2021年09月15日号
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キュレーターズノート

風間サチコ作品が俯瞰する2010年代──現在進行形のディストピアでできること

町村悠香(町田市立国際版画美術館)

2021年07月15日号

「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021受賞記念展」は、東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が主催する現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA )」の第1回受賞者、風間サチコと下道基行の2人展として東京都現代美術館で開催された。前半に下道、後半に風間の展示エリアが配され、最後の展示室で両者が作家として初めて発表した作品が並べて展示された。本展についてはすでに多くのレビューが書いているが、本稿では特に風間の大型作品と新作について述べていきたい。

会場の下道の展示エリアを抜けると、風間による新作シリーズで本展のタイトル「Magic Mountain」のロゴが現われる。代表作から最新作まで26点が並び、ほぼ平面作品のみで白黒の木版画が並ぶシンプルな構成だが、目が慣れてくると版木も作品の一部として展示されていることに気づく。展示エリア中程の黒い壁に囲まれた空間に新作が展示されている。そこを抜けると開放的な空間に出て、代表作である大型作品が展示されていた。本企画では作品選定や展示デザインも作家に任されていたという。

2010年代の総括

風間は違和感を感じた社会問題を歴史的・文学的主題と接ぎ合わせてディストピアを練り上げる。さまざまなモチーフが個別のストーリーを展開し、それらが組み合わさって一本筋の通ったテーマが浮かび上がってくる。ストーリー設定の背景には膨大な調査による裏付けがあり、ハッチングや効果線など漫画や挿絵、版画といったモノクロのグラフィックアートで培われてきた表現文法を木版画作品に昇華していることで、鑑賞者は完成度の高い画面に没入することができる。

本展で選ばれた4点の大型作品は、東京を中心とした2010年代の日本社会を総括するかのように四方を囲んでいる。オリンピック、原子力、開発主義の止まらない欲望、SNSの相互監視や言論の自由を主題とした作品を通して、この10年を風間がいかに見つめてきたかを窺い知ることができる。

2隻の戦艦 ─《風雲13号地》と《噫!怒涛の閉塞艦》

四方に囲まれた空間のなかで、戦艦を描いた2点が向かい合って展示されている。順路を進んで左手の《風雲13号地》は風間が初めて手がけた大型作品だ。木版の彫り跡を残さないことで鋭い線やクロスハッチングの効果が生き、劇画の1コマのような精巧さと、横4メートルを超えるサイズのギャップに惹きつけられる。


風間サチコ《風雲13号地》(2005、文化庁蔵[東京都現代美術館寄託]) 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space


中央に描かれた船は戦艦大和がモデルで、船体にフジテレビ本社ビルや東京ビッグサイトなどの建物が載っている。現在のお台場エリアはかつて「東京港埋立第13号地」と呼ばれ、1996年の世界都市博覧会頓挫前後にこれらの建物が建てられた。都市博は都知事が交代して中止になったが、バブル期に計画されたプロジェクトは経済状況が変わっても、一度動き出してしまうとなかなか変更できないことを戦時中の大鑑巨砲主義と重ね合わせている。2005年の作品だが、いまも続く湾岸エリアの再開発は東京に再びオリンピックを招致しようとする原動力のひとつだったことを考えると、本作は2010年代の東京を語る前説の役割を果たしていよう。

相対して展示された《噫!怒涛の閉塞艦》は、中央の船体が波にのまれてほとんど姿が見えない。暗い夜の海のなかで、荒い波濤と噴煙が目に付く。


風間サチコ《噫!怒涛の閉塞艦》(2012、東京都現代美術館蔵) 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space


東日本大震災の翌年に制作された本作は、日本における原子力災害史の歴史画を意図して描かれた。「原子力明るい未来のエネルギー」の標語に象徴される安全神話が崩壊した暗い海に描かれているのは、左から、広島と長崎の原爆投下後のきのこ雲、1946年のビキニ環礁の核実験で沈没する戦艦長門と、1954年に同地で行なわれた核実験で被爆した第五福竜丸、東日本大震災の津波におそわれ、後に水素爆発を起こした福島第一原発、原子力船「むつ」だ。「むつ」はディーゼル機関に換装、「みらい」と改名し、海洋調査船として、原発事故の海洋汚染を調べるため実際に福島県沖にも派遣されている。右隣には、核の平和利用を推し進めた主要人物と経済産業省をモチーフとした《獄門核分裂235》(2012、森美術館蔵)も展示された。

《風雲13号地》、《噫!怒涛の閉塞艦》のメインモチーフとなった2隻の戦艦はどちらもエネルギーを自分ではコントロールできず、進みつづけるしかない。メカニズムに組み込まれることへの嫌悪感とともに、近代的なマッチョな造形物への抗いがたい快感をも否定しないアンビバレントな魅力がある作品だ。

絆と炎上

これら2作品の手前の壁に展示された《人外交差点》では、日本で最も祝祭的な気分が漂う渋谷のスクランブル交差点を、異形の者たちが行き交う魔の交差点に仕立て上げた。


風間サチコ《人外交差点》(2013、A.P.) 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space


交差点中央にある魔法陣では、SNSの炎上で小鳥が燃え上がっている。周囲にはスマホに夢中な人たちが前を見ずにぶつかり合い、ガスマスクをした隣組の人々や、サッカー日本代表勝利に湧く3本足の八咫烏やたがらす、連行される虚無僧らが行き来している。デパートの壁面には自己検閲した戦前のプロレタリア小説の一部が掲げられ、大小の「目」が彼らを見張っている。

震災で謳われていた「絆」が、実は疑心暗鬼、相互監視だったのではないか。そういう疑念から、日本でもっとも監視されている場所として、スクランブル交差点が舞台に選ばれた。「人間が集まることで生まれる禍々しさ」を表現しているという本作は、建物や風景が写実的なスタイルをとるのに対し、人間はキャラクターとして登場する風間作品の特徴がよく表われている。

本作を見て思い出すのはルポルタージュ絵画の代表作である山下菊二《あけぼの村物語》(1953、東京国立近代美術館蔵)だ。山梨県で実際に起こった凄惨な事件に取材した絵画だが、人物は犬やにわとりなどの動物に置き換えられて寓話めいた雰囲気を醸し出している。1950年代前半には数多くのルポルタージュ絵画が制作されたが、すぐにイメージが浮かぶのはこの作品ぐらいではないだろうか。リアルも虚構も過剰になり、かえって生々しさがないことが受け入れられる要因なのかもしれない。

風間の作品に戻ると、画面中央上部から鋭い目で見下ろす飛行機には米軍機を思わせる「米」の字が書かれている。本作を見たあとには《風雲13号地》では画面右のレインボーブリッジの上に戦闘機が飛んでいるのが小さく描かれていたのも気になってくる。2010年代の真ん中の2015年には安保法案が可決された。風間の作品には戦前の日本や、ナチス・ドイツの全体主義と現代を重ね合わせたものが多いが、アメリカとの関係が現代の日本に落とす影をどのように捉えているかも気になってくる。

現在進行形のディストピアを俯瞰する

《人外交差点》の向かいには、《ディスリンピック2680》が鎮座する。東京オリンピック招致の時から構想し始めた本作は、全体主義が駆動するメカニズムを表現しきれる作品の大きさを最初から設定し、縦2メートル、横6メートルを超えた現段階で最大の作品となった。


風間サチコ《ディスリンピック2680》(2018、A.P.) 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space


この作品の舞台となっているのは石灰石の採掘が進む廃墟であり、建設中でもある巨大競技場で、太陽とピラミッドを中心とした左右対称の構図で描かれている。画面左下部では、戦前の徴兵検査で上位の「甲種合格」を果たした男子が行進している。その様子は明治神宮外苑競技場の学徒出陣壮行会を思わせる。一方、右下部では兵隊に適さない「丙」「丁」の烙印を押されたキャラクターが生コンクリートに埋められ、人柱になっている。

「優生思想に支配されたディストピアでの開会式」という設定の競技場は今まさにクライマックスを迎えようとしている。人間大砲から放たれた選ばれし男子が太陽の如き卵子に受精せんとしており、ここでも違った意味での生贄が生まれようとしている。大砲のシンメトリーには断種された「石女うまずめ」の寓意である顔と手を断ち切られた女性の石像が据えられている★1

「幻のオリンピック」と呼ばれる1940年の東京オリンピックは皇紀2600年を祝した行事として予定されていたが、この年は優生思想に基づく国民優生法が制定された年でもあった。中央でマスゲームに励む少女たちはタイトルにつけられた「二六八〇」を人文字で作り、80年ぶりの幻のオリンピックの再現に動員されている。容器のような巨大建造物に入れられ、与えられた役割を果たすほかないキャラクターが繰り広げる物語を神の視点から見下ろす本作は、風間の世界観が詰まった代表作のひとつだ。

本作は2018年に発表してからオリンピックまでの間に全国各所で展示することを想定して、小さな紙のピースに分割できるようになっている。筆者は原爆の図丸木美術館でお披露目された当日に見ることができた。直前まで仕上げをしていたそうで、展示室に充満していたインクの匂いが忘れられない。あれから3年、新型コロナウイルスのパンデミックで、ここまで予言的な作品になると誰が予想していただろうか。風間自身も違和感を感じた出来事が現実に近づいていくことの恐ろしさを感じたという。

本作を見たあとに、あらためてこの空間に選ばれた他の大型作品を見渡すと、東北の「復興五輪」の旗印のもとにオリンピックの招致活動が行なわれたことが思い出される。状況が変わっても巨大プロジェクトが突き進められることに、SNSで「一億総批評家」がツッコミを入れるが、言い争いをしているうちに抑圧されている側が分断されて社会変革が阻害されてしまう。2010年代を総括するようなこの展示空間に身を置くと、現在進行形のディストピアの舞台に置かれた私たち自身を俯瞰できる。

新型コロナ流行下の読書の旅で

さて、本展は本来、海外活動の支援として調査の機会が与えられたTCAA受賞者の成果報告がなされるはずだった。風間は2020年3月にドイツ渡航を予定していたが、新型コロナウイルス流行の影響で果たせず、代わりにトーマス・マンの長編小説『魔の山』を読む「リモート登山」の成果を新作で発表した。この小説は約100年前の第一次世界大戦前、スイスのサナトリウムを舞台にしている。風間は物語を、結核で肺を病んだ主人公の青春のモラトリアムの時間と読み解き、コロナでステイホームを余儀なくされた現代の私たちと重ねた。黒い壁で囲まれた空間の中心に《ツァウバーベルク》、脇に『肺の森』シリーズ6点が展示された。


風間サチコ《ツァウバーベルク》(2021、作家蔵) 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space


《ツァウバーベルク》は版木と版画を上下に組み合わせ鏡面のように見せることで、湖面に山が映った風景が表現されている。太陽が昇る朝のはずなのに湖面には月が浮かび、月と太陽が一緒に昇る体験をしたという物語の一場面が再現され、死と生が表裏一体であるという意味が込められている。

一度摺った木版画の版木をさらに彫り進め、一部は黒く塗りつぶし、コラージュで船を加えた複雑な画面構成で、静かだがいつまでも見飽きない。過去作は風間が練り上げた物語を読み解く面白さがあったのに対し、トーマス・マンの小説を解釈した本作は山と湖面の神秘的な情景にテーマを絞っている。その反動なのか、風間は本シリーズに14,000字近くあるテキスト「魔の山考(菩提樹によせて)」を執筆した。身も蓋もないのにサービス精神旺盛でクスリと笑えるような多弁な作品から本作のような見る者に委ねるような作品まで、今後の風間作品がどのように展開していくのかますます見逃せない。

時代と「私ごと」

本稿で述べてきた2010年代を総括するような大型作品は、風間の作品のなかでも、同時代の共通体験を描いた作品だ。だが今回あまり展示されなかった中型作品には社会問題に即応したストレートな政治風刺作品もある。ハイコンテクストな作品が選ばれ、ホワイトキューブでのプレゼンテーション方法が洗練されていくのと比例して、風間自身の感情が見えにくくなっているようにも感じた。

本展でも展示された《獲物は狩人になる夢を見る》(2016、RED AND BLUE GALLERY蔵)は風間の学生時代の暗い思い出がインスピレーション源で、生々しく強烈な破壊力を持っている。深い思考を張り巡らせた大作と同時に、個人的には風間が自身の生活のなかで感じた、一見くだらなくて取るに足らないような疑問や生きづらさから生まれる作品も見続けたいと思った。

「社会問題」を消費しないために

緊急事態宣言による臨時休館の影響で、会期が2日間延びた最終日の翌日6月23日は、奇しくも国際オリンピックデーに当たる日だった。同時にこの日は「反オリンピックの日」でもあり、デモだけでなくSNSのハッシュタグ・アクティヴィズムが行なわれ、そのなかのひとつに、木版画コレクティブA3BCの《Tokyo 2020》もあった。


A3BC《Tokyo 2020》(2020、個人蔵)


A3BCは東京を拠点とするコレクティブで、社会的なテーマの木版画を集団制作し、街頭やSNSなどで発表してきた。多くのメンバーは本業の傍らで活動に参加している。女性メンバーが多く、近年はフェミニズムやベラルーシへの連帯などメンバー個人の切実な問題に寄り添う作品も発表している。各国のコレクティブとのネットワークをもち、これまで環境問題を音楽と版画で訴えるインドネシアの「Denpasar Kolektif」(デンパサール・コレクティブ)との共同制作や、アメリカ・カナダ・メキシコのメンバーから成るアート・コレクティブ「Justseeds」が各国のアーティストと組んで民衆運動の歴史を200枚以上のポスターで綴ってきた「Celebrate People’s History Poster Series」というプロジェクトにも参加している。彼らのコラボレーションを通して知る世界のアーティスト、アクティビストの動向からは学ぶことが多い。


東京のインフォショップIRREGULAR RHYTHM ASYLUMでの「Celebrate People’s History」ポスター展示販売風景(2021年7月)。
このプロジェクトをまとめた書籍の発行にあわせて開催された。


風間は先述の「魔の山考(菩提樹によせて)」のなかで、『苦悩百科辞典』の編纂に関わる小説の登場人物と自らを含めた美術家を重ね合わせ、このように述べている。


社会問題を提起することで何か革命でも起こせるかのようなアートの買いかぶりはどうだろう? アートという不確かで曖昧に見える存在を、世間に不可欠でエッセンシャルなものと認知してもらうための「問題」の陳列なら、それは〈苦悩百科辞典〉と同様のナンセンスな独りよがりとなるであろう(そう、私の作品も!)


この言葉はアーティストだけでなく、共犯者であるキュレーターや観客にも響いてくる。風間が見せてくれた圧巻の作品と思考の空間を「私は彼女の作品をわかっている」と溜飲を下げるために消費するのではなく、いま自分の置かれた場でささやかでも行動を起こす原動力として受け止めなければならないだろう。


★1──「石女」は自然に妊娠できない女性を指す語だが、本作では古代の廃墟や石像の連想から、断種された女性をイメージしている。


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Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展 風間サチコ、下道基行

会期:2021年3月20日(土・祝)〜6月22日(火)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F(東京都江東区三好4-1-1)
公式サイト:https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/exhibition/exhibition_2019_2021.html

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