2021年04月15日号
次回5月17日更新予定

キュレーターズノート

自然の匂いを描く──「竹﨑和征 雨が降って晴れた日」

橘美貴(高松市美術館)

2021年02月15日号

高知県立美術館が今年度新たに展覧会シリーズ「アーティスト・フォーカス」をスタートさせた。本シリーズは高知ゆかりの作家を紹介するもので、本稿では、初回となる「竹﨑和征 雨が降って晴れた日」をレポートする。
高知県須崎市出身の竹﨑は、大学卒業後、関東で作家活動と並行してギャラリーで働くなど、さまざまなかたちでアートに関わる。その後、2012年に高知に戻ってからは、地元須崎でアート事業「現代地方譚」の立ち上げにも尽力し、現在は香川県丸亀市に拠点を置いて作家活動をしている。本展は竹﨑の近作の平面作品を中心に、立体やインスタレーション作品など約60点の作品を紹介した展覧会で、「a. 足し引きの美学」から「f. 日常の風景」まで、主に作品シリーズごとに分けた六つのセクションによって構成されている。

四国の自然とともに

竹﨑和征《Board/Table(丸亀)》2019-20 作家蔵[撮影:田中和人]

会場に入ると、「はじめに」としてまず《Board/Table(丸亀)》が展示されている。「Board/Table」は竹﨑による作品シリーズのうちのひとつで、詳しくは後述するが、向きを変えながら描き進める制作方法が特徴的だ。飛び跳ねるようなタッチが表わすのは野原のようだが、上部は白いカンヴァスで隠されてしまっている。軽やかな筆致と自由なスタイルでの表現が竹﨑らしい作品である。

竹﨑は、気候などを肌で感じながら土地を理解しようとする。地理的・時間的な自然の循環に関心があるといい、それらを踏まえながら目の前に広がっている世界を全身で感受するのだろう。香川に拠点を移した際には太平洋と瀬戸内海の違いに戸惑ったものの、次第にわかってきたことが、色の扱いなど作品に反映されるようになったという。

瀬戸内は比較的穏やかな気候を特徴としており、柔らかな光や海の香りが身近にある環境だ。彼の作品は手の届く範囲にある自然や、自身のなかに蓄積されている風景の記憶から紡ぎ出された、等身大の風景画であるため、彼が多くの時間を過ごした四国、特に香川の自然環境が、近作を中心に構成された本展では色濃く写し出されている。

素材としての絵画

竹﨑和征《Hong Kong》2012 作家蔵[撮影:田中和人]

竹﨑は自身を画家と位置付けているが、その表現は絵を描くことにとどまらない。「a. 足し引きの美学」で展示されている2点では、描画面が作品を構成する一要素として扱われている。《五台山》は高知の五台山の風景を組み替え、中心部分にはブルーシートを貼り付けた作品、《Hong Kong》は、香港の空港の景色を黒っぽい図像が遮り、さらにスキーストックが画面を真横に貫く作品で、どちらも描かれた画面をそのまま見せることはせず、さらに異素材が画面に侵入している。平面上に描かれたイメージと異素材の物が並べられたとき、物の存在感は強く、平面上のイメージを薄めてしまいかねないが、竹﨑は存在感の強弱を取り入れながら統合させ、ひとつのイメージを構築していく。

竹﨑和征《Egyptian Squid(三繩)》2017 作家蔵[撮影:田中和人]

さらに、描画面そのものを物質として利用したのが「b. 切って、貼って、生まれ変わる」で展示されている「カットアップ」と称するシリーズだ。このシリーズは、自然風景を描き出した紙をシュレッダーにかけ、その破片を無作為に選んで織ったり組んだりするもの。《Egyptian Squid》というタイトルは完成作品がエジプトの織物のように見えたことからつけたという。本シリーズでは絵画は一度紙という素材に還元されて、モザイクのような新しい画面を再構築するパーツとなっている。

匂いの描出

竹﨑和征《Orange》2020 金正のどか蔵[撮影:田中和人]

「a. 足し引きの美学」「b. 切って、貼って、生まれ変わる」で展示されていた作品では、絵画が作品のイメージを構成する素材のひとつとして扱われていたが、続く「c. 現在地の眺め」では従来の認識通り、絵画を平面作品として扱った「Orange」や「Double Negative」シリーズが出品されている。これらは風景の面影を追ったような作品群だ。さらに展示室を進んだところにある「d. 風景の奥行き」では小豆島の夜空をテーマとした《July Garden》や展覧会タイトルとなっているインスタレーション作品《99 雨が降って晴れた日》、ほぼ平面作品の《January Garden》や《Turquoise, February Garden》などが展開されている。

竹﨑作品の基底となっているのは絵画であり、とりわけ自然風景を捉えたものが多い。風景画というと、風景の姿形を写した作品を思い起こしがちだが、竹﨑は草木の姿を追いながらも、そこで感じ取った光や温度といった目で追いきれないものや、その場に漂う気配のような、いわゆる匂いを描き出す。全身で感じ取ったそれらの要素をクレヨンや絵の具の色、質感を用いながらカンヴァス上に描出するのだ。

制作風景[写真提供:甫木元空]

ドキュメント映像「雨が降って晴れた日」では、《春》の制作において屋外でカンヴァス布を地面に敷き、目に映るものを写し取ろうとする竹﨑の姿が記録されている。ご存知の通り、戸外制作は、チューブ入り絵具の普及などの条件が整って以降、多くの作家が取り組み、風景画において重要な作業とみなされるようになった。光の再現を目指したモネなど印象派の作家たちは、戸外での制作を重視し、そこで捉えた印象を表わすためにあえて筆跡を残した描き方をしたのも周知の通りだ。モネは、晩年に視力が低下したことも影響し、より荒い筆致がカンヴァスを埋め尽くすようになっていった。風景の面影や匂いを表わす竹﨑の作品は彼らの延長線上に位置していると言えるだろう。

竹﨑和征《春》2020 作家蔵[撮影:田中和人]

また、本展には特定の地名がタイトルになった作品もあるが、画面から土地の特徴を見出すことは難しい。例えば《春》でも描かれているのが木々の景色で、透けて見えるのが薄い青空だろうということは感じられるが、心象風景のようで特定の場所とは思えない。しかし一方で、これらの作品を見ていると知っている場所のような気もしてくる。それは豊かな自然と四季を持つ日本で暮らすわれわれが、何かしらの自然体験の記憶を持っているからだろう。爽やかな風が吹き抜ける草原、波が寄せて返す海岸、雪化粧した山々など、自然との距離はそれぞれでも自然を感じることは日本においてさほど難しくないはずだ。筆者の場合は、幼い頃に遊んだ川沿いの公園などの思い出が浮かび、懐かしさがよぎる。確かにあの頃は背丈からしてもいまより地面が近く、土や草の香りが世界を満たしていた。竹﨑というフィルターを通して画面上に表わされた匂いは、鑑賞者である私たちそれぞれが持つ自然体験を刺激する。

「人の目が食う」

竹﨑和征《99 雨が降って晴れた日》作家蔵[撮影:田中和人]

《99 雨が降って晴れた日》は以前竹﨑が介抱したスズメがテーマとなっているというインスタレーション作品で、簀子を組み合わせた大きな画面に軽やかなタッチの描画と太い黒線の半円が組まれ、2本の傘、展示作業でおなじみの布団、フライパンなどが小道具のように配されている。雨が止んで傘を投げ出したような、演劇の一場面が想像されるとともに、雨によって湿った土の匂いや動物たちが動きだす音も感じさせる作品だ。ここで再び風景は平面作品ではなく、インスタレーションの一要素となり、舞台背景のような役割を担っている。

竹﨑和征《Turquoise, February Garden》2017 作家蔵[撮影:田中和人]

《Turquoise, February Garden》は青緑の色面と素早いタッチによる表現が美しい作品である一方、作品下部に巻き付けられた白いロープも印象的な作品だ。《Hong Kong》などもそうだったように、竹﨑作品には平面のイメージに異素材を組み合わせたものも多い。私たちは、作品を構成するあらゆる情報を処理した上で鑑賞をしている。絵具の厚みから作品に重みを感じたりすることを竹﨑が「人の目が食う」と表現するように、鑑賞者は、カンヴァスの凹凸やクレヨンの質感などの要素を直観的に統合してひとつのイメージを受け入れているのだ。スキーストックやロープなどは、この直感的な情報処理では受け入れきれない強い存在感と違和感を感じさせるのだろう。ロープは素材としてはカンヴァスに近いものの、違和感の対象であることは変わりない。また、自由なタッチで描かれた画面を無遠慮に横断する真っ白なロープは、画面そのものを縛り付けているようにも見える。いま見ているのが穏やかな風景などではなく、パネルに貼られた布地であることを私たちに思い出させるようだ。

溶け合う風景の記憶

先に触れたように、自然体験の記憶をわれわれは幼い頃から積み重ねてきており、自分でも特定の記憶として判別できない風景が頭のなかで混ざり合っていることがある。だからこそ、竹﨑の描く匿名的な風景画は鑑賞者それぞれの自然体験をくすぐり、五感を共有することができるのだろう。一方で、さまざまな風景を画家として観察してきた竹﨑のなかにはより多くの自然風景の記憶が蓄積されている。「e. 盤上の遊び」で紹介されている「Board/Table」シリーズは、彼の頭のなかにある風景を投影した作品群だ。

竹﨑和征《Board/Table》2019 個人蔵[撮影:田中和人]

このシリーズは上下の端を黒と白に塗り分けたパネルにカンヴァスを巻きつけるように貼り、天地をひっくり返しながら描き進め、最後に作品としての向きを決めるというもの。上下を入れ替えるといままで見ていた図像とは違うものが表われ、それに対応してさらに描き進めていくのだが、この制作過程には、「カットアップ」シリーズにも通じる偶然性がある。もともと竹﨑は、やってみないとわからないという姿勢で制作に臨んでいると言い、それが画面の軽やかさにもつながっている。景色を前にしてから気になった色のクレヨンを手に取って、制作を進めるうちに画面のサイズが合わなくなればカンヴァスを上から貼り付けて潰すことも厭わない。偶然表われたイメージを手がかりに描き進めていくスタイルは、彼に合った制作方法なのだろう。そして画面上ではそれまでに蓄積されてきた幾多の風景が溶け合い、新たなひとつの景色を生み出しているのだ。展示室では小型カンヴァスに描かれた「Board/Table」の作品が20点ほど一列に並べられ、スナップ写真のようなラフさと軽快さを示していた。

《Board/Table》の展示風景[撮影:田中和人]


竹﨑が描き出すのは明確な姿を持たない自然の匂いである。彼は土地の形成や自然の循環に思考を巡らせながら、自然環境を五感で感じ取り、ときにはロープなどの道具を組み込みつつ、ひとつの風景を再構築する。

自然というものを考えるとき、反対側には人工物やその集積としての都市がある。都心部に比べて四国は山や海が占める割合が多いが、それでも人々の生活は人工物に溢れ、自然は隙間から顔を出す程度だ。自然だと思っているものも、実は人為的に整えられ、歪められた姿をしたものも多い。そのなかで、竹﨑が描き出す自然の匂いは、姿を持たないからこそダイレクトに人が感じ取れる自然の要素なのかもしれない。私たちは彼が生み出す風景画に触れることでその匂いを共有し、自身の自然体験をくすぐられるのだ。


アーティスト・フォーカス #01
竹﨑和征 雨が降って晴れた日

会期:2020年10月25日(日)〜12月20日(日)
会場:高知県立美術館(高知県高知市高須353-2)
公式サイト:https://moak.jp/event/exhibitions/artistfocus_01.html

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