キュレーターズノート

混浴温泉世界 別府現代芸術フェスティバル2009

山口洋三(福岡市美術館)

2009年05月15日号

 多くの作品は、駅東側に広がる商店街に集まっている。platformと名付けられた、空き店舗などを改築して多目的スペースとした空間も今回展示スペースとして活用されて、ラニ・マエストロやマイケル・リンの作品は、古民家を改築した落ち着いた雰囲気の場所で鑑賞できる。しかし、やはり圧倒されるのは、戦前からの時間が堆積した、猥雑さすら漂わせている複雑に入り組んだ路地である。アーケードの商店街も、昭和40年代あたりで時間が止まったかのようで、作品を求めて入った通路としての路地が、いつの間にか鑑賞対象になってしまう。あちこちに点在するアデル・アブデスメッドの《EXIL》のネオンサインは、その意味を理解するよりも、その作品を探し求めて観光ではおそらく見向きもしない場所に行ってしまうことになる。
 国際観光港のフェリーターミナルではマイケル・リンの大壁画のほか、ジンミ・ユーンのビデオ・インスタレーションを見ることができる。どちらも堂々たるものなのだが、ここでまたしても場所の特性に気づかされる。一般の鑑賞者は、フェリーの発着時間(早朝と夕方)にそこへ行くことはないだろう。昼間は人影もまばらで、空間も時間も動かない。しかし間近に見える「さんふらわあ」号は巨大で迫力があるが、「入って出ていく」動きが期待感のみで、やや寂しい印象をどうしても受けてしまう(これでマイケル・リンの大壁画がないなら、閑散とした印象に拍車をかけることだろう)。もっとも、ここではダンスや音楽イベントなども開かれるので、そのための舞台装置と見ることもできる。
 別府観光の中心である鉄輪地域は、あの湯煙の風景を見られる場所で、地獄めぐり、温泉めぐりを楽しむ観光客が集まる。駅前と違い猥雑さはなく、風情のある建物や路地に出会うことになる。ここに設置された作品はあまり多くはないけれど、鑑賞の合間に温泉も楽しめるエリアである。冨士屋Gallery一也百は明治に建てられた建築で、ホセイン・ゴルバが目を引くが控えめな展示を行なっていた。その先にある西福寺の入口での小さな木に小さな本をくくりつけた展示は思わずあちこちを探してしまうほど目に付かないものだ。


展示風景(ラニ・マエストロ)


展示風景(サルキス)


展示風景(ジンミ・ユーン)


展示風景(ホセイン・ゴルバ)

 全体として次のことが言える。出品作品には、作品が場所と共鳴していままでにない世界観を提示しているというよりは、展示場所の特性にはあまり手をつけずに、双方が対立しないようにそれぞれが共存するような仕草が認められる。私たちは、作品一つひとつのメッセージを受け取ったり鑑賞したりすることよりも、別府のそれぞれの地域にある建築や路地などが本来もっている特性にまず心を奪われ、作品を理解することを後回しにしてしまう態度をいつのまにかとっているのである。
 それは作品がつまらない、という印象とは違うのだ。確かに、作品のスペクタクル性は希薄で、そこは期待はずれではあるのだが、出品作品は総じて「触媒」的で、私たちは作品鑑賞という行為を媒介に、懐深い別府の町並みにいつの間にか魅了されているのだ。こうした作品の触媒的な性格は、先に述べた山出淳也の作品における、作家本人の触媒的なあり方と重なる。出品作品を媒介に、(観客を)集めて(別府の街に)放出する、といえるだろうか。

混浴温泉世界 別府現代芸術フェスティバル2009

会場:大分県別府市内各所約20カ所
会期:2009年4月11日(土)~6月14日(日)