キュレーターズノート

金沢アートプラットホーム2008/KOSUGE1-16「どんどこ!巨大紙相撲」

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

2009年02月01日号

1──平等か自由か

 ひとつ目は、機会の均等に関することである。義務教育としての学校は、児童労働から子どもを守ることが出発点となっており、子どもの学ぶ権利を親から守るためにある。学校の授業として「巡業」を行なった場合、ある学年の児童は全員が参加することができる。しかし、義務教育の範囲は、平日の授業の時間内に限られる。そのため、日曜日、学校の外で行なわれる「千秋楽」に参加するかどうかは親の自由であり、学校として親に参加を求めることもできないし、教師に引率を命じることもできない。逆に、学校の外にまで参加を強いることは、学校という集団の越境行為となる。原武史は、自らの体験を元に、林間学校への参加が苦痛であり、学習塾が逃避の場であったことを指摘している(『滝山コミューン一九七四』、講談社、2007)。学校の内と外、平日の授業のある時間と休日との間を横断するプログラムを組もうとしたとき、学校での平等をとるか、休日の自由をとるかのジレンマに直面した。
 結局、校区毎の公民館を会場として美術館が主催し、「巡業」と「千秋楽」の両方に参加できる親子を学校や子供会を通じて募集する方法と、学校の授業のなかで「巡業」を行ない、美術館が主催する「千秋楽」に保護者が連れて行く方法の二種類の方法を取ることにした。授業で力士をつくったが、「千秋楽」には参加したくても参加できなかった子どももいただろう。 

2──チャンバラ問題

 地域と学校をめぐる二つ目の論点は、目的に関するものである。学校で巡業を行なう際、なかには、力士づくりに飽きて段ボールで刀を作り、チャンバラ遊びを始める子どももいる。第一義的に教育を目的とする学校では、子どもが力士づくりに意識を集中させ、共同作業に取り組むようにせざるを得ない。達成度の評価もしなければならない。ところが、地域における場づくりを目的とするKOSUGEは、チャンバラ遊びを否定しない。むしろ、積極的に評価基準を複数化する。例えば、力士ひとつをとっても、造形だけでなく、対戦での強さが重要な評価基準となる。飽きた子どものために、「床山さん」という、風船とガムテープを使ったカツラづくりのプログラムも用意している。力士をつくらなくても、極端に言えば、チャンバラで楽しめればよい、世代を超えた人たちが場を共有できればよいという考え方である。今回の企画では、学校で「巡業」を行なうときは技術の習得や共同作業を優先し、公民館で「巡業」を行なうときは場づくりを優先した。KOSUGEは、地域の大人たちを授業の場に招き入れたいと考えていたが、そこまで踏み込めなかった。その際は、学校の独立性を守るという観点も必要となろう。
 KOSUGEが相撲などスポーツの形式を借りて企画を行なうのは、美術とスポーツが出会ったときに生まれる両者のずれが、関わる人の創造性を喚起するためである。KOSUGEが好んで挙げる例は、「運動会」という形式が日本に移入したときに、なにを種目としてよいかわからず、「デッサン競争」や「弁当競争」なども含まれていたという事実である。そこに見られる民衆の創造性をこそ評価したいとKOSUGEは考える。
 新しく生まれた遊びを尊重するためには、名前をつけることもすぐれた方法である。子どもが、カツラづくりに使う風船を両手に持ち、土俵の上をくるくると回り続けていた時、とっさに「舞いを披露」とKOSUGEの土谷氏が言っていたのには感心した。 

3──安全確保の「責任」

 3つ目は、安全の確保に関することである。公民館での「巡業」では、子どもの周りに、保護者である親と、地域の大人、ボランティアを含む美術館のスタッフ、そして作家がいた。子どもが土俵の上であまりに乱暴に飛び跳ねると、土俵が壊れて怪我をする危険があった。その際、「土俵は神聖な場所なので、25歳以上しか乗ってはいけない」というルールを定めていた。根拠がないことが明示的なルールであったため、状況に応じて、周りで見ている大人が安全を確保できる範囲で、このルールは変化した。地域の遊び場であれば、周囲にいる大人が配慮して子どもの安全を守ることになるが、今回のように美術館の主催や学校の授業として行なわれる場合は、美術館のスタッフである私や学校の先生が安全についての責任を負わなければならなかった。場がさまざまな人によって共有されていても、安全性に関することになると、誰が「責任者」かということが追及される場面が生まれる。「金沢アートプラットホーム」という展覧会は、「自分たちの生きる場所を自分たちでつくるために」というテーマを掲げ、美術館が主催しながらも、どこまで主体を街に投げ出せるかという試みであったが、それがもっとも問われる場面であった。子どもたちの創造性を損なわずに安全性も確保するという課題にいかに柔軟に対応できるかは場づくりの重要なポイントとなった。

 以上が私がKOSUGEの企画を通じて感じた、美術が教育コミュニティと関わるときの主な論点である。学校がすべての人に関するものであるが故の、学校の経験の蓄積と議論の厚みを改めて実感した。学校の理念と目的を学びつつ、美術と教育コミュニティの関係を探り続けなければならないと思う。

 

金沢アートプラットホーム2008
会期:2008年10月4日(土)~12月7日(日)
会場:金沢市内各所
主催:金沢21世紀美術館 

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