キュレーターズノート

「カイガのカイキ」展/屏風ライブシリーズ「四つの扉」

伊藤匡(福島県立美術館)

2010年06月01日号

 「カイガのカイキ」展は、真っ向勝負の展覧会である。現在活動中の画家たちの作品を通して、絵画とはなにかを問いかけてくる。

 出品作家は、7人。本田和博は、断熱材として使われるスタイロフォームに貼った和紙に、鉛筆とアクリル絵具で、公園で憩う人々や自転車を押して道行く人の姿など、何気ない情景を描いている。上野慶一は、《ルヴハイ》という10年来続いているシリーズを出品している。台形のカンヴァスにアクリル絵具で、水平線とポロックに由来する人型が登場する。安井敏也は、仏教の思想を背景に、カンヴァスに油彩で生物のようにも荒涼とした風景のようにも見えるイメージを現出する。黒須信雄は、カンヴァスにアクリル絵具で、ひだのような形を少しずつ色を変えながら重ねるという非常に手間のかかる描き方である。画面を見つめるうちに、地形図を読むように自分の姿を画面の中に見るような気分になる。平原辰夫は、和紙やパネルにアクリル絵具を使っているが、筆ではなく布やスポンジで塗る。筆よりも直接的に画家の動きが画面に伝わり、また塗りの痕跡から微妙なかたちが生まれる。岡田真宏は、大画面の和紙に色鉛筆で無数の線を描き、自然に包み込まれる感覚を表現している。けば立ちの多い和紙を使うために色彩が画面の奥から発光しているように見える。内海聖史は、綿布に油彩で無数の点を描く手法で、床から天井まで届く巨大な色彩空間を創出している。
 7人の作品を見ても、技法やテーマなどの面では共通性は感じられない。世代も出身地や活動地もばらばらである。あえて言えば、作品を見ると、時流に関係なく自己の関心を追求し続けているところが共通点だろうか。展覧会の企画者は、この7人の作画姿勢から、絵画は画家の世界観の表明であるというメッセージを読みとっているのだろう。
 作家を選んだ理由について担当の篠原誠司学芸員に訊ねると、「自分が長年見てきたなかから選んだ」という簡単明瞭な答えが返ってきた。あたりまえのように聞こえるが、このあたりまえのことが、最近美術館では実現しづらくなっているのも現実である。なぜなら、展覧会予算の削減、収益増の要求、地域貢献度等の評価の物差しなどが、美術館の企画に有形無形の枠をはめているからだ。
 地元マスメディアの反応が象徴的だ。展覧会の取材に来た記者は、「有名な作家は誰か」「地元に関係ある作家はいるか」と聞いてくる。そして、どちらもいないと応えると失望した顔になり、記事の扱いも小さくなる。
 こうしたプレッシャーもあって、学芸員も企画を立てるときに、取り上げる作家は人気や話題性があるか、作品以外にワークショップなどの能力があるかなどを重視して作家を選ぶ傾向がある。その結果、一部の作家が引っ張りだこになる一方で、他の大多数の作家は作品を紹介される機会もない。そのため、多くの人は作家を知ることも作品を見ることもない。
 足利市立美術館にしても、取りまく環境はそう変わらないだろう。それでも「絵画とは何か、絵画は人に何をもたらすのか」と愚直ともいえる問いを、真正面から投げかける企画に拍手を送りたい。


「カイガのカイキ」展、エントランス


同、展示風景

 美術ファンならば、名画をテーマに作曲した音楽のコンサートと聞けば、行ってみたくなるのではないか。そんな心惹かれるコンサート・シリーズが、米沢市の上杉博物館で始まった。
 名画とは、同館が所蔵する狩野永徳作《上杉本洛中洛外図屏風》。これに若手の音楽家5人が競作して、今年3月に「国宝上杉本洛中洛外図屏風を聴く」と題した組曲を発表し、同時に録音も行ない、CDで販売している。今度はその続編として、作曲者たちがそれぞれ自分のグループを率いてライブを行なう「屏風ライブシリーズ『4つの扉』」がスタートした。
 皮切りは大口俊輔トリオによるジャズ・ライブ。《洛中洛外図屏風》をテーマにした大口の作品は、「彼方の、ある国への思い」という6つの小品で構成された組曲である。全体で10分ほどの親しみやすい曲で、それぞれ「天空の杜」「流転する大地」「記憶の彼方に」「亡き鎧武者の装束」「回帰する時空」「オマージュ」という題名がつけられている。雲の切れ間から京都の町を見下ろすような導入部から、家並みに近づき、屋敷の中や店先にいる人々の様子を描写するような音楽に移っていく。そして屏風を讃えるような輝かしい響きで終わる。
 ライブでは、大口の父・純一郎のピアノが全体の流れをつくり、大口俊輔のアコーディオンが主テーマを奏でる。小林武文のパーカッションはリズムを刻むよりも、ドラムだけではなく鈴、トライアングル、木片なども使い、各場面で聞こえてきそうな音を発して情景を装飾している。
「屏風ライブシリーズ」は今後3回開かれる。それぞれ編成が初演時とは異なっているので、再演といっても新たな魅力も生まれる。
 演奏者の後ろ側に、複製でよいから《洛中洛外図屏風》が置かれていると、視覚的にも効果満点なのだが、それは叶わないので、コンサートの前に同館の常設展示室に展示されている《洛中洛外図屏風》を眼に焼きつけてから音楽を聴くと、より楽しめるだろう。
 美術と音楽の創造的なコラボレーションの好例として、多くの人に聴いてほしいコンサートである。

ライブ風景。左から大口純一郎、大口俊輔、小林武文

「カイガのカイキ」展

会場:足利市立美術館
栃木県足利市通2丁目14-7/Tel. 0284-43-3131
会期:2010年4月10日(土)〜6月13日(日)

屏風ライブシリーズ「4つの扉」:第1弾「JAZZ LIVE on 洛中洛外図屏風」OHKUCHI JAZZ TRIO

会場:伝国の杜 置賜文化ホール
山形県米沢市丸の内1-2-1/Tel. 0238-26-2666
会期:2010年5月19日(水)
詳細:http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/hall.htm

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