キュレーターズノート

「富野由悠季の世界」展を終えて──青森会場担当学芸員の問わず語り

工藤健志(青森県立美術館)

2021年05月15日号

2015年11月1日、六本木ヒルズクラブで千載一遇のチャンスを得て、福岡市美術館の山口洋三さんとともに初対面の富野監督にいきなり「展覧会やらせてください!」と直談判し、その場では断られたものの、その後しつこく何度も企画書を送り続け、根負けした監督からオーケーをいただくまでに約1年。「成田亨 美術/特撮/怪獣」(2014-15)を福岡、青森とともに開催した富山県美術館の若松基さん(現富山県水墨美術館)、「美少女の美術史」展(2014−15)などをトリメガ研究所として一緒に企画した川西由里さん(島根県立石見美術館)と村上敬さん(静岡県立美術館)、そして2013年に「超・大河原邦男展」を企画した小林公さん、岡本弘殻さん(兵庫県立美術館)という心強い「同志」が加わり、6館7名の学芸員で企画、準備を進め、2019年6月22日に福岡市美術館で立ち上がった「富野由悠季の世界」展。

9月1日で福岡展が終わって以降、10月12日〜12月22日に兵庫県立美術館、2020年1月11日〜3月23日に島根県立石見美術館と巡回が続いたところで新型コロナウイルス感染症が拡大し、4月と7月にそれぞれ開催予定だった青森展と富山展は延期。当初はラストとなるはずだった9月19日〜11月8日の静岡県立美術館が第4会場に繰り上がり、富山県美術館は11月28日〜2021年1月24日に、3月6日から5月9日に変更された青森県立美術館が最終会場となった。しかし富山展は2回目の緊急事態宣言(1月8日〜3月21日)に加え、大雪による休館などが重なり、青森展に至っては開幕時点で緊急事態宣言発令中。会期終盤も3月25日からの3回目の緊急事態宣言と重なるなど、延期を含めると三度の緊急事態宣言すべてに影響を受けることになってしまった。青森はもちろん2回目と3回目の緊急事態宣言の対象地域ではないのだが、もともと観光施設的な役割が強く県外からの来館者が多いこと、展覧会関係者の多くが対象地域在住のため、感染症対策の検討やイベントの調整など通常の3倍くらい手間がかかり、にもかかわらず積極的な来館を促す広報ができないというジレンマを抱えながら2カ月の会期を終えた。オープニングセレモニーでの富野監督の挨拶はリモート、初日に開催予定だった富野監督と樋口真嗣監督の記念対談は延期、3月25日に再設定して告知と募集を行なったが、直前の23日に中止(無観客収録)となってしまった。監督への最初のオファーから5年半。1本の企画としては開催までに長い時間がかかり、なおかつそれまでの展覧会運営の「常識」が通用しなくなり、その対応に追われた1年であったが、それでも現状を鑑みると、巡回館からのバトンを受け取り、会期終了まで完走できたことをむしろ喜ぶべきなのかもしれない。

富野監督の作家論、作品論についてはカタログに膨大なテキストが収録されているので、ここでは青森展の「展示」を総括してみたいと思う。


「どこで観ても同じ」にはならない、開催館ごとの個性

2019年8月1日号のキュレーターズノートにも記しているとおり、今回の展覧会は6館の共同企画であるが、作品ごとに担当を決め、調査、出品作の選定、展示構成、解説執筆までを行なっている。つまり7人の学芸がそれぞれつくった企画展を合体させたような構造の展覧会であり、富野監督のデビュー作である『鉄腕アトム』(1963-66)から最新作の『Gのレコンギスタ』(2014-15)に至る24本のアニメを多様な切り口で分析、検証している。改めて振り返ると、この多視点性は展示の単調さを避けるだけでなく、開催館ごとに展覧会としての印象を大きく変えることにもつながっていったように思う。当然ながら自ら担当した作品には思い入れがあるはずだし、ほかの学芸員がつくった展示に「なるほど!」と共感できる切り口もあれば、「自分だったらここはこうするのにな」というところも(口にはしないけど)おそらくあったはず(笑)。出品点数も膨大なため、作品、資料をどう配置するか、どこに焦点を当てるかという「編集」の自由度も高く、個々の学芸員の思考や意識が、会場それぞれの空間的特徴のなかに落とし込まれることで、同じ展覧会でありながら各館ごとの「個性」を表出させていたように感じられたのだ。

富野監督が各会場を訪れるたびに印象の違いに驚いていたように、これぞまさに「共同企画展」ならではの醍醐味と言えるだろう。さらにはそれぞれ独自の展示も追加されるなど、いずれの会場も(全会場を見た人は少ないだろうから無粋ながらもあえて書くが)「ワンパッケージ」を越えたキュレーションの魅力に富むものとなっていた。

そもそも美術展とは空間に作品を構成する「空間演出」が最大の魅力といえる。企画に携われば自ずと出品作の理解(愛情と言い換えても良いと思う)も深まり、特質を熟知した展示空間において、展覧会のコンセプトを明確に伝え、作品の魅力を最大限に引き出していく展示としての最適解が導き出されていく。展示とは単なる「陳列」ではなく、作品を広く社会や世界へとつなげていく営みであり、作品と作品、作品と空間、展示空間と観客という何層もの「関係性」の上に成り立つものであるから、本来は「どこで観ても同じ」であるはずがないのだ。近年はそんな当たり前のことすら忘れているところが多いように感じられるので、何を今更と言われそうなことをあえて書いたが、特に著作権の制約が大きいアニメや漫画の展覧会で、各館ごとに個性を打ち出し、解釈と価値づけの多様性を示し得た「富野由悠季の世界」展は画期的であったと思う。それを認め面白がってくださった富野監督にはこの場を借りて改めて深くお礼申し上げたい。


展示空間づくりのライブ感

これまで館の個性が際立つ展示が続いただけに、立地が辺鄙な分、青森会場は相応の付加価値をつけないと注目してもらえないだろうなと、青森会場では他館とどう「差別化」を図っていくかを考えた。こういうときに小賢しいことをあれこれ考えても仕方ないので、ごくシンプルに展示スペースをできるだけ広く確保するところからプランニングを開始。他館ではスペースの制約上から壁面のほぼすべてに作品、資料がびっしりと展示されていたが、ところどころでひと息つけるよう壁面に余白を取り、1点1点がきちんと目に入るよう展示することを基本とするため、普段開催している企画展よりもスペースを大幅に拡張。地下1階と地下2階をそれぞれ第一会場と第二会場に分けることとしたが、動線上どうしてもシャガールの舞台背景画「アレコ」を展示しているアレコホールを通り抜けねばならなくなった。が、改めて考えてみれば、高さが20メートルあるこの巨大な空間には全高18メートルのガンダムがピタリと収まるじゃないか!と思ってつくったのが青森オリジナルポスターである。実際にガンダムを展示することはできないけれど、このポスターイメージが記憶に残っていれば、アレコホールがガンダムの大きさを実感するための空間となるのではないか。とすれば、展示の動線上に位置する意味も生まれるだろうという苦肉の策である。けれど、空間体験とは面白いもので、実際にガンダムがなくても想像で楽しめるという声があったことにちょっと安堵した次第。


青森会場ポスター[デザイン:植松久典]


あと他館と大きく異なる点は、展示室を自由に間仕切りできる可動壁がないこと。ゆえに、それを逆手にとって、それぞれの展示室のボリュームに合わせ、1本のアニメ作品ないしはひとつのセクションがきっちり収まるよう展示構成も変えることにした。ポスターに「富野由悠季の世界×青森県立美術館」と記したのはそういう意図を込めてのことである(ちなみに延期前にも同じイメージのポスターをつくっていたが、SNS上で「ダンバインが小さいんじゃないか」とか、「ロボットアニメの変革者」というサブタイトルに“イノベーター”とルビを振っていたところ「それはダブルオーでしょ!」とツッコミが入ったので、新バージョンでは修正させてもらった。ご指摘に感謝!)。

さらに気になったのが、今回使用されている額縁の色がとても薄く、設定画やラフスケッチのような鉛筆で描かれたものは額と同化して絵が引き立たなくなってしまうこと。それを巨大な白い壁面に並べると視覚イメージとしてかなり弱くなるのではないかという危惧から、一部の壁面には色の帯を設け、額の支持体にすることとした。もちろん使ったのは赤、青、黄というガンダムのトリコロールカラー。純色だと強すぎるので、それぞれの明清色を採用している。

こうした展示造作は簡単な仕様をつくって発注すれば準備できるのだが、展示にもっとも重要なレイアウト図面だけはどうあがいてもつくれない。毎回そうなのだが、頭で考えていることを図面に落とし込むのが大の苦手なので(めんどくさいんでしょ?とよく言われるけど、どうあがいてもつくれないのだ)、今回も大まかに「展示室O、P、Qがガンダム」「イデオンは展示室A」「∀ガンダムとG-レコは最後だから展示室D」などと大雑把に決めて、あとはいつものように現場の作業で展示をつくっていくことにした。今回は出品点数が膨大なのでうまく収まるか少々不安ではあったが、まずは動線順に展示作業を開始。しかし案の定だんだんと雲行きが怪しくなってくる。仕方ないのでトンネル工事のように今度は展示の最後から遡るようにして作業を行ない、真ん中でうまく帳尻を合わせるつもりだったが、「見事開通!」とはならず、接合部分は展示が過密になり、情けないことに四段掛けの箇所まで出てくる始末。一瞬、自らの行為に恐怖したが、よくよく振り返ってみるとほかが意外とスッキリした展示に仕上がったので、むしろ展示に緩急がついて良かったのだ、と思うようにした(牽強付会だなあ)。このようにだいたいいつも失敗する箇所が出てくるんだけど、図面に頼らず空間と対峙しながらライブで展示をつくり上げていく作業は実に楽しい。お行儀よく収まっているよりは、そうした手仕事的感覚が反映されている展示の方が個人的には好きなのだが……これまた堅白同異の弁ではあるか。


青森会場展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
©手塚プロダクション・東北新社 ©東北新社 ©サンライズ ©創通・サンライズ ©サンライズ・バンダイビジュアル・バンダイチャンネル ©SUNRISE・BV・WOWOW ©オフィス アイ


青森会場展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
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青森会場展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
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青森会場展示風景(ここが問題の接合部分。超過密展示となっている)[Photo: Daisaku OOZU]
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青森会場オリジナルの追加展示たち

とまれ、以上の差別化は実際に展示を観に来なければわからないし、そもそも青森展が初見であれば他館との違いもわからないから差別化にはならない。そこでチラシで広報できる「青森オリジナル展示」もいくつか設けることに。

まず、担当した『伝説巨神イデオン』の展示を拡充し、富野監督による企画の変遷、作劇や演出のアイデアが書き込まれたメモ、世界観構築のためのスケッチなどこれまで未陳の資料を多数公開した。

次に、アーツ千代田3331で「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」を手がけた(株)スカイフォールの協力を得て、2019年12月に逝去した世界的インダストリアルデザイナーであるシド・ミードの功績を顕彰するため、『∀ガンダム』のためにデザインされたモビルスーツのスケッチを特別展示した。∀ガンダムとターンXのスケッチはアーツ千代田3331のときよりも大きな高さ4メートルの巨大サイズで出力しているが、これだけ拡大してもまったく間延びしない画面の密度と情報量にはただ圧倒されるばかりであった。


青森会場展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
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青森会場展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
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三つ目は、ロボットアニメとは切っても切り離せない玩具やプラモデル等の立体物を作品ごとに紹介すること。今回はモデラーのMAX渡辺さん(静岡展で出品作品を増やし、そのまま青森でも展示)、メカデザイナーの山根公利さん(島根展以降で展示)に加え、モデラーのNAOKIさん、声優の泰勇気さん、ガイアノーツの「中の人」による模型作品を追加している。さらにライディーンやザンボット3、ダイターン3、ガンダム、イデオンなどは放送当時に発売された玩具と最新のフィギュアを並べることで、造形の進化、受容層の変化が読み取れるようにした。プラモデルやフィギュアは、フィクションの世界で活躍するモチーフを実際に手にできる「素材」として子供たちの想像力を育んできたが、独自の発展を遂げ、いまでは日本文化を語るうえで欠かすことのできないキーワードとなっている。最新プロダクトが反映する現代日本人の心性、そして新旧の玩具の間にひそむ文化史的展開を考察するための追加展示である。


青森会場展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
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四つ目は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に登場したモビルスーツ「リ・ガズィ」のダミーバルーンを実寸大の胸像として設置。制作は飛行機をモチーフとした作品やインスタレーションを手がけている青秀祐さん。モビルスーツの大きさを体感してもらうための作品である(当初は6館共通の展示として提案していたのだが、胸像でも高さが7メートルあり、どの館も展示室に入らないというということで結果青森だけの公開になってしまった)。本体はダミーバルーンの試験体という設定で、「模型」ではなく「本物」であることを意図して制作されている。各種マーキングやカラーリングも単なる「デザイン」ではなく、制作・縫製のために必要な記号や番号、折り畳む際のガイドライン、実物に即したコーションマークなどが施されている。バルーンをどのようにモビルスーツの形として維持させるかなど(その内部構造も作品では覗くことができる)、フィクションをリアリティへと置換した作品と言えるだろう。ガンダムの放映から40年、富野作品から強い刺激を受け、科学者や技術者、アーティストとして現在活躍している人は多く、富野監督の仕事がアニメという枠組みを越えて広く社会に影響を与えていることを象徴的に示す1点となったようにも思う。


青秀祐による「リ・ガズィ」のダミーバルーン作品《INFLATABLE DUMMY SUIT DEMONSTRATION TEST TYPE[SGZ-BUSTO]》[Photo: Daisaku OOZU]
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富野作品に育てられた人々が受け継ぐもの

最後は「エンディング」(エピローグ)の追加。展覧会の冒頭に「アニメのできるまで」というプロローグがあるんだから、その対になるようなコーナーがあった方がいいよね、という軽い思いつきからスタートしたプランだったが、各会場を実際に見てその必要性を痛感。富野監督の最新作である『Gのレコンギスタ』が最終セクションになる流れだったので、本作の担当である筆者は展覧会の〆として、富野演出の特徴と魅力を絵コンテと映像の対比で総括する「トミノスタイル」というプランを考えたのだが、実際に展示として見ると単調だし、ガチャガチャして余韻もないし、あまり上手くない締め方だなあと感じてしまったのだ(学芸チームのみなさま、ごめんなさい!)。

もとより、アニメという手法を用いて現実社会の複雑な構造や人間関係を複眼的に捉えてきた富野監督の仕事をアニメという枠組みのなかだけで語り終えるのもどうなんろうと思ったし、内向きに閉じがちな日本のアニメ、漫画が多いなか、富野作品が一貫して広く社会に開かれたものであったことを客観的に示すコーナーを最後に設けたいという想いが強くなっていったのだ。

あれこれ考えた末、二つの作品で「エンディング」を構成することを決める。まずは、JAXAの人工衛星が捉えた地球と月の画像を動画化(一種のアニメーション表現)し、球体に投影する「めぐりあいJAXA」のインスタレーションをキュレーターの澤隆志さんと映像作家の五島一浩さんに依頼。富野監督が描き続けてきたフィクションの宇宙を先端テクノロジーによって捉えたリアルな宇宙の景観と対比させる試みである。

加えて映像作家、美術家の伊藤隆介さん(1980年代から「村雨ケンジ」名義で漫画、アニメ評論も手がけている)にコーナーのコンセプトを伝え、新作の制作をお願いした。完成した作品は《飛ぶことについての試論》と題された、まるで宇宙母艦のようなオブジェを中心とするインスタレーション。戦前、戦中から戦後、そして現在に至る社会、文化のさまざまな要素のアッサンブラージュによって構築された艦船の艦橋は、テレビの筐体の中に19 世紀の自動機械である「ミュートスコープ」が置かれた動力装置となっており、その機械が生成する動画が前面に大きくプロジェクションされる。社会体制や価値観の劇的な変化が続いた時代と富野監督の歩みを重ね合わせた近現代日本の「図解」であると同時に、「飛ぶこと」(空や宇宙への憧れ)と「動かすこと」(映画に向けられる強靭な意志)という近代の二つのテクノロジーが富野監督の創造的源泉ではないかと考察する、作品という形式を用いた作家論、戦後アニメ史論ともなっている。伊藤さんは「理想主義やテクノロジーでヒトの限界を超越せんとする近代の試みが、ヒト自身の古い『業』によって蹉跌する苦渋(現実世界で言えば、社会主義の敗北、EUの分裂、宗教的原理主義の復活、未曾有の原発事故など)を、空想的に、あるいは無国籍に予言してきたためでもあるだろう。近代を看取るために未来を描いた富野由悠季とは、正しく20世紀の人であり、21世紀の人でもある」と記しているが、同時に本作は富野作品に育てられた人々へ「現在」に対する自覚を促し、「未来」への責任を喚起する役割も担っている。富野監督が創造した世界から派生した作品のモビルスーツたちが母艦を囲むように配置されているのは、その比喩のようにも受け取れるだろう。

以上の2作品をエンディングに設置することで、富野監督の仕事(それがたとえ過去の作品であったとしても)がいまもなお現在進行形で「現実」とリンクし続けていることを示し得たのではないかと考えている。


3次元空間だからこそのアニメ体験

伊藤さんの言うように「飛翔」や「浮遊」は富野作品の大きなテーマであり、それは同時に「重力」をめぐる問題へつながる。「飛ぶこと」はすなわち「落ちること」なのだ。さらに言えば富野作品でしばしば舞台となる「地球」と「月」も相互の重力によって支えられ存在している。例えばラグランジュ・ポイントに浮かぶスペースコロニーの平衡を失わせ地球に落とすところから物語が始まる『機動戦士ガンダム』が典型的に示すように、さまざまな関係の「安定」と「変動」の相互作用から生じるドラマを客観的かつ俯瞰的に捉えていく点に富野監督の作劇の基本があるのではなかろうか。演出的にも2次元空間の制約から逃れるような上下の運動、奥行きを感じさせる動きが多用されるが、こうした富野作品の特徴を展示という3次元の空間に暗示させられないかという「実験」について最後に触れてみたい。

6館の共通展示であった八嶋有司さんによる、空間全体に富野作品の名シーンを投影する映像インスタレーションも視覚メディアであるアニメをほかの感覚や身体そのもので体感するための装置として設けたものだが、加えて青森会場ではフロアを分けて上がったり、下がったりする動きや、天井高を活かした展示による視線の上下運動を積極的に導入。さらに通路的空間の奥行きを活用した映像の複数投影(『機動戦士ガンダムF91』の抜粋映像の向こうに『Gのレコンギスタ』のオープニング映像が流れ、さらにその奥にJAXAの人口衛星によるリアルな宇宙の映像が見える)などを行なってみた。明確な答えがあるわけじゃないので「だから何なの?」と言われたらそれまでだけど、鑑賞の座標軸を増やすことで、富野作品に対する解釈の幅がほんのちょっとでも広がればいいなと思っている。


八嶋有司による映像インスタレーション《この世界を風景の─Dive》[Photo: Daisaku OOZU]
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「エンディング」展示風景[Photo: Daisaku OOZU]
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青森会場展示風景(映像の複数投影)[Photo: Daisaku OOZU]
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テレビや映画館では味わえない展覧会ならではのアニメ体験をいかに提供していくか。美術館にとっては新しいメディアであるアニメや漫画の展示方法はまだ確立の途上にあるがゆえ、こうした試行錯誤は今後も必要であろう。富野展の青森会場はこれまでの開催館の成果を継承し、その蓄積の上にさらに何がプラスできるかを考えて開催した。福岡、兵庫、島根、静岡、富山、青森と巡回しながらさまざまな展示が展開した「富野由悠季の世界」展は、「共同企画」の利点を最大限に活かした企画ではなかったかと青森の展示を終えたいま、強く感じている。



ということで、6館の共同企画展は青森会場で終了となるが、筆者もびっくり、今後はパッケージ化されて巡回が継続されることとなった。展覧会のクオリティが評価されたと信じ、素直に喜びたいが、これまで開催館がつないできたバトンをしっかりと受け取っていただき、展覧会が今後さらに充実したものになることを願ってやまない。



★──もちろん青森県立美術館でも貸館事業は行なっている。ただし企画展示室を使用する場合は、主催者から企画書を提出してもらい開催の是非について、まず学芸スタッフ内で検討を行なっている。開催を許諾した企画であっても、手間はかかるものの、可能であれば展示レイアウト検討の段階から関わっていくようにしている。当然、我々の方が空間を熟知しているからだ。そして貸館の場合は印刷物に美術館のロゴを使用できないルールとなっている(美術館の主催事業のみロゴを使用)。主催展をパッケージ企画の買い取りでやることはほぼなく、先日大手のマスコミ事業部の人から「青森県美は営業先リストに入ってない」と言われたが、それはむしろ誇るべきことだと思っている。




富野由悠季の世界

会期・会場:
[第1会場 福岡市美術館]2019年6月22日(土)~9月1日(日)
[第2会場 兵庫県立美術館]2019年10月12日(土)~12月22日(日)
[第3会場 島根県立石見美術館]2020年1月11日(土)~3月23日(月)
[第4会場 静岡県立美術館]2020年9月19日(土)~11月8日(日)
[第5会場 富山県美術館]2020年11月28日(土)~1月24日(日)
[第6会場 青森県立美術館]2021年3月6日(土)~5月9日(日)
[第7会場 新潟市新津美術館]2021年9月4日(土)~11月7日(日)
[第8会場 北海道立近代美術館]2021年11月17日(水)~2022年1月23日(日)
公式サイト:https://www.tomino-exhibition.com/

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