キュレーターズノート

小清水漸退任記念展/小清水漸 個展「雪のひま」/菅木志雄──在るということ

中井康之(国立国際美術館)

2010年03月15日号

 日本において「美術」とは、これまでも繰り返し言説されてきたように、明治期にフェノロサが行なった『美術真説』という講演からもたらされたものである。そしてこの「美術」という概念から、洋画と日本画あるいは工芸といった範疇が誕生したのである。そしていまなお、その呪縛から解き放たれたとは言い難い状況にあると言わねばならないだろう。

 人とは自分の生きた時代の制度のなかで生かされる存在である、特に近代以降においては。しかしながら、冒頭に述べたような造形的事象を規定する側面においては、個人の独自性(このオリジナリティという概念自体が西欧近代が生み出したものであるが……)あるいは民族の自律を主張するために、外部からもたらされた概念規定ではないなにものかを見出していく義務と権利が、われわれにはあるだろう。この国においては戦後のある時期に、その義務と権利を十全に行使した「もの派」と呼ばれるようになった作家たちがいたことは周知されているだろう。私自身、5年程前に、その運動体の発生のメカニズムを確認する意味も含めて「もの派−再考」という展覧会を企画し、開催した
 その展覧会は、最初に高松次郎の《点》という作品によって概念と視覚の不一致という命題を作品で具現化した。事物の「存在」という問題を追究した作品から始まり、そのズレをトリッキーな手法によって視覚の問題とした一群の動きがありながらも、そのようなズレは視覚の問題ではなく「存在」の問題であるということを関根伸夫の《位相−大地》が明示することによって「もの派」が誕生した、というような道筋をつけたものであった。ただし、その展覧会では先にも記したように、その揺籃期から成立過程を主眼に置いたこともあり、後半は「もの派」から「絵画・彫刻」へというセクションで全体を締め括ったことは、誤りとまでは言えないものの精密さに欠いた、という気持ちはいまでもある。もちろん、絵画と彫刻に変わる定義が容易に見出せるものではなく、冒頭で述べた、「洋画と日本画」が「絵画」という概念に収斂したものである、というような解釈はいまでも変わらない。しかしながら、「彫刻」に関しては、同展に寄稿いただいた峯村敏明の論ずるにように、「関係性と存在」という用語で補ったとしても、こぼれ落ちてくる重要な部分が在ることは否めないだろう。

 今年の1月に京都と東京で連続して開催された小清水漸の二つの個展を、上述したようなことをつらつらと思いながら鑑賞した。京都の個展は、小清水が勤め上げた大学における退任展であり、小清水のこれまでの作品を回顧すると同時に、教師としての成果を、学生との共同制作というかたちで「和船」や「土の家」という造形物で具現化していた。特に和船は、おそらくは船大工などの職人から技術的な指導を受けての制作だと思うのだが、それは、西洋近代の制度を取り入れることによって完全に切り落とされてしまった、この国が培ってきた「もの」をつくるという姿勢のようなものを含んだなにものかである。これに参加した学生たちは、そのことを知識ではなく、ましてや技術でもない、あえて言うならば経験知のようなものとして記憶することになったであろう。このような手法は、小清水が大学を出た頃に、斎藤義重の再制作を手伝った体験から来ているもののようにも感じる。このようなスタイルを古いと感じる向きもあるかもしれないが、私自身は普遍的なものであると信じるし、ひとつの有効な方法だと思う。
 小清水自身の作品は、「もの派」的なものから「作業台」シリーズ、「水浮器」シリーズなどの代表作、そして近作までを通覧できる展示であった。特に大学のギャラリーでの展示は、普段学生が使用している時とはまったく異なる空間が生まれていた。これは作品の完成度が違うということだけではなく、空間をどのように作品として取り込んでいくか、という態度の問題でもあるだろう。
 さて、本題の小清水の作品に戻れば、「作業台」と称された作品群に対して、あらためてその非−彫刻性というものを目の当たりにしてしまうのである。その仕事は、先に示した、関係性や存在を問題とした彫刻ではないだろう。その疑問に対してある示唆を与えてくれるのは、その個展のもうひとつの会場に設置された、巨大な円形ホールの天井中央から吊されたワイヤーと分銅による《垂線I》という作品であるかもしれない。この作品の初出は、時期的に言えば小清水が関根の《位相−大地》の制作を手伝った後のことである。その作品は、それまで漠然と存在の問題を扱っていた小清水が、地上にあるすべてのものが不可避的に対峙する重力という原理を実体化したような作品である。《位相−大地》を構造的につくり上げることができたのは彫刻科に在籍していた小清水に寄るものと言われているが、具体的に彼が行なっていたのは、その作品を成立させる土塊が、垂直に立ち上がっているか否かを確認するような作業であった。故に《垂線I》という作品には、そのような目には見えない原理が、作品が存在することを保証している、というような意味も込められていたかもしれない。いずれにしても、このような作品がステップボードとなり、重力によって大地から飛び立つことのできない物たちを支える場としての「作業台」が創造されたのかもしれないと、その象徴的ともいえる長いワイヤーによる作品《垂線I》を見ながら感じたのである。


学生との共同制作《和船》1995-2002(小清水漸退任記念展)

小清水漸退任記念展

会場:京都市立芸術大学 芸大ギャラリー・大学会館ホール
京都市西京区大枝沓掛町13-6/Tel. 075-334-2200
会期:2010年1月21日(木)〜1月30日(土)