キュレーターズノート

所蔵品展からの問いかけ──コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す

正路佐知子(福岡市美術館)

2021年07月15日号

2021年3月に発行した『福岡市美術館研究紀要』第9号に、「美術館とフェミニズム──福岡市美術館の現状について」と題した文章を寄せた。フェミニズム美術史の功績を紹介し、そのうえで現在までの福岡市美術館におけるジェンダーバランスを、職員構成、(以下、近現代美術セクションにおける)特別展や企画展の内容、コレクション展示における展示作品の構成、コレクションにおける作家構成および点数を洗い出している。この試みは、所属館におけるジェンダーバランスの変遷と現状を認識し、自戒を込めながらも問題を共有したいという思いに端を発したものであり、今年5月18日からスタートする予定だったコレクション展示「コレクションハイライト」を準備する過程で文章化したものだった(福岡市美術館では緊急事態宣言発令期間の間コレクション展示室が閉鎖となってしまったため、実際には6月22日からの公開となった)。今回の「コレクションハイライト」では、コレクション展のなかで「コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す」ことを試みている。


コレクション形成の元にある「ある視点」

福岡市美術館の近現代美術のコレクション展示の現状について簡単に述べておこう。展示室は近現代美術室A、B、Cの3室で構成され、Aは前半と後半で内容が異なる。Aの前半部とCの展示を現在「コレクションハイライト」と呼び、1年に一度(5~6月頃)のみ展示替えを行ない、約1年間ひとつの展示を見てもらうかたちを取っている。それ以外の2室(Aの後半部分とB)では約2カ月ごとに展示替えを行ない、コレクションによるテーマ展示を(現在は)年6本程度行なっている。

今回の「コレクションハイライト」は近現代美術室A前半部分の①「『近現代美術の流れを展望できる内外のすぐれた作品』から」と、近現代美術室Cの②「コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す」で構成した。

最初に来館者を迎える近現代美術室Aでは、リニューアルオープン以降現在まで、「美術館を代表する作品」を展示する場所と位置づけている。誰もが知る「名品」で来館者を迎えるという趣旨で、美術史の教科書に登場するような作家の大作が並ぶゾーンだ。すなわち、これは(美術館ではごくごく一般的な)主流の単線的美術史に基づいた作品選択といえる。

今回並ぶのは、マルク・シャガール、コンスタンティン・ブランクーシ、ジョアン・ミロ、サルバドール・ダリ、ジャン=ミシェル・バスキアとともに、福岡市美術館の活動史とも絡めて、収蔵第1号であるラファエル・コラン、昨年特別展を開催したレオナール・フジタ、開館後まもなく回顧展を開催したことを契機とし大量の作品を所蔵する藤野一友の8作家の作品だ。

知った名前や作品があることは、アートに距離を感じている人にも美術館を身近に感じてもらえるという点では意味がある。しかしそのとき、盲目的に作品や作家を崇めるのではなく、なぜ評価されたのか、なぜ美術館が収蔵しているのかまで想像を広げられる仕組みが必要と考えた。そこで章解説においてはここに並ぶ作品が「ある視点」──美術館の収集方針や美術史上の達成および参照──と絡んでいることがわかるよう、冷静に記述することを心がけた。「近現代美術の流れを展望できる内外のすぐれた作品」とは、当館の収集方針のうちの1項目からの引用である。


近現代美術室A「コレクションハイライト①『近現代美術の流れを展望できる内外のすぐれた作品』から」展示風景


ところで紀要の文章においても、展覧会の冒頭に掲げた概要紹介文においても、福岡市美術館の現状を把握するため、私は男性作家・女性作家の数を書き出している。作家を性別によって分ける作業は、美術史や美術館の活動を問い直すためとはいえ、ジレンマを感じるものであった。しかし、現状を認識するためには必要な作業でもあった。2020年度の新収蔵作品を加えた段階での福岡市美術館の近現代美術コレクション12,247点のうち、女性作家による作品は筆者が調査した限り324点しかなく、作家数でいえば62人だけなのだ(男性の作家数は907人)。展示においても、過去のコレクション展を調査すると、女性の作家の作品が占める割合は全体の数パーセントから、多くても15パーセント前後であった。この数字に明確に現われた非対称は、美術館の収集・展示活動が、基本的には既存の美術史に基づき行なわれてきたことと、その底本としてきた美術史というもの自体が、教育を受け、美術家として活動を続けることが困難な状況に女性を置き続けてきた社会の価値観のもと編まれてきたことに起因している。


女性作家の作品から展示を構成する

近現代美術室Cで展開する「コレクションハイライト②コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す」と題した展示では、美術館のこれまでの収集・展示活動や、戦後美術における女性作家の奮闘、女性作家の語られ方、そして美術作品と社会との関係についてなど、それぞれの章において美術史および美術館における女性作家にかかわる問題を簡単に整理をしながら、問いかけるかたちを取った。女性作家の作品を軸に展示内容を構成した本展の展示空間は、先の近現代美術室Aでの「コレクションハイライト①」とも、従来の「コレクションハイライト」とも好対照をなしている。

近現代美術室Cでは通常、戦後から現在までの作品を紹介している。今回も範囲とする時代は原則同じにした(1点、吉田ふじをの水彩画のみが戦前の作品となる)。「コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す」というとき、女性作家の作品のみで展示を構成することをまず初めに考えるだろう。しかしこの展示室には展示室からの移動や収蔵庫への収納を(当分の間)想定していない大型作品(アニッシュ・カプーアの《虚ろなる母》やアンゼルム・キーファー《メランコリア》)が複数存在し、また、本展のテーマとも関連する、女性のエンパワーメントを主題とするインカ・ショニバレCBEの作品《桜を放つ女性》もあり、それらを包含する構成が求められた。


近現代美術室C「コレクションハイライト②コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す──福岡市美術館のコレクション形成と女性美術家」展示風景。奥の朝倉摂《日本1958》は次の章で紹介する作品。


近現代美術室C「コレクションハイライト②コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す──戦後美術の動きと女性美術家」展示風景


近現代美術室C「コレクションハイライト②コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す──絵画における様々な創造」展示風景


近現代美術室C「コレクションハイライト②コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す──美術作品と社会、そして私たち」展示風景


最初のセクション「福岡市美術館のコレクション形成と女性美術家」では、1979年に開館した当館が比較的早い時期に収集に至った女性作家の作品を並べることで、美術館の収集方針との関係を示した。美術館が収集時に参考にする正史としての「美術史」上に名前を見いだせる作家、あるいは地方美術館の使命のひとつでもある郷土の美術へのまなざしによって収集対象となった作家の作品をここでは紹介している。実際、九州出身あるいは拠点に活動した美術家への視点が加わったことで、コレクションにおける女性作家の数はこれでもかなり増えている。その次の「戦後美術の動きと女性美術家」では、まだ男性優位の考え方が中心だった美術界に挑み、活動した作家を紹介している。戦後美術の充実したコレクションを有する当館においても、女性の美術家による作品は空間を埋めるほどなく、ここでは同じ時代に活躍した国内外の美術家の作品が混在することになる。「絵画における様々な創造」では、1980年以降の絵画作品5点から、それぞれ異なる絵画への取り組みを紹介している。「女性の美術」として女性による表現をひと括りにするのではなく、絵画に対する思考と技術の積み重ねによる個々の創造性に注目したセクションだ。最後の「美術作品と社会、そして私たち」では、ジェンダーをめぐる問題だけでなく、戦争、アイデンティティ、ローカリティ、など社会に生きる私たちと切り離せない問題系とのかかわりを示す作品を紹介し、今回掲げたテーマがあくまでも出発点であることを示唆したつもりだ。

「歴史的な文化財を後世まで保存するだけでなく、社会に向けて発信していく責務を担う美術館は、現状を認識するとともに、フェミニズム美術史がこれまでに提起してきた問題を改めて見つめ、美術の語りも更新していくことが今後必要であり、福岡市美術館もまた同じ課題を抱えている」。

冒頭で紹介した紀要論文を筆者はこのように締め括った。ヴィジョンを持つことは大切だが、現実と結びつけないことには、物事や現状は変わらない。足元を確認し、批判的に検証を重ね、一歩ずつ進み、必要に応じて変えていくことにこそ意味がある。現在開催中の「コレクションハイライト」も、その一歩だと考えている。


多義性そのものとしての《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》

7月1日。インカ・ショニバレCBEの屋外彫刻作品《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》が、福岡市美術館の大濠公園に面したアプローチ広場でその全貌を現わした。福岡市制施行130周年と福岡市美術館の開館40周年を記念して、収蔵・設置されたものである。リニューアルの際に生け垣を切り開き、大濠公園の沿路と直結させるべく新設したこの場所には当初より、新たなシンボルとなる作品の設置を検討していた。決定した作家と作品については2019年11月に公表していたが、コロナウイルスの流行に伴う工房の閉鎖や輸送の遅れなども相まってスケジュールが大幅に遅れ、このたびようやく設置、公開となった。


インカ・ショニバレCBE《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》(2021)
Copyright Yinka Shonibare CBE, 2021. Courtesy of James Cohan Gallery, New York


本作については、美術館のブログや2019年の展覧会カタログ内でも解説している。「ウィンド・スカルプチャー」という名の通り、本作は、船の帆のように風を受けはためく布(そしてこの布は「アフリカンプリント」である)をモチーフとする。最初の形は2013年から16年にかけて9体つくられ、第2世代のSGシリーズもすでに5体が発表されている。

ショニバレが作品に多用してきた「アフリカンプリント」は、もともとオランダや英国で機械生産されていたインドネシア更紗の模倣品が西アフリカに輸出され、現地に根付いたものだ。「アフリカ的なるもの」の代表格と見なされてきたものがアフリカ発祥ではないという矛盾、植民地主義の産物としての歴史を持ちながら同時にアフリカの人々の好みのデザインへと変化を重ねアフリカ独立の象徴にもなったという多義性、ハイブリッド性を体現する媒体といえる。

「ウィンド・スカルプチャー」の模様は、既存の「アフリカンプリント」の柄からデザインが起こされる。福岡市美術館に設置された《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》には、所蔵品から「アフリカンプリント」の柄が採用された。日本でもアフリカに向けてプリント綿布を製造・輸出されていた歴史が、本作には刻み込まれている。

《ウィンド・スカルプチャー(SG)Ⅱ》の華やかな、凛とした姿を見ていると、晴れやかな気持ちになる。コロナ禍にあって設置が実現したこの屋外彫刻作品は、美術館の敷地内とはいえ誰にでも平等に鑑賞が開かれている。そして風を味方に、未来に向かって前進しようというエネルギーと希望を感じさせてくれる。

しかし同時に、本作が過去を振り返る重要性も内包していることも、美術館としては忘れてはならないと思うのだ。グローバルな交流という言葉に含まれるはずの、権力構造を下敷きに生じてきた支配被支配の関係や侵略の歴史といったレイヤーを丁寧に考察・検証してゆくことも必要であるだろう。すべてはより良い未来に向けて。


福岡市美術館 コレクションハイライト

会期:2021年5月18日(火)〜通年展示
会場:福岡市美術館(福岡市福岡市中央区大濠公園1-6)
公式サイト:https://www.fukuoka-art-museum.jp/collection/?q=modern#a13707