キュレーターズノート
小さな循環と生命のエネルギー ──三原聡一郎《土をつくる》
勝冶真美(京都芸術センター)
2021年07月01日号
対象美術館
コロナ下での生活も一年を超え、天気予報以上に感染者数や死亡者数のニュースが流れる日常に、良くも悪くも慣れつつある自覚がある。どこからかやってくる死が日常の中に少しずつ入り込んでくるこの感覚は、私たちの何かを鈍感にし、どこかを知覚過敏にしているようだ。
仕事が休みの度に会期終了間近の展覧会に駆け込んでいた日々とは変わり、かつてよりも自宅にいる時間が増えた。私自身の生活にもいわゆるニューノーマルがやってきている。そんな中、存在を知って以来、折々に覗きにいってしまうウェブサイトがある。そこに、インターネット上で公開している作品があるからだ。アーティスト三原聡一郎の《土をつくる》である。
コンポストから見る宇宙
《土をつくる》は端的に言うと三原が自宅で作り続けているコンポストをリアルタイムで中継する映像作品だ。同時にテキストも公開されており、それによると、三原は東日本大震災以降に人間の生活にまつわる、あるいは宇宙全体の、生命活動のサイクルや循環に興味を抱きコンポストを始めたという。コンポストの観察から多くの作品が生み出されてきたこと、10年を経たいま、これを自分が死ぬまで公開したいと考えたこと、またあわせて自身の死後の身体についての法的な遺言書を後日発表する考えであることが記されている。
コンポスト=堆肥は、例えば家庭から出る生ごみや落ち葉、下水汚泥などの有機物を好気性微生物の活動によって発酵、分解させるもので、近年ではゴミの削減につながるとして、自治体が補助金などで推奨している地域もあることから一般的にも知られるようになってきている。私自身は漠然とした知識しかなく、どういった作用や仕組みで堆肥になるのか具体的に想像したことがこれまでなかった。
ウェブサイトから作品へと入ると、接近レンズによって映し出されるコンポスト内が見える。空気を含め分解を活性化させるためにゆっくりと自動回転しているコンポストの中をカメラレンズがピントを自動調整しながら映し出す。土壌に混じって、いつかの三原家の食事で出たはずの、卵の殻や人参の皮が見えたりする。本作公開のアナウンスは3月だったと記憶していて、その頃に見たときはもう少し乾燥していてぽろぽろと土が回転によって転げていくような映像だった気がする。今は6月で梅雨なのでコンポストもかなりしっとりしていて、目に見えないはずの空気の湿気や温度を感じるし、ときには白い小さな虫がたくさんいて一瞬ぎょとしたりする(その数日はかなり際どい映像だったが今は虫は見られないのでご安心を。後に本人に聞くとダニの一種だそう。その時「循環」のリアルさをまざまさと感じた)。一見するといつ見ても変わらない、土が9割その他1割の光景は、よくよく見ると土の塊や野菜とおぼしき残骸が日々新たな地平を作り出していて見飽きることはなく、どこか違う星の惑星の風景のようにも思えてくる。
循環の一部となること/ならないこと
テキストから予感されるのは、三原が自身の有機物として身体をここに重ね合わせているということだ。本作に限らず、小さなエネルギーのサイクルから、より大きな循環へと想像を喚起させる装置としての作品づくりは、三原の活動全体に通底する。三原はこれまでも、土や苔といった自然物、光や音といった自然現象をテクノロジーによって可視化、再提示してきた。2016年に京都芸術センターで開催した個展「空白に満ちた世界」での微生物燃料電池への関心など、世界に存在する微細な生命のエネルギーの存在を掬い取り、テクノロジーを介することで創造的な問いを投げかけている。そんな三原にとっては、エネルギーの循環に自身の身体がどのように関わるのか、という問いは必然のものなのかもしれない。何かの循環の一部となること/ならないことの選択を三原がどのように考えるのか。これから公開されるという死後の身体への意志表示という「遺言書」にも注目していきたい。
オンライン展覧会の試み
本作は三原が死ぬまでインターネット上で公開される作品であると記されている。ここから作品としての形式にも思いを巡らせてみると、これまで当たり前のように繰り返してきた展覧会のフォーマットが揺らいでいる、という現実がある。作品を一堂に集め数カ月ごとに入れ替える。作品のある場所に鑑賞者が集まる。コロナ下ではコロナ前のフォーマットでは展覧会がもはや成立しえないのでは、という危機感が共有されつつある。私自身はこれを、これまで刷り込まれてきた思い込みや慣習をひとつずつ再点検する機会と捉えたい。途切れることのなく続く分解の営みを、オンライン上でいつでも訪れてみることができる。区切られた展示時間という枠から自由になった本作の鑑賞体験は、例えば、一時性を成立の基本条件とするインスタレーションとはまったく異なるものとして、もしかしたら現代により適応した形式なのかもしれない。
この《土をつくる》の発表を経て、現在、三原は新たな展覧会を企画している。アーティストや企画者と京都芸術センターが共同で実験的な企画に取り組む京都芸術センターCo-ProgramカテゴリーC(共同実験)事業の本年度の採択事業として、2022年冬に、東日本の震災以降、三原が継続的に取り組んできた「空白のプロジェクト」の4部作(《を超える為の余白》《 鈴》《コスモス》《想像上の修辞法》)を、京都芸術センターを含めた国内外の各所にインストールしたうえで、鑑賞者はオンライン上でストリーミング中継された映像をオンライン展として鑑賞する、という構想だ。複数の物理的な空間、時間が仮想的にオンライン上で並置されることでどのような展覧会が立ち上がるのか、各地から生命エネルギーが集まるであろうその機会を楽しみにしたい。
関連記事
「芸術作品」について|中井康之:キュレーターズノート(2018年12月15日号)
三原聡一郎展「空白に満ちた世界」
会期:2016年2月7日 (日) ~2016年3月6日 (日)
会場:京都芸術センター 和室「明倫」
住所:京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
三原聡一郎《土をつくる》
公開会期:無期限
会場:オンラインhttp://compost.mhrs.jp