キュレーターズノート

答えのない問いに向き合う作法、アートセンターがハブになる未来

会田大也(山口情報芸術センター[YCAM])

2022年11月15日号

現在山口市では、山口情報芸術センター[YCAM]で制作された作品《Forest Symphony》と《water state 1》の2点が、市内の常栄寺雪舟庭および山口情報芸術センターサテライトAの2箇所で展示されている。「Yamaguchi Seasonal 2022」と称されるシーズン企画で、坂本龍一+YCAM InterLabによる《Forest Symphony》および、坂本龍一+高谷史郎による《water state 1》は、森林や水といった対象を現代の技術で捉えることで、日本の自然観を描き出しているとも捉えられる作品だ。
2020年度に行なわれた「山口ゆめ回廊博覧会」のプレ企画として山口市内の同会場で展示された年から数えて、3年目の展示となるが、Seasonalと冠されたシリーズタイトルには、この時期の山口の風物詩となれば、という願いが込められている。YCAMからあえて離れた位置にそれぞれ作品を展示しているのは、山口が持つ、自然と文化が豊かな地域の魅力にも触れてもらいたいという意図もある。


坂本龍一+YCAM InterLab《Forest Symphony》(2013)インスタレーション、YCAM委嘱作品[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)/画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


坂本龍一+高谷史郎《water state 1》(2013)インスタレーション、YCAM委嘱作品[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)/画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



架空の学校「アルスコーレ」

これらの展示に関連して現在、やまぐちアートコミュニケータープログラム2022 架空の学校「アルスコーレ」という企画が進行中だ。これは、地域にアート作品が設置されている環境のなかで、まちとアートをつなぐ取り組みを、公募で集まった地域の住民自身が担っていくアートコミュニケーター育成事業である。2021年度から活動を開始しており、今年度はプログラム・ディレクターとして三宅航太郎を迎え、活動全体またはその活動が行なわれる街そのものをひとつの学校になぞらえ、対話型鑑賞の手法を学ぶ研修や、活動拠点となる空き家のリノベーション、オリジナルのワークショップの企画運営といったさまざまな活動を実施していく。学校といっても、先生から生徒に知識が移っていく効率的な学びではなく、参加者自らが活動を起こしていくことで、それまで体験したことのない経験を積み重ねていく、ある意味では効率のよろしくない学舎といえる。参加者たちはその都度知恵を絞って工夫を凝らしながら、運営メンバーと相互に学び合うようなイメージで進行していく。アルスコーレというタイトルの語源に含まれるScholē(スコーレ)には、閑暇、ひまという意味がある。学ぶ暇のある裕福な身分の人だけが通えたという側面もあるが、予定でびっしり埋められた現代の学校とは意味合いが真逆になっているのは皮肉なことだ。


やまぐちアートコミュニケータープログラム2022 架空の学校「アルスコーレ」[画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



調べ学習と、技術のコモディティ(日常の道具)化

学校といえば、先日発表された第19回日本e-Learning大賞(主催:日本オンライン教育産業協会、産経新聞社)において、YCAMが開発した教育プログラム「360°図鑑」が文部科学大臣賞を受賞した。小学校のカリキュラムのなかに含まれる地域の調べ学習(生活・社会などの授業で実施)を基盤とし、調べた内容をテキストや動画・静止画にまとめ、それらの情報をドローン撮影した360°図像にマッピングしてインターネットから閲覧できるようにしたものだ。YCAMの研究開発プロジェクトである「未来の山口の授業」の一環として2021年度から開発を進めてきた。子どもたちにとっては授業を通してグループメンバーと協働しながら調査したり、結果をまとめたりし、またメディアの効果的な活用方法を学ぶことができる。そして何よりその成果をクラス内の壁新聞で発表するのではなく、インターネットを通じて自分たちの地域を広く紹介できるという喜びがある。「僕らのまちを、世界の人たちに見せるんだから!」と意気込む微笑ましい様子が授業中にも見受けられた。学んだ内容や成果をクラスや学校という枠組みを超えて実際の社会とつなげて思考できるというのは、モチベーションの源泉にもミッションを担う責任感にもつながる。


360°図鑑[画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


「360°図鑑」は学校教育のなかに導入されたひとり1台端末やドローンのテクノロジーを応用して実現されているが、こうしたテクノロジーがコモディティ(日常の道具)化していく恩恵はYCAMにとって追い風だ。2003年の開館当初は、ビデオカメラや通信ネットワークといった情報通信技術がコモディティ化し、それまで専門業者だけが取り扱えた道具が、多くの人たちの手に届くようになった。2015年に「YCAMバイオ・リサーチ」を展開し始めた時期もバイオテクノロジーのコストが一気に低価格化してきた時期であった


YCAMバイオ・リサーチ[撮影:田邊アツシ/画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


コモディティ化は低価格化だけでなく利用者にとっての利便性にも寄与する。現在と10年前ではiPadの手ブレ補正機能や動画編集機能にも大きな隔たりがある。機材の進化そのものに慣れてしまった感はあるが、この5〜10年での進化だけとっても大きな前進と言えよう。

そのことを実感したのは、筆者が担当として実施した「ビデオ・プリゼント」という企画だ。この企画は厚生労働省令和3年度障害者芸術文化活動普及支援事業の一環として行なったもので、自閉症や学習障害と言われる障害のある参加者とともに映像作品を撮影して公開するプロジェクトだ。まず参加者へ三脚とiPadでの撮影方法を伝えて、普段散歩をしたり馴染みのある場所へロケに向かう。普段自分が見ているように映像を撮影する、ということを伝えてから30秒〜1分程度、固定位置、ズームイン・アウトなしのリュミエール・ルールと言われる原初的な撮影技法に近いやり方で撮影を行なってもらう。


ビデオ・プリゼント[画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


その後、同じiPadで簡単なカット編集の方法を教えると、ほとんどの参加者は自分ですぐに編集をし始める。不要な箇所を取り除き並べ替えるだけだが、実は意図があって撮影していたり、撮影された素材に共通点が見出せたりする。参加した子どもの母親が「この子が普段、こんな風に景色を眺めていたのか、と今日の作品を観て初めて気がつきました」と感激を伝えてくれたことが印象的だった。すぐそばに居ながらも、彼らがどのように風景を見て、世界を捉えているかが、作品になってみて初めて見えることがあるのだ。


活動の中心部にアート制作があることで

さて、上記に紹介してきた一見関係ないように見える各種の事業だが、YCAMとしては「外部連携」という部署で実行されているという共通点がある。ありがたいことにこれまでもYCAMには共同研究や協働パートナーとなる大学などの研究機関や一般企業からの各種依頼が舞い込んでいたが、館としてのミッションはあくまでも新規のアート作品の制作と発表なので、これらの外部連携事業については片手間に実施せざるを得なかった。しかし新しいアートセンターのあり方を模索するなかで、外部からの依頼についてを一括して受け持つ部署を3年前にいったん立ち上げ、そこでまとめて連携事業を担うかたちとしてみた。YCAMがこれまでアート制作で培ってきたさまざまなノウハウを社会応用として実現させるためには、一定のノウハウの集約が必要だと考えたのだ。

実は、先に紹介した「Yamaguchi Seasonal」の一部やアートコミュニケータープログラム「アルスコーレ」は、山口市の中心市街地活性化室との協力によって実行し、また「360°図鑑」を実施した「未来の山口の授業」は山口市教育委員会との連携、そして「ビデオ・プリゼント」は厚労省の事業を受託している「NPO法人脳損傷友の会高知青い空/中国・四国 Artbrut Support Center passerelle(パスレル)」と連携して実施している。

これらの事業予算についてはYCAMが捻出するというよりも連携を申し出てくれたパートナーにカバーしてもらうかたちを取っている。そして具体的な企画を考えたり実行したりするための人員は、これまでYCAMが築いてきた人的ネットワークを通じてさまざまな協力者たちと連携していくことになる。YCAMは各種課題を解決するためのアイデアと座組を形づくり、具体的な契約手続きや予算の割り振りなどを担う。

こうした外部連携の企画というのは、本来YCAMが担っているアートの制作とは異なり、解決したい具体的な悩みや課題をパートナーが持ち込むことが多いが、解決のプロセスを形成する知恵のなかには、アート制作で培った知恵や人材ネットワーク、そして具体的なメディアテクノロジーの応用ノウハウなどが存分に活かされる。つまり、YCAMの活動の中心部にアート制作があることで、周辺部にさまざまなソリューションを形成できるということになるのだ。


「本来とは異なる使い方」を模索する

こうした事業をこなしていくなかで浮かんでくるのは、所与の条件、与えられた課題のなかでなるべく高い点数を取るという発想とは真逆の、所与の条件そのものから疑って根本的な課題設定から設計し直すというメタ思考の発想だ。実はこうしたそもそもから考え直す課題の捉え方は、美術系の大学や、アートの制作のなかでは当たり前のように模索され、培われる考え方なのではないだろうか? 私自身が通っていた美術大学の授業のなかでは、与えられた課題に対して、教える教員の想定の範囲内で答えるのでも良いが、その教員の想定を超えるような発想の転換を伴った回答が面白がられる、という経験が少なくなかった。これによって、答えのない課題に向き合うための作法のようなものが身に付いていたとも言える。

さらに付け加えると、YCAMが取り扱っている「メディア」という道具は、ありとあらゆるものと結びつく特性がある。その言葉通り媒介物(メディウム)であるので、ひとつの技術が創作に応用できる一方で、福祉や産業と結びつくことも容易なはずだ。

メディアアーティストはつねにメディアテクノロジーを批判的に捉え、技術を本来とは別の使い方ができないか模索している。世界に目を向ければ、そこでは未曾有の事態があらゆるところで起きている。そうしたなかで、答えのない問いに向き合い、ひとつの技術を多様に用いて、社会応用に適用していくというのは、YCAMがアートというフィールドで培った多くのノウハウをリサイクルして展開していく、ひとつの道筋のモデルになり得るのではないだろうか。



★── ヒトゲノムの解読にかかる費用は、2001年では1億ドルだったのに対し、2015年には1000ドルまで、つまり10万分の1まで低下した(出典:https://www.genome.gov/sequencingcosts)。



Yamaguchi Seasonal 2022
Forest Symphony + water state 1

会期:2022年9月17日(土)〜12月25日(日)
会場:山口情報芸術センター[YCAM]サテライトA(山口県山口市駅通り1-5-25)、常栄寺(山口県山口市宮野下2001)
公式サイト:
https://www.ycam.jp/events/2022/forest-symphony/
https://www.ycam.jp/events/2022/water-state-1/

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