2022年12月01日号
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キュレーターズノート

環境創造としてのインスタレーション/チュードアへの応答(中谷芙二子+高谷史郎「CLOUD FOREST」)

阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM])

2010年07月15日号

 山口情報芸術センター[YCAM]から、現在制作中の展覧会「CLOUD FOREST」をレポートしたい。このタイトルからピンと来る人はかなりのセンスがあるといってもいいかもしれないが、ディヴィッド・チュードアのインスタレーション「RAINFOREST」を想起させるネーミングとなっている。

 チュードアというと、一般的には、ジョン・ケージの「4’33”」の初演者として知られているかもしれない。しかし、ケージの知名度に比較すると、じつのところ、その活動の質の高さや業績には、いまだに正当な評価を与えられているとはいい難い。大げさな言い方をするなら、ケージやシュトックハウゼン、ブーレーズを初めとして、チュードアが存在していたことによって、その未曾有の実験的構想に、実際の音のフォームが与えられ、ようやく実現されたといってもいいような、実験音楽に対してのパフォーマティブな側面のフィードバックを、多くの才能に与える大きなファクターになっていたのがチュードアだった。また、マース・カニングハムのダンスステージにおいても、ダンスのロジックと、音楽/音のロジックがまったくシンクロしないという、マースの舞台空間を支える中心的役割を、ケージ、小杉武久とともに担っていた存在である。
 このような再現表象性において、多大な才能と貢献を他の作家にもたらした側面とは別に、「RAINFOREST」に代表されるような、チュードアの自身のインスタレーションによる空間創造の足跡を評価する視点が残されている。しかし、演奏者としての多大な評価に対し、いわば作家性を評価する側面には世界的にも注目が及んでおらず、著しく研究、批評も少ないのはなぜだろうか。「RAINFOREST」は、60年代以降、いくつかのヴァージョンに更新されながら継続されたプロジェクトで、空間に吊るされたさまざまなオブジェを共振させながら、電子回路によって空間全体のサウンドを多中心的に作り出していくインスタレーションである。日本では、チュードアの死後になるが、2003年にICC主催で、「RAINFOREST IV」が、小杉武久、ヤマタカEYE、和泉希洋志による再演奏(リアライゼーション)によって、東京で再現されているのが記憶に新しい。
 「RAINFOREST」は、まさにタイトルの字義の通り熱帯雨林のごとく、特定の発信音源が希薄となり、粒子のように音が空間に充満する状態を作り出し、いつ終わるともいえない持続の空間を生み出すという意義において、パフォーマティブ・インスタレーションとして画期的なものである。これは、音の創造者=発信者と受容者の位置を明確に区別して、造形物を対立構図のアプリケーションとさせる従来のキリスト教社会由来の空間構制を完全に覆すものであり、「RAINFOREST」の空間の創造は音の共振ー共有によって、オブジェクティブではない、むしろレゾナンス=環境として創造される在り方を指し示すものであった。ホワイトノイズのみならず多数の振動が同時に空間にインストールされる構想性は、インスタレーションという用語が一般的でない60年代において、先見的な発想力をもっていたとしかいいようがない。
 またチュードアは、ビリー・クルーヴァー、ロバート・ホイットマン、ロバート・ラウシェンバーグによって60年代にニューヨークで創設された、アート&サイエンスの代表的活動ともいえる、E.A.T.(Experiments in Art and Technology)にも、中心的存在として関わっており、E.A.T.の活動の頂点のひとつともいえる1966年にニューヨークの兵器庫で行なわれた「9つの夕べ」で、チュードアが担当した「BANDNEON !」(ここでは多チャンネルのスピーカー群とともに、音源が動き回るロボットが登場する?!そしてそれらのトリガーがバンドネオンになるので、インターフェースデザインとしても先見的か!)が、ラウシェンバーグ、フランク・ステラによる「Open Score」とともに最近DVD化され入手可能になったので、ぜひご覧になることをお奨めしたい。

 チュードアの功績を考えると、電子音響、サウンドインスタレーションといった、未確定の芸術領域(これらは現在においてもそのままの状態かもしれないが)の創始者の1人であり、分析と実践、開発と創発の推進力の中心的支柱であったことがうかがわれる。チュードアは、1926年にアメリカに生まれ、1996年に亡くなっているが(そのアーカイヴのほとんどは、現在ゲティ・アートセンターに保管されている)、時代背景を振り返れば、その晩年は、サウンドクリエーションにおけるアナログとデジタルの境界を跨いだ存在に位置することがわかる。例えば、グレン・グールドが、徹底的にデジタル的なノンリニアな思考を抱いて音楽の持続を思考していたにもかかわらず、皮肉にもデジタルテクノロジー登場の入口で亡くなってしまい、グールドの業績は、そのほとんどがアナログメディアで残されることになったというような、歴史的なアナログとデジタルの結界というものがあるのかもしれない。同じことは、ジョン・ケージにも言えそうで、ケージがもう10年以上活動していたら、後期のナンバー・ピースやユーロペラのセリーに、新しい方法論を展開していたかもということはあり得る話である。
 チュードアに関してはどうか。電子音響という空間表現は、90年代の音響派といったムーヴメントに代表されるような、ラップトップミュージックの登場によって、革新的に進展し、音の物理現象をプログラムソフトによって構造化し、実際の音空間を戦略的に生成させるという、コペルニクス的転回の画期的な発想と表現があったわけだが、それらが2000年代に入って、急速に力を失った原因は、誰もが同じプログラムソフトを容易に共有し得ることによって、多様性を切り開く遺伝子を見出す前に、音的表現子が枯渇し、似たようなものが蔓延してしまったからにあるといえるだろう。それに対してチュードアの業績をオーバーラップさせてみるならば、チュードアは、多中心的な空間表現の多様さとしての電子音響の可能性を開拓しつつ、シンプルなシステムコンストラクションをベースにしながら、アコースティック楽器の豊穣さに対抗して、アナログの電子回路特有の、抽象度の高い音の強度やデンスを重要視し、かつまたニュアンスの多様性を失わないセンシティヴな方法論を自覚的に使用していたといえるのではないか。「Neural Synthesis」のヴァージョンにも現われているように、アコースティックなステレオ再現と、脳内再現的なバイノーラルレコーディングの、複数の空間表現を同時に残していたりする意識にもそれは現われているだろう。われわれは、現在の音響派の思考のなかに、壮大さとミニアチュアへの視覚的聴覚を併せ持つ、チュードアの実践と相互浸透的感覚を再考する必要があるのだ。

 YCAMの「CLOUD FOREST」に話を戻すと、本年2010年は、大阪万博EXPO’70から40周年にあたり、先に述べたE.A.T.が、大阪万博の中のペプシ館を担当していたことから、ここでのアート+サイエンスの先見的なプロジェクト内容の再評価を行なう意図が、「CLOUD FOREST」が実現される動機の一端ともなっている。このペプシパヴィリオンは、現在から眺めたとしても、まさに想像を超えた圧倒的な構想と先端技術が、しかも実際に巨大なスケールをもって実現されてしまっているという驚くべきプロジェクトであるが、クルーバー、ホイットマンに加えて、中軸的な存在として、チュードア、ロバート・ブリア、そして日本の中谷芙二子が登場する(参加したアーティスト、科学者、技術者は総勢63名にものぼる)。66年からE.A.T.に参加していた中谷は、ここで初めてペプシパヴィリオンの外壁を覆い尽くす「霧の彫刻」を発案した。これの実現までには、あらゆる面での相当の思考錯誤があったそうであるが、以後、ビデオアーティストとして先駆的な存在であった中谷が、一方で「霧の彫刻」家として、全世界で多数のプロジェクトを手がけていくことになる。まさに中谷のひとつの大きな原点が、このペプシ館のコラボレーションにあったといっても良いのではないだろうか。
 ペプシ館のドームの内部は直径27mもあり、全面ミラードームとなっている。鏡やレーザー光線も駆使された光学的反射の中で、チュードアは32チャンネルの音響システムを作り出し、これらは空間全体のサラウンドにもなり、点音源にもなるという画期的なものであったらしい。また床面は10のエリアに分かれ、それぞれ別の物質的質感によってマウントされ、ワイアレスヘッドフォンによって観客は、エリアに移動するごとに、別々にフィールドレコーディングされた生態系のナチュラルサウンドやシンセサイザとの合成を聞くことができた。
 ペプシ館において、E.A.T.が提示したものは、計り知れないものがあり、一概には総括はできないが、ここで注目すべき点をひとつあげるとすれば、それまでの進歩史観に則った未来への更新性が、すべて物質的な生産性や改革に基づくものであったのに対し、チュードアや中谷の提示した表現の可能性というものは、そこから大きな転換を予見する、非物質的な存在の移動やアモルファスな充満による空間=環境の創造、そしてそれらに対する感覚への誘導変化であるだろう。従来のアースアートやランドアートといった、環境を舞台や背景としつつもオブジェクティブな表現の視点に留まるのではなく、環境というターム自体が概念創造であり、アート全体のスフィア(圏)となりえたことではないだろうか。そこでのトランスフォーメーションを生み出す各要素の特徴は、可視的世界観から不可視の情報資本主義へ移行する、大きな組み替えや転換期を表明していたといえなくもない。


中谷芙二子「霧の彫刻 #47773 Pavilion」 (大阪万国博覧会、ペプシ館、1970)
photo:(c)田沼武能

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