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[PR]これからの美術館に求められる機能──千葉市美術館「つくりかけラボ」が示すこと
佐藤慎也(日本大学理工学部建築学科教授/八戸市美術館館長)
2021年12月01日号
対象美術館
千葉市美術館に昨年から設置されたスペース「つくりかけラボ」。「五感で楽しむ」「素材にふれる」「コミュニケーションがはじまる」という三つの軸のもと、従来の展示室とは異なる発想でスタートしたこの場所では、すでに複数のアーティストによる滞在制作や、市民参加型のワークショップ、あるいは全館を巻き込む仕掛けが施された展示プログラムなど、一見分類不可能なものも含めた多種多様でユニークな実践が始まっている。
美術館という場所には、いまどのような機能が期待されているのだろうか。建築家であり、今年11月にオープンした八戸市美術館の館長も務める佐藤慎也氏に、今年の7月から10月にかけて展開され、各所で話題を呼んだのも記憶に新しい「飯川雄大|デコレータークラブ──0人もしくは1人以上の観客に向けて」(つくりかけラボ04)を事例のひとつとして、これからの美術館がもたらす「もの」「こと」の多面的な可能性についてご寄稿いただいた。(artscape編集部)
建築計画から見る「つくりかけラボ」
「つくりかけラボ」とは何だろうか? 筆者は美術館などの建築計画を専門としているが、その視点から考えると、美術館の各室の計画は、そこで行なわれる活動によって規定されることになる。保管が目的であれば収蔵庫と呼ばれる部屋が計画されるし、展示が目的であれば展示室と呼ばれる部屋が計画され、調査研究には学芸員室、教育普及にはワークショップルームやレクチャールーム、観客サービスにはエントランスホールやミュージアムショップなどと続く。どんな活動を行なうかによって、部屋の大きさ、床や壁などのつくりかた、設置される設備や家具が選ばれる。それでは、「つくりかけラボ」では何が行なわれているのだろうか?
「つくりかけラボ」は、千葉市美術館が2020年にリニューアルした際に、新たに設置された部屋であり、プログラムである。もともと千葉市美術館の下層部には中央区役所が複合されていたが、区役所の移転に伴って空いた階に、常設展示室などの美術館機能を追加させたもののひとつである。ホームページの施設紹介によれば、「子どもアトリエ」という名称も見られ、基本的には子どもを対象とした教育普及のための部屋と考えられる
。「つくりかけラボ」の面積は約136㎡であり、小学校普通教室の標準的な面積が64㎡なので、ちょうど教室二つ分くらいの大きさである。長手の壁面が全面ガラス張りとなっており、吹き抜けに面する廊下から内部を覗き込むことができる。アトリエと名づけられたワークショップや創作活動を行なう部屋であれば、一般的に作業のためのテーブルや椅子が置かれることになるが、各回の活動の様子を見ると、「つくりかけラボ」には決まった家具は置かれていない 。また、天井には照明を取り付けるためのレールがあり、一見すると展示室のようにしか見えない。最初の企画である「遠藤幹子|おはなしこうえん」(つくりかけラボ01)では、「実際に会場に集まってワークショップを重ね、その成果を反映させることにより空間を作っていくこと」 が意図されており、そこはさまざまなワークショップの場となっていた。「志村信裕|影を投げる」(つくりかけラボ02)では、「つくりかけラボ」は二つに分けられ、入口側はテーブルと椅子が設置されたワークショップの場となり、奥側はワークショップの成果などを映写する展示の場であった。ワークショップの場に置かれた棚や家具は、アーティストのドローイングをもとにつくられたもので、その空間自体がインスタレーションとしての質を確保していた。「武藤亜希子|C+H+I+B+A ART シェアばたけ」(つくりかけラボ03)では、テーブルと椅子が置かれたワークショップの場でありながら、その場でつくられた制作物が加えられていく展示の場でもあり、さらには、アーティスト自身の継続的な滞在制作の場でもあった。
つまり、「つくりかけラボ」への来場者は、それらのワークショップに参加したり、成果を鑑賞したりすることになる。しかし、「飯川雄大|デコレータークラブ──0人もしくは1人以上の観客に向けて」(つくりかけラボ04)では、ワークショップらしいものは行なわれていないし、その成果が展示されているわけでもない。そこには、アーティストの手による作品(とガイドツアー)だけがあるように見えた。
もうひとつの展示のための部屋
ここで、「飯川雄大|デコレータークラブ──0人もしくは1人以上の観客に向けて」を詳しく見ていきたい。タイトル前半の「デコレータークラブ」とは、「世界中の海に生息し擬態する性質を持った蟹の名前」のことである
。その蟹を起点とした一連の作品は、「つくりかけラボ」が位置する階のロビーや廊下の各所だけでなく、別の階にまで拡大している。天井の高さギリギリに立つピンクの猫、あちこちに置かれた異様に重いバッグたち、デコレータークラブについて語られる映像は、いずれも展示の一部である。そして、「つくりかけラボ」に向かうと、茶色い大きな箱で廊下が塞がれていて、かろうじて開いている入口から入ると、右側が黄色い大きな箱に塞がれた通路状の空間があり、その突き当たりに「UP」と「DOWN」と書かれたハンドルがある。それを回すためには力が必要であるが、回しても足下にあるバッグがロープに沿って動くだけで、力を入れる割には変化が少ない。そして、その空間だけだと思っていると、壁(大きな箱)を押すことにより空間が広がり、通路が生まれていく仕掛けをパズルのように解いていくと、最終的に隣の部屋にたどり着く。さて、飯川の作品はこれで終わりだろうか? そして、タイトル後半の「0人もしくは1人以上の観客に向けて」とは、どういう意味だろうか?実は、先ほどのハンドルを回すとき、0人もしくは1人以上の観客に向けて、この美術館では大きな変化が起きている。筆者は飯川自身によるガイドツアーに参加したのだが、ツアーは「つくりかけラボ」での体験のあと、エレベーターで1階に降り、美術館の外へ出ていくことになる。そして、路上で見ることになるのは、美術館の外部のあちこちにロープによって吊り下げられたいくつものバッグたちである。しばらくすると、そのバッグたちが静かに動きはじめる。先ほどのハンドルとこれらのバッグたちが連動しており、「UP」方向に回せばバッグは上がり、「DOWN」方向に回せばバッグが下がる(ツアーでは、飯川が電話でスタッフに指示を与えていた)。そのことはもちろん、「つくりかけラボ」で操作をしている人に気づかれることはないし、その結果のバッグたちの動きを、もしかすると道路を歩く人がたまたま気づくかもしれないし、観客は0人かもしれない。
ただそれだけ、と言ってしまえばそれまでなのだが、室内にあったハンドルを回すことで、12階建ての美術館の外部に吊り下げられた11個のバッグたちが同時に動くわけだから、その機構はそんなに簡単ではない。ツアー後、飯川にその機構の裏側を見せてもらったが、ハンドルの動きを伝えるロープが美術館の室内外を貫通する箇所もあり、さらに、そのロープが美術館の各階に広がっていく姿は圧巻である。
この美術館は、歴史的建造物である銀行を保存活用するために、それを新築部分で覆う「さや堂」方式が採られていたこともあって、上層ほど細くなる階段状の外観を持つ。そのため、各階にテラスが設けられており、そこがロープを中継する滑車の設置場所となる。そんな建築物の特徴も活かしながら、この作品は成立している。とはいえ、これを実現するために、美術館という組織内外との調整作業が困難をきわめたであろうことは容易に想像でき、アーティストだけでなく、それを実現した美術館にも賛辞を贈りたい。もはや、美術館でハンドルを回したり箱を押したりする人たちだけでなく、路上から目撃する人たちまでをも巻き込んだ事件である。ここまで説明すると気がつくと思うが、この作品(活動)の範囲は、「つくりかけラボ」という部屋を大きく逸脱しており、ますます「つくりかけラボ」では何が行なわれているのかが捉えられなくなる。
新しい展示室のあり方
「つくりかけラボ」と美術館の活動をめぐる話に戻ろう。ここで、筆者が八戸市美術館に関わっていくなかで、展示室について考えてきたことをあわせて述べておきたい。展示室の変化が美術の変化に応じたものであることから、近年の参加型の作品のように人が関わる作品のために、さらに展示室は更新される必要があるだろう。そのとき、その展示室には、これまでの白い壁に囲まれた「もの」のための場ではなく、「こと」のための場が要求されると考えている。しかし、それが美術館における新たな機能として、どのような部屋となるのかは、まだ答えが出ているわけではない。ちなみに八戸市美術館では、その機能を「ジャイアントルーム」と呼ぶ巨大な部屋に託している
。「つくりかけラボ」もまた、そんな新しい展示室のひとつのあり方と考えると、そこで行なわれている活動の拡がりも確かに理解できる。ここで行なわれる活動は、大半はワークショップと呼ばれる教育普及活動であるのかもしれないが、それが継続的に場を持って積み重ねられたり、人が関係することによって成立するものであったとき、それは「こと」としての作品と呼ぶべきものとなっているのではないだろうか? 千葉市美術館には、「もの」としての作品のために企画展示室も常設展示室もあるが、さらに「つくりかけラボ」に、人が関わりながら作品をつくり出す、「こと」としての作品のための展示室としての機能が加えられることは、現代の美術館において必然的なことのように思う。
また、八戸市美術館では、展覧会とプロジェクトという二つの活動を美術館の軸に定めている
。展覧会が、会期中に変化することのない完成したものだとすると、プロジェクトは、つねに変化する出来事である。もちろんプロジェクトは、そのまま「こと」として活動が継続するだけの場合もあるし、その成果が「もの」としての展覧会へ移行する場合もある。いずれにしても、これまでの美術館においては、展示室は「もの」のための場所であり、ワークショップルームなどの教育普及のための諸室が、「こと」を担う部屋としてつくられてきた。しかし、これまでのワークショップという活動を見ていくと、展覧会に関連した企画と、それに関わらない独立した企画に大きく分かれ 、前者であれば展示に従属した活動に見えるし、後者であれば展示という活動と離れすぎてしまう。展示(もの)を補完する教育普及(こと)ではなく、「もの」の展示の延長としての「こと」の展示を考えたとき、それをプロジェクトと呼んでみることにしたわけである。まさに「つくりかけラボ」での活動は、このプロジェクトと呼ぶしかないもののように思える。そして、これからの美術館に必要とされる機能に対する、先駆的な事例のひとつではないだろうかと考えている。「こと」としての作品を展示する場である「つくりかけラボ」が、さらに密接に美術館と接続するためには、それをアーカイブ(収集と保管)する可能性が検討されなければならないだろう(そして、その先駆的な事例としては、20年が経過している府中市美術館における「公開制作室」とコレクションに注目すべきかもしれない
)。展覧会だけが主役とならない美術館、もしくは「こと」としての作品の展示、さらにそれらの収集、保管を考えたとき、これらの機能と「つくりかけラボ」がどのような関係を結べるのか、今後に期待したい。つくりかけラボ05 松本力|SF とりはうたう ひみつを
会期:2021年10月16日(土)〜12月26日(日)
公式サイト:https://www.ccma-net.jp/exhibitions/lab/21-10-16-12-26/
つくりかけラボ06 岩沢兄弟|キメラ遊物園
会期:2022年1月13日(木)〜4月3日(日)
公式サイト:https://www.ccma-net.jp/exhibitions/lab/22-1-13-4-3/
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