キュレーターズノート
アートシーン in 台北/ウィリアム・ケントリッジ展 in 広島
角奈緒子(広島市現代美術館)
2010年03月15日号
対象美術館
ずっと行ってみたいと思っていた地、台北への出張が急遽決まった。なんとも便利なことに、台北へは広島空港からダイレクトで約2時間半のフライトで到着する。そこはすでに初夏のような汗ばむ陽気。今回は初台北ということもあり、ギャラリー巡りは、インディペンデント・キュレーターとして日本でも活躍するHuang Yajiさんに付き合ってもらった。
ギャラリーが入っているとはとても思えないような殺風景なビルの中に、突如ギャラリー空間が現われる、そんな不思議な印象を受けたSoka Art Centerでは、残念なことに、南川史門、竹崎和征、奥村雄樹といった日本人作家を紹介する展覧会がちょうど終わったばかりだった。次回展覧会の展示作業中だったためクレートなどが散乱していたものの、それでもなお広く感じられるスペースは非常に印象的であった。
住居とおぼしき建物や店舗が並ぶ通りに建つのは、Galerie Grand Siecle。メディアアートを扱うことの多いこのギャラリーも、展覧会が終わったばかりでクローズしていたが、撤去前のShih Yi-Shanの作品を一部見せてもらえた。動植物図鑑風に描かれた画面が少しずつ動いて形を変える映像作品は、変容の妙と色彩の鮮やかさも相俟って目を引く作品であった。
元銀行員として日本に暮らしたこともあるJoseph Chenが経営するGallery JChenでは、中国出身の若手アーティスト、Meng Yangyangの個展が開かれていた。比較的大型のカンヴァスに暗めの色面を大胆に重ねた、具象と抽象の中間に位置するような作品に既視感を覚えることは否めないが、とても力強いペインティングである。また、ここでは近々、O Junの個展を開く予定だと伺った。
ムンバイ(インド)にもスペースを持つSakshi Gallery Taipeiでは、アメリカの写真家、グレゴリー・クリュードソンの個展が開催されていた。作品に登場する人物や光の照度、角度まで入念に計算しつくされた写真は、映画のワンシーンのようにも、エドワード・ホッパーの絵画のようにも見える。なお、このギャラリーも道路に面した立派な空間を有していた。
もう一軒、やはり展覧会は終わっていたものの撤去前を見せてもらえたのは、Project Fulfill Art Spaceでの「手感的妙 Part 1」。金島隆弘のキュレーションによるこの展覧会は、1970年以降に生まれ、大量生産品を大量消費する時代に育った日本人作家たちに焦点を当て、飯田竜太、金氏徹平、SHIMURABROS.が紹介されていた。
台北にあるギャラリーの全貌を見たわけではないため、なんとも総括しがたいが、概してギャラリースペースが想像以上に広いことに驚いた。また、こういったコマーシャル・ギャラリーにおいて日本のアーティストが紹介される機会がじつに多いということも、日本と台湾との距離が物理的にだけでなく精神的に、もっと平たく言えば好みの傾向の近さを物語っているように思え、たいへん興味深く感じた。
さらに、新しいスポット、台北のアートシーンでいま、話題となっている「台北コンテンポラリーアートセンター(TCAC)」も訪れた。向かいには大学のキャンパスがあり、やや落ち着いた、なぜか下町の風情も感じられる西門地区に2月27日、オープンしたばかりのこのアートセンターは、いかなるパワーやしがらみからも干渉されず独立し、アーティストはじめキュレーター、批評家、アートに関わる人々が主体となって自主的にスペースからコンテンツまで運営していく、ひとつのアートプロジェクトでもある。先立つ予算のないなかで進めてきたプロジェクトのため、スペースの確保においては不動産会社にかけあい、この地区の開発が始まるまでの2年間、二件分の建物を提供してもらっているという。発起人の一人でアーティストのJun Yangがスペースを案内してくれた。二つの建物を合体させたかたちで使用しているため広さは十分で、1階にはラウンジスペースとオフィス、2階にはレクチャーやシンポジウム開催のためのイベントスペース、3階と4階が展示室となっている。見晴らしのよい屋上もさまざまな用途がありそうだ。こけら落としの「開幕展」には、Jun Yang、Wang Jun-Jieh、Gheng Chieh-Jenら、このプロジェクトに賛同する台湾アーティストたちから寄贈された作品が並ぶ。これらの作品は販売され、運営資金にするとのことであった。ひとまず2年という期間限定のため、今後は1カ月ペースで展覧会を開催し、その合間にいろいろなイベントを企画するという。しかしいわゆる「権威」への異議申し立てとも映りうる彼らのプロジェクトには賛否両論さまざまな意見が出ているであろうことも推測できる。また、言うまでもなく台湾は本土中国とのあいだに慎重を要する関係を持っている。ここに、多様な問題が浮上し、話題として俎上に載せられ、なんらかのコンフリクトが起こることは決して悪いことではないと思う。このアートセンターが、活気のある実験的空間となることを信じ、時に参加しながらその成長を追っていきたい。