キュレーターズノート

スタン・アンダソン「東西南北天と地──六合の一年」

伊藤匡(福島県立美術館)

2009年03月01日号

 群馬県立近代美術館で、アメリカの彫刻家スタン・アンダソンの個展が開かれている。今回の展示は、アンダソンが5年前からアトリエを構える、群馬県の六合(くに)村の森をテーマにしたインスタレーションである。六合とは、六合村のことでもあるが、古事記や日本書紀では東西南北上下の六つの方角を指し、天下、世界を意味するという。

スタン・アンダソン展、会場

 印象派や近代日本の洋画が列ぶ展示室を抜けて、天井の高い自然採光の展示室に入ると、木の枝が床に散在しているのが眼に入る。ナラ、シラカバ、ヤマザクラ、ヤナギなどの木の枝が自然の摂理にしたがって折れ曲がり、美しい曲線を見せる。壁面には、木の枝や葉を組み合わせた固まりがある。かたわらには動物の骨や毛皮などが置かれているので、動物の住処を想像させる。動物の形を浮かび上がらせた一種の旗が立てかけられている。
 素材はすべて六合村の森を歩き回って見つけた自然のもの。10トン以上の木材に、熊、カモシカ、鹿、猪、蛇など12種の動物の骨や皮など。展示室全体は六合村の森に見立てられ、2×4キロ四方の森が、11×22メートルの展示室に収められている。無秩序に置かれたように見える木の枝は、森の中の道を表わしている。道といっても人間が歩く林道や山菜道だけではなく、けものみちも含まれている。そして道の奥つきには、動物たちの聖域が配置されるという構成だ。
 時々、木の中から虫が這い出して、展示室内を歩き回る。蟻が多いそうだ。無菌状態を良しとする美術館としては悩ましいことだが、虫もまた森の住人である。
 作家の希望で、展示室の人工照明を消して、天井からの自然採光のみで見るようになっている。曇や雨の日にはかなり暗くなるだろうが、森は昼でも薄暗いから森の中を散策している気分になるかもしれない。
 床の上の木に沿って室内を歩き回り、もう一度入口で全体を見渡すと、最初の印象とは逆に、整然と秩序だった配置が際だって見えてきた。これは森の中を歩く時の感覚に似ている。森では、慣れないうちは木の葉と草に覆われてなにも識別できないが、慣れてくると人の通った踏み跡やけものみちが、あちらこちらを通っているのが見分けられるようになる。森の構造を可視化することが、このインスタレーションの主題として浮かび上がる。
 アンダソンの作品は、自然の素材を使い、鑑賞者を自然の中に誘う性格のものだから、美術館の人工的な空間での展示は、やはり違和感がある。だがこの違和感は、作家も美術館側も想定済だろう。むしろ、異質なものを持ち込むことで生ずる違和感をエネルギーに換えて、美術館を活気づける戦略と感じる展示である。

 左:イノシシのお産のベッド/右:スタン・アンダソン展、展示室内

スタン・アンダソン「東西南北天と地──六合の一年」

会場:群馬県立近代美術館
群馬県高崎市綿貫町992-1/Tel.027-346-5560
会期:2009年1月4日(日)〜2009年3月29日(日)

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