キュレーターズノート
絡まり合うあれこれ──複合施設「美術館・図書館」としての展覧会
矢ヶ﨑結花(太田市美術館・図書館)
2023年06月15日号
対象美術館
群馬県、東武伊勢崎線太田駅を出てすぐの場所に小高い山のような、公園のような、とても目をひく建物がある。それが太田市美術館・図書館だ。図書館と美術館が隣り合わせ、もしくは同じ建物のなかに入っている美術館は多々あるが、それに類するものではない。美術館と図書館が、建物の内側と外側が、人工物と自然が、学びと憩いと遊びがゆるやかに溶け合っている。展覧会も本と美術+αのケミストリーをねらうようなユニークな企画が多い。今号より「キュレーターズノート」に太田市美術館・図書館のキュレーター、矢ヶ﨑結花氏に執筆陣に加わっていただく。(artscape編集部)
太田市美術館・図書館は今年で開館7年目を迎えた比較的新しい施設だ。平田晃久による有機的な空間構成の建築は、初めての来館者にとって迷路のように感じられるかもしれないが、それもまた当館の理念を体現しているもの。迷って、行ったり来たりして、その途中で出会って、感じて、得て、深めて、また迷って……そんな創造的迷子になれるのが当館だと思っている。
1.絡まり合うあれこれ─建築と活動─
太田市は、群馬県南東部に位置し、埼玉県熊谷市、深谷市、栃木県足利市に隣接している。地理的に見れば、関東平野の北部であり、長い日照時間と豊富な水資源を生かして、農産物の生産も盛んだ。しかし主要産業の観点から見ると、中島飛行機、富士重工業、SUBARUと変遷を遂げた当市を代表する企業が示すように、自動車産業をはじめとした工業のまちとして知られる。これにともない、外国人人口が多いということも特筆に値する。その他、歴史的に見れば、東日本最大級と言われる大前方後円墳「天神山古墳」(国指定史跡)や「女体山古墳」(同前)
が市の東部に存在し、太田の風景の一部となっている。それまで美術館のなかった当市に太田市美術館・図書館がオープンしたのは、2017年だ
。2013年に太田駅旧北口ロータリー跡地を市が購入し、美術館と図書館を核とした文化交流施設として整備することとなった。2014年3月、建築の設計者が平田晃久建築設計事務所に、同年10月、施設ソフト面の管理運営計画を担う事業者がスパイラル/株式会社ワコールアートセンターに、それぞれプロポーザル方式で決定された。現在、当館の運営は太田市および(一財)太田市文化スポーツ振興財団により行なわれている。当館のコンセプトに関しては、スパイラル/株式会社ワコールアートセンターのディレクションにより、市の担当者や関係者、市民との対話を重ねながら策定された。そこで定められた基本理念は、「創造的太田人─まちに創造性をもたらす、知と感性のプラットフォーム─」だ。「ものづくりのまち太田」という文脈と、美術館と図書館の複合性、そして「まち」へ展開するための拠点という意味が込められている
。建築の設計に関しては、市民やディレクションチーム、市職員を交えてのワークショップを合計5回実施し、設計案が決まった
。このワークショップに関しては、ファシリテーターを担った氏原茂将の「市民と〈設計〉した公共空間─太田市美術館・図書館における基本設計ワークショップ─」 に詳細が記されている。「市民と〈設計〉した」とあるように、ワークショップでは、展示室の数やゾーニング等に関する平田が用意した選択肢に対して、ワークショップ参加者がアイデア、要望、希望を発し、それを「総意」として踏まえながら、館の骨格が方向付けられていった。そうして、グランド・オープンとなった当館は、3階建てのそれぞれの階に展示室と図書エリアが存在し、ゆるやかなスロープがそれらをつなぐ構造となっている。屋上はデッキに加え、芝と樹木により緑化されており、ところどころにある丘状の起伏は、東側に望む天神山古墳を想起させる。この建築は、最近でも「2022年日本建築学会賞(作品)」を受賞し評価され続けている。その授賞理由にはこうある。
本作は散らばる諸機能がそのシティスケープに単に顔を出す以上に互いに濃密に関係性を作って、美術館と図書館を同時に体験するような複合性にまで届いている点、小ぶりな規模を逆手にとって建物全体が美術館や図書館、イヴェントスペースに変容する感覚がある点など、その内なる都市性が非常に高い次元で結晶していて、時代を画する作品であると認められた
当館の建築は、施設の方針・用途と密接不可分の関係にある。数々の専門的な協議とワークショップによってかたちづくられた、美術館と図書館とがゆるやかにつながりつつ存在する空間は、「建物全体が美術館や図書館、イヴェントスペースに変容する感覚」の得られる、モノ、コト、人が絡まり合う場だ。設計者の平田が提唱する「からまりしろ」という造語が、「混ざり合うのではなく、それぞれの差異を保ったまま、からまり合う
」場を意味するように、当館は多様な主体、出来事を前提にして、試行錯誤しながら、その都度オリジナルの事業を組もうとしている。当館の建築と事業は、建築が事業に影響を及ぼし、また、事業が建築に新たな光を当てる、という進化し続ける関係性を有していると考えている。2.絡まり合うあれこれ─本と美術─
繰り返しになるが、当館の建築は、基本理念に基づいて設計された「美術館」でも「図書館」でもない、「美術館・図書館」という施設の特色を体現するものである。異なるもの同士が合体してひとつになること、言い換えれば、それぞれの境界を取り外して一緒にしてみること、あるいは、それぞれの存在を別角度から見たときの景色を示してみること、そうしたことを展覧会でもおこなってきたと思う。
例えば、「本と美術の展覧会」シリーズが挙げられる。これまで、vol.1「絵と言葉のまじわりが物語のはじまり~絵本原画からそうぞうの森へ~」(2017年8月4日~10月22日)、vol.2「ことばをながめる、ことばとあるく──詩と歌のある風景」(2018年8月7日~10月21日)、vol.3「佐藤直樹展:紙面・壁画・循環」(2019年6月29日~10月20日) 、vol.4「めくる、ひろがる─武井武雄と常田泰由の本と絵と─」(2022年3月5日~5月29日)を開催してきた。それぞれ、絵本、詩、歌、壁画、デザイン、版画、刊本作品等、本と美術との接点を各種の切り口から見つめ、それぞれの交わりが展覧会となっていた。多くのアーティスト、デザイナー、技術者の協力により、普段は本を広げ、その文字を追うことで受け止めている詩や歌、物語までもが、その解釈に応じた視覚的表現によって館内に展開されてきたのだ。そうすることで、本を広げて受け取るイメージとはまた違った側面から湧出するイメージが、詩や歌、物語といった作品に肉付けされていっただろう。
筆者が担当した「めくる、ひろがる」展では、「めくる」動作に着目し、童画家・武井武雄(1894-1983)と版画家・常田泰由の作品を紹介した。“めくられることで生み出されるイメージ”を見てもらうために、武井による、「本の宝石」とも称される「刊本作品」や絵雑誌の原画、版画と、常田による、身の回りのかたちから出発する版画や本の作品を展示した。「めくる」動作それ自体も見てもらうため、両者の本の作品はめくっていく映像も展示した。また、常田の作品に限っては、手に取ってめくれる作品も展示し、来場者は手袋越しではあったが、紙の質感やページごとのイメージの移り変わりなどを楽しんでいた。思えば、図書館の本は、触れることはもとより貸し出しさえ可能であるのに、展示室の作品に触れることは厳禁だ。いくら美術館と図書館の複合施設であっても、取り扱う資料の性質を乗り越え、両者を同一地平上に並べるのは難しい。しかし、本展では触れてめくることが重要な要素である「本の
3.絡まり合うあれこれ─最近の展開─
2023年5月7日に閉幕した企画展「なむはむだはむ展『かいき!はいせつとし』」も、異なるもの同士が合体する当館の姿に重なり合う。「なむはむだはむ」は、「子供たちのアイデアを大人たち(プロのアーティスト)がなんとか作品にする」をコンセプトにしたプロジェクトであり、アーティストユニットの名称だ。メンバーは岩井秀人、森山未來、前野健太であり、本展では美術家の金氏徹平も加わり、立体作品や映像、写真、グラフィック、音による展開で当館の空間を変容させた。子どもと大人という、地続きにはあるが概念上区別される両者が、表現を通して出会い、ぶつかり、合体して新しいなにかになるこの取り組みを、当館全体を会場にして実施した展覧会だった。
本展の依頼に際しては、私自身の関心事も関係している。というのは、筆者が研究テーマとしていたのは、美術館における教育普及活動と芸術それ自体の関係であった。ギャラリートークに代表される鑑賞を補助するための各種活動、あるいはワークショップという営みなど、それらが芸術それ自体の変遷とどうかかわってきたのか、ということを考えてきた。当然ながら、美術館での教育普及活動は、そこに展示される芸術作品の変遷、展覧会という制度に即して変化した。現在では、教育普及活動自体がプロジェクト型の作品と一体となり、教育普及活動と作品との境界が曖昧になっているとも言える。言い換えれば、こうしたプロジェクト型の作品を、美術館の教育普及担当者とアーティストが協働して立ち上げているのだ。千葉市美術館での「つくりかけラボ」シリーズは筆者も拝見したことがあるが、協働と作品化が毎回見事に実践され、継続的に展開されている事例であると捉えている。
このような状況の中で、ワークショップ的な展示、つまり、過程を重視する展覧会ができないか、ということを漠然と考えていたところに、「なむはむだはむ」との出会いがあり、さまざまな協力を得て展覧会開催に至ったという経緯がある。
とはいえ、そもそも舞台の上や画面のなかで「活動」してきたプロジェクトを美術館での「展示」に置換する、ということは、普通に考えて簡単なことではない。アーティストの身体自身とそれによって生み出される出来事、音楽の総体を一定の時間をかけて示すこれまでの展開に対して、展覧会では、平面や立体のモノ、グラフィック、映像、写真などを個別的に示すこととなる。「活きて動く」アーティストのありようは、客席に座る観客により視線が注がれるが、「
「2022年日本建築学会賞(作品)」授賞理由の引用にあるように、当館は「建物全体が美術館や図書館、イヴェントスペースに変容する感覚」を引き起こす遊びがある。「なむはむだはむ展」では、この遊びを最大限に活用し、子どもと大人の表現の合体を館(とその周辺の環境)にぶつけ、違和を生じさせることで、大規模なインスタレーションが成立していた、と考える。
4.絡まり合うあれこれ─地域と共に─
「なむはむだはむ展」会期中におこなわれたイベント「太田deなむはむだはむ」(2023年4月22日、23日)では、太田で生まれた物語
を題材にしたパフォーマンスの、公開クリエーションと発表を当館にて予定していた。が、発表されるパフォーマンスは参加型の「なむはむだはむ大運動会 2023年」となり、会場も館から徒歩20分ほどの太田市天神公園に変更した。当初予定していた定員から人数を増やすにあたり、改めて会場設定を検討しなおした結果、公園が最適であると判断したのである。会場には市内外から総勢180人ほど(抽選)の参加者があり、2時間弱の間、見慣れない種目ばかりの「大運動会」は快晴の空のもと繰り広げられた。種目はいずれも子どもたちの物語を土台にした「50センチおそ競争」、「しょうがい物レース」、「宝拾い」、「展らん会のことば」、「かんさつ会」という5つ。それぞれに異なる物語から生み出された内容が用意されており、参加者はそれに参加したり、観察したりしつつ、途中で「運動会歌」と呼ばれる歌の合唱が挟まったり、ロック調のライブが始まったり、物語の内容を模した身体表現を真似してみたり、とにかく色々なことが繰り広げられた
。この運動会は、当初、“新しいお祭り”、あるいはジョン・ケージの《ミュージサーカス》(1967)もモデルになっていた。《ミュージサーカス》とは、その場に居合わせる全員が、同時に音楽の演奏やダンス、パフォーマンスを繰り広げるイベントだ。タイトルはケージが生み出した造語で、文字通りmusicとcircusが組み合わされている。初演では5,000人もの人々がその場に居合わせたらしい
。規模こそ異なるが、「大運動会」も《ミュージサーカス》さながら、常に何かが鳴り響き、たまに「運動会歌」で不揃いなユニゾンがあり、基本的には異なる人の動きがあった。振り返ってみれば、美術館・図書館で繰り広げられた展示内容を2時間弱に凝縮したようなイベントであった。来場者一人ひとりが普段の役割から解放され、表現に向き合う場であった展覧会を、より多くの人と、時間と動きを共有しながら過ごした。そんなイベントアンケートには、次のようなものがあった。
中学2年生の時、太田市美術館で行われた淺井裕介さんのマスキングテープのワークショップ
に参加して、世界が広がりました。地元の子供たちもたくさんの経験をして世界が広がるといいなと思います。美術館・図書館で作品に触れ、アーティストと共に体験し、図書を読み込み、成長している人たちがいる。そして、次世代に向けて多様な経験を重ねてほしいと願っている。「知と感性のプラットフォーム」としての当館の存在が、太田の地で、少しずつではあるが、着実に機能していることを実感した声だった。異なるもの同士の出会いは、作品や概念だけではない。美術館・図書館の場や、展覧会、イベントで、異なる人同士が出会い、そこで生まれる活動によって絡まり合うことで、地域や人々と共に美術館・図書館も成長していくのだろう。
当館では、この土地の風土に根ざした展覧会も開催している。からっ風が吹き荒ぶ太田の土地で、複合施設「美術館・図書館」としての展覧会や活動をこれからも実施していきたい。
本と美術の展覧会vol.4「めくる、ひろがる─武井武雄と常田泰由の本と絵と─」
会期:2022年3月5日(土)〜2022年5月29日(日)
会場:太田市美術館・図書館
群馬県太田市東本町16番地30
なむはむだはむ展『かいき!はいせつとし』
会期:2023年2月18日(土)~2023年5月7日(日)
会場:太田市美術館・図書館
群馬県太田市東本町16番地30
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