2024年03月01日号
次回3月18日更新予定

キュレーターズノート

映画館の歴史から辿る、まちとメディアの変貌

前原美織(山口情報芸術センター[YCAM]シネマキュレーター)

2024年02月01日号

遡ること20年──。2003年11月に山口情報芸術センター[YCAM]は開館した。YCAM(通称ワイカム)はスタジオ、劇場、映画館、図書館を含む公共の「複合文化施設」である。映画上映は開館当時から始めていたが、開館時には映画館の運営の経験者はいなかった。それでも、多くの方面からのサポートを受け、シネマ事業がスタートした。

近隣の先達たちに助けられながら

当時は日本映画業界は複数のスクリーンをもつシネマコンプレックス、いわゆるシネコンが一気に増え、まさに激震の時代だったと言える。そんな最中、近隣にあった市内で唯一の民間の映画館が映画上映までの順序や、現在のデジタル上映以前、主流であった上映素材、35mmフィルムの映写機の扱い方を教えてくれた。しかし残念ながら2012年にその映画館は閉館してしまった。2006年から始まったデジタルシネマ映写機導入もそこはいち早く行ない、3D上映設備も導入し、大作も次々に上映したが、時代の流れを目の前に前向きな選択はできなかった。YCAMと上映作品の路線とはまったく違うメジャー系作品が中心の館だったとはいえ、それ以降は、YCAMが担うシネマ事業も変化し、現在は山口市唯一のミニシアターの役割も担っている。開館時より培った映画上映の土台の上に独自のプログラムを加え、かたちを変えながら現在は「YCAMシネマ」としてアート作品を中心にしたプログラムを組み、休館日以外は通年上映し、35mmフィルム上映も定期的に行なっている。また、爆音映画祭や野外上映会など、映画上映の新たな可能性についても探究を続けている。


山口市の道場門前にあった「金竜館」、田中絹代来館時の場内の様子(1937)個人蔵[写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


かつて山口市には、のべ20館の映画館があった。開閉館年が不詳の映画館もあるが、1960年代の日本における映画界黄金期には、同時期に15館前後の映画館が存在していた。そのほとんどが劇場から始まっていて、現在でもなお映画館を劇場と呼ぶ習慣があるのも頷ける。劇場には歌舞伎役者のスターに始まり、旅芸人の芝居、寄席、曲芸、浪曲……多彩な芸能人が舞台に立った。さらにまちの人々が舞台に立つようなイベントを行なう公共施設のような役割も果たす劇場もあった。

大正時代に入ると活動写真(映画)を取り入れる劇場も増え、サイレント映画上映、活弁士の活躍も始まる。1931年にトーキー映画(有声映画)が日本に登場し、山口でも少々遅れてトーキー上映が開始されたようだ。しかし徐々に戦争の足音は近づき、戦時中はほとんどの映画館は休館を余儀なくされる。1945年の終戦以降、劇場は息を吹き返し芝居と映画の両方を見せる時代を経て、常設の映画館へと移り変わり映画黄金時代を迎える。しかし高度経済成長期の最中、洗濯機や冷蔵庫とともに「三種の神器」として現われた白黒テレビを人々は買い求め、山口だけではなく、日本全国の娯楽の中心は映画からテレビへ移っていった。


金竜館(1954)山口市役所蔵[写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


金竜館(1991)[撮影:吉見健太郎/写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



映画館の歴史を展覧会に

山口市にかつてあった映画館に集っていた人々はどこへ行ってしまったのだろう──。 展覧会企画のきっかけは私の個人的な疑問だった。観客だけでなく、映画館を運営していた先人たちの仕事にも興味があった。そしてYCAM開館20周年記念事業として、かつて山口市にあった映画館の歴史を展覧会にすることが決まった。

2021年、リサーチを始めるにあたり現代美術家の志村信裕に声をかけた。彼は2013〜15年の間に山口に滞在し、YCAMの映写室で働いていた経験があったことも大きな理由だった。先述の山口市最後の民間の映画館の映写技師から35mmフィルムの映写技術を学び、その技術は現在のYCAMの映写スタッフに受け継がれている。さらに、彼が2015年に発表した、8mmモノクロフィルムで撮影された映像作品《 見島牛 みしまうし 》が強く印象に残った。山口県萩市の離島・見島で飼育されている見島牛は純粋な和牛として天然記念物に指定されており、現在は食肉用とされているが、かつてはその賢さから農耕用として重宝されていた。本作ではフィルムに刻まれた島と牛たちの平和な姿と、牛と一緒に働いていたことを思い出す農家の音声が重ね合わされ、まるで夢の中で当時にタイムトリップしたような感覚もあった。ただの牧歌的な無味無臭の夢ではなく、人間と牛との生活を土と草の匂いがたちこめるように描かれていた。農家と牛のフィールドワークがこのような美しい映像になるのかと、彼に大いに期待したことを覚えている。そして志村本人も「この企画は、僕以外にいないでしょう」と快諾してくれた。


志村信裕『Afternote』(2023)より



記憶と記録を漂うリサーチ

2021年よりリサーチは始まり、2022年から映画館の思い出について市民への聞き取りを本格的に開始する。2カ月に1度の頻度で志村は千葉から山口に通い、古い地図を片手にYCAMスタッフとともに山口市内を歩き回った。アーティストと共にキュレーターやスタッフが長期にわたって取材することは大変珍しい事例であったが、とにかく足を運んだ。中心市街地はもちろん、いまは山奥と表現される場所にも商店街があり、映画館の軌跡があるのだった。周辺に昔から住む人々は「当時は肩がぶつかるくらいの人出で活気があった」と楽しそうに語る。その土地独自の産業がまちを支え、人々が集まり、栄えた。そこに映画館の存在は自ずとついてきた。映画黄金期1960年頃の山口市の地図を見ながら人々が語る言葉は、エネルギーに溢れており、映画館の歴史を調べることは結果的にまちの歴史と家族の歴史を辿る旅となっていた。しかし記憶と記録の旅の境い目は曖昧で、その解釈の仕方で歴史を変えてしまう危険もあることを私たちはまだ十分に理解しきれていなかったかもしれない……。


金竜館の七夕祭(1935)個人蔵 [写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]



田中絹代の舞台が開催された際の金竜館の行列(1937)個人蔵[写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


2023年11月25日より開催している展覧会「Afternote 山口市 映画館の歴史」のメインは志村信裕の映像作品『Afternote』の上映展示である。私たちは約200人の記憶を取材し、並行して図書館や文書館で新聞や古地図のリサーチを続けてきた。ちょうど1年経ったある日、突然彼に降ってきた言葉「Afternote」=「あとがき」。今回はゼロから作品をつくるのではなく、かつてあった映画館の軌跡を辿りそれを可視化することではないか──。


「Afternote 山口市 映画館の歴史」展示会場[撮影:塩見浩介/写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


徳見七郎 水彩画《お茶子さん》山口市歴史民俗資料館蔵


そうして、山口市だけではない、世界共通言語としての「映画館」にまつわる人々の言葉と山口の映像が織り交ぜられた60分のドキュメンタリーが完成した。今回の展覧会の展示物にはいままでにない仕掛けがあり、映像とすべてリンクする写真やポスターなどからは資料展示を超えた息吹を感じてもらえるディレクションになっている。

さらにメディアの変遷も辿る展示にも注目してほしい。映写機が発明される以前から、劇場や家で楽しまれてきた幻燈機の展示から始まる。まだカメラのない時代のイラスト、写真のガラス板。芝居や映画を宣伝する手づくりのポスター、看板絵師の道具。当時の工夫が詰まったメディアの移り変わりをじっくり堪能できる。また、市役所の倉庫で眠っていた1929(昭和4)年に35mmフィルムで撮影されたサイレント映像をデジタル化してスクリーンに投影するという初の試みもある。


志村信裕『Afternote』(2023)より


山口を映す最古の映像とも言われる『甦生の大山口』より、「大和座」の様子(1929)


展覧会が始まってちょうど折り返しとなるが、実は展覧会=あとがきはアップデートされ続けている。オープンした途端に、いままで見つからなかった映画館の写真を来場者に渡されるというサプライズがあった。また闘病中だった『Afternote』の出演者の方がお亡くなりになり、出演を知らなかったご家族にいままで知らなかった家族の顔を見ることができたと言われた。映画館の歴史からまちの歴史、家族の歴史、そして個人史に到達したことを改めて実感している。すべての歴史は一人ひとりの歴史からできているのだ。個人的な歴史が集まり大きな歴史がつくられる瞬間を日々感じながら、Afternote=あとがきは現在進行形である。



「Afternote 山口市 映画館の歴史」トレーラー



Afternote 山口市 映画館の歴史

会期:2023年11月25日(土)〜2024年3月17日(日)
※休館日:火曜日、臨時休館日(2月28日[水]〜 3月7日[木])
会場:山口情報芸術センター[YCAM]スタジオB、2階ギャラリー
公式サイト:https://www.ycam.jp/events/2023/afternote/


上映展示

■『Afternote』(2023/60分/カラー)
かつて山口上映芸術センター[YCAM]で35mmフィルム映写に従事した経験をもつ現代美術作家・志村信裕が、YCAMのスタッフとともに山口市内を中心とした地域に眠る資料や、200名を超える関係者らのインタビューを通じ、映画館が稼働していた時代の記憶を掘り起こす。映画館とは市民にとってどのような存在だったのか? 記憶と記録を綴ったドキュメンタリー。本展覧会での上映が初公開となる。
監督・撮影・編集:志村信裕

■『 甦生 こうせい 大山口 だいやまぐち (1929/66分/白黒/サイレント)
1929(昭和4)年の市制施行を記念し、製作された記録映画。山口市全景から始まり、市制を祝う3日間にわたる祭典の様子や市民が参加する仮装行列が生き生きと映し出される。また山口市の名所、官公庁、学校、旅館、そして映画館等の町の様子も紹介される。どこを切り取っても時代を反映する貴重な記録映像。
総指揮:村藤金槌 監督:藤井薫 撮影:玉田熊耳 字幕:西村道蔵 山口市蔵


関連上映(上映期間:2024年3月8日[金]〜17[日])

■《 見島牛 みしまうし 》(2015/日本/20分)
萩市の離島・見島で飼育されている牛を『Afternote』の現代美術作家・志村信裕が、8mmモノクロフィルムで撮影した作品。見島牛は、純粋な和牛として天然記念物に指定されており、かつては農耕用として使われていた。本作では牛と島の平和な風景の映像と、牛と一緒に働いていたことを思い出す農家の音声が重ね合わされ、失われたものと不変のものが浮かび上がる。
監督・撮影・編集:志村信裕



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