」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

砂丘館の和室や洋室には「新潟」の写真が各部屋に数点ずつ、壁や床の間にひそやかに飾られていた。「新潟」はもともと発表するつもりなく、日記のように撮影したもので、田代はその土地と歴史や人々に惹かれながらも深く踏み込むにはいたらない自身を「観光客」になぞらえている。しかし大倉をして「これは新潟だ」と感じさせた「新潟」では、被写体となった人々のやわらかい表情や、静かな風景の眩しさが印象的だ。

併設する蔵の1階では、2011年4月からから2013年5月まで東北の太平洋側で撮影された「はまゆりの頃に」が展示された。自分が東京から被災地に足を踏み入れる人間であることを意識しながら撮影された写真と、撮影時のやりとりなどを想起しながら添えられた短い言葉。単純化したりカテゴライズしたりすることなど決してできない、一人ひとりの生活と内面の一端が浮かび上がる。震災から9年経ち、当時の記憶を手繰り寄せながら、その時の流れと地続きの現在についても思わずにはいられなかった。

「はまゆりの頃に」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

「はまゆりの頃に」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

「東京」と向き合うこと

田代は2010年に故郷の福岡を離れ上京し、以来東京、神奈川を拠点に活動を続けている。蔵の2階で展示された「東京」は、2013年に「はまゆりの頃に」のシリーズに一区切りつけた後、2014年から今年の夏まで撮影していた最新作である。これまで、その一部は雑誌『日本カメラ』での連載「目の前の人」(2015年1月号〜12月号)や、東京都写真美術館2016年の展覧会「日本の新進作家vol.13」、2018年にキューバのウィフレド・ラム現代美術センターにおいて開催された「日本・キューバ現代美術展 近くへの遠回り」(帰国展が東京のスパイラルガーデンにて開催)でも発表されてきた。東京やその近郊を撮るという縛りがあるだけのこのシリーズは、その発表形態も一様ではなく、変化を続けてきた。

田代の撮影方法は、人に声をかけ「生活の中断」を強いる。東京の人々はせわしなく行き来し立ち止まる余裕さえないことが多く、声をかけられたとしても、田代がそれまで撮影してきた福岡や釜山、東北以上に撮影への抵抗は強かったという。それでも田代は、地方出身者にとってなかなかなじむことのできないこの都市を記録し、そのなかで地方出身者である自身と東京の関係を探り考え続けた。東京は実は地方出身者で構成されていること、異質なものも受け入れる懐の深さがあることに気づいてからは、「普通」にくくられないさまざまな人を撮ることも心がけたともいう。東日本大震災以降南三陸や福島で撮影してきた田代にとっては、復興五輪という名目でオリンピック開催に向けて盛り上がろうとしている空気とそこに生きる人々の記録を残すこともまた「仕事」となってゆく。「東京」の印象は撮影を続けることで更新され、東京への違和感とそこに住む人々に対する共感が入り混じりながら、いくつかの発表機会をきっかけに動機や形を変えつつ、撮影が継続された。そして2020年夏、本来の五輪の開幕日を前に、田代は「東京」の撮影を終えた。震災後からオリンピックに向かい、そして開催予定の年にはコロナウイルスに見舞われるこの奇妙な年月を生きる人の姿を「東京」は記録している。

「東京」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

「東京」 田代一倫写真展 2011-2020 会場写真[撮影:村井勇]

テーブルの上には、ステートメントが置かれている。これまでの「東京」発表時に掲出してきたテキストに大幅に加筆したというこのテキストは11ページにもわたる長文で、東京を撮るようになったきっかけから、東京の人々を撮るときに付きまとう困難、病によって強いられた2019年からの撮影方法の変化、使用するカメラと設定の変化、新型コロナウイルス感染症の流行による街と人の変化、自身の心境の変化が、率直に、客観的かつ冷静に当時を分析しながら綴られている。

2019年の撮影は、病から人に声をかけることができずただ撮影ボタンを押す、すべてを機械に頼るというもので、「自分がこうと決めている撮影方法の変化を受け入れていく作業」でもあったという。田代が徐々に人に声をかけられるように戻った頃、今度はコロナウイルスによって「人に声をかける倫理」について考えることとなる。緊急事態宣言の発令によって、人に会うことも、自由に移動することも憚られるようになり、「自粛」を強いられたあの時期。「コロナによって自粛をした皆さんが、こちら側に入ってくるような感覚だった。コロナの存在に皆が弱者になった」。

今回、田代は写真を現像せず、プロジェクターによる投影によって見せた。スライドショー形式での写真展示は珍しいものではないが、現代美術の企画展に何度呼ばれようとも写真と現代美術の違いに戸惑いを隠さなかったような田代が、プロジェクションを選んだことをわたしはなにより新鮮に受けとめた。2014年から2019年に撮られたものは30点、2020年に撮られたものは50点。プリントしていれば決してこの会場には展示しきれない数の写真がスクリーンに投影される。前者の写真は撮影年月日順ではなく撮影時間順に、後者の写真は撮影順に並んでいるそうだが、キャプション等はないためいつどこで撮られたものか判然としない。時系列の撹乱は、時が経とうともそう簡単には変わらない東京の風景、空気を示しているのか。対して、撮影順に表示される2020年は、徐々にコロナウイルスに脅かされていく生活とそれでも変わらない個について伝える。真正面からカメラを見据え佇む人々の姿は、田代がこれまでにさまざまな土地で撮影してきたものと変わらず、その人の生活や心情の機微を内包していた(じっくりと向き合うためにまた別のかたちでの写真展も期待する)。

風景やビル街、地面のゴミ、通り過ぎる人を無造作に撮ったような写真も時折挟まれながら、「東京」は一定の時間で目の前から消え、余韻が消えないうちに次へ次へと移ってゆく。自分のペースで鑑賞できず、時に右往左往するような視点の変化も強いられる。田代が東京を撮るときに感じたという「瞬発的な反応」が見る側にも求められているようであり、同時にわたしはコロナ禍での自分の行動、人とほぼ会わずただ自宅や職場の周辺を歩き、普段は目に入らないさまざまなものに目を向けていたあの頃の視覚体験も想起していた。

田代一倫「東京」2014-2019年より[作家提供]

田代一倫「東京」2014-2019年より[作家提供]

田代一倫「東京」2020年より[作家提供]

田代一倫「東京」2020年より[作家提供]

田代一倫「東京」2020年より[作家提供]

田代一倫「東京」2020年より[作家提供]

田代一倫写真展 2011-2020 三陸、福島/東京/新潟

会期:2020年9月8日(火)~11月1日(日)
会場:砂丘館(新潟市中央区西大畑町5218-1)
公式サイト:https://www.sakyukan.jp/2020/09/8231