2020年07月01日号
次回7月15日更新予定

キュレーターズノート

日英キュレーター交流プログラム

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2010年07月15日号

 去る5月に、ブリティッシュ・カウンシル主催の「日英キュレーター交流プログラム」に参加した。国内の8名のキュレーターとともに、ロンドンおよびその周辺都市を10日間かけて、大小さまざまな美術館や、オルタナティヴ・アートスペース、商業ギャラリーをリサーチした。そのなかで得た体験の一端を日記形式でご紹介したい。

5月10日

プログラムは、ロンドン、グラスゴー、ニューカッスル、ノッティンガムの美術館やアートスペースを訪ね、現地のキュレーターたちと交流するというプログラムであった。一つ目の視察先は、テート・ブリテン。英国美術の総本山であるここでは、ヘンリー・ムーア、クリス・オフィリの回顧展が行なわれており、オフィスでシニア・キュレーター、Judith Nesbittのレクチャーを受けた。ベテラン・キュレーターの貫禄漂うJudithから、テートのコンセプト、展覧会の展望、ターナー賞の状況、さらには展示室の温湿度管理にいたるまでトークが続いた。
 その後、訪れたガスワークス・ギャラリーは、トライアングル・アーツ・トラストという独自のネットワークを持ち、アフリカ、南米、アジアなど世界のさまざまな国からアーティストを受けいれるレジデンス事業に力を入れている。ディレクターのAlessio Antonioniの軽妙なトークのあと、ギャラリー・スペースの上のレジデンス・ルームに滞在中のアフリカ系アーティストのアトリエを覗く。
 初日は、「英国美術とは何か」という歴史をオーガナイズしていくテートの気概と、多民族国家という背景のなかで、地域において等身大の活動を続けるガスワークスという対照的な、しかし非常に英国らしい二つのスペースがとても印象的だった。その両者に共通して言えるのは、ヴィジョンや活動に淀みがなく、また、美術教育に関わって言えば、地域に対する教育プログラムをひとつの「武器」として、各機関からの助成を引き出しているという点が戦略的だと感じた。

5月11日

 プログラム2日目は、Chisenhaleを訪問し、メラニー・ギリガンのヘッドフォンとマルチ・スクリーンの映像作品をチェック。けっして大きくないスペースだが、ターナー賞の選定メンバーを務め、気さくな雰囲気ながら、ロンドンのアート界で存在感を持つディレクターのPolly Stapleが力を入れたと語る展示は、内容・クオリティも素晴らしいものであった。
 なかでも、個人的に注目したのは、立派なティーチャーズ・キットが展覧会ごとに準備されていること。エデュケーション専門のスタッフが毎回ホームページにアップして、過去のものもすべて見ることができる。その背景には、地域におけるアートスペースの「存在意義」がそのまま「資金」と結びつくという実情がやはりあるようだ。
 次に訪問したのは、1Fがパブになっているというなんとも英国らしい商業ギャラリー、The Approach。その後、ZooArtFairのディレクター、Soraya Rodriguezにその歴史と現状を聞く。日本でもアートフェア東京などの見本市が徐々に形成されているが、日本ではいわゆる現代美術の大コレクターというのはどうしても限られ、美術館の収集予算はあれば良いほう、凍結や再会未定などというのが現状だ。地方においてはなおのことである。もしかすると、その軸足は、東京/日本という範囲を飛び越えて、直接アジアを商圏としてとらえる必要があるのかもしれない。
 そして、最後の訪問先は、ホワイトチャペル・アートギャラリー。シニア・キュレーター、Achim Borchardt-Humeに話を伺った。ここホワイトチャペルでも、展覧会に即した教育プログラムが継続的に行なわれている。すでに決定され権威づけられたいわゆる「美術」を知ることだけでなく、現代美術のもっとも優れた要素のひとつである「新しい価値観を知る」ということを、美術館の中で組織的・継続的に行なっていくことは、現代美術や美術館のオーディエンス(観客、その理解者・支持者)を育てていくことだ、というヴィジョンを改めて思いおこさせた。
 この日は、日本の国際交流基金のロンドン支所が主催したフォーラムがあり、参加した8名のキュレーターたちが自館の活動内容を紹介するというイベントが用意されていた。日本の現代美術への興味が非常に高いことを物語るように、インフォメーションをはじめて2,3日でなんと160名を超える申し込みがあったとのこと。会場に入りきれないほどの満員のお客様を前にし、美術館の活動内容や展覧会を紹介した。

5月12日

 昨日の疲れも覚めやらぬなか、British Art Show2010のキュレーター、Tom Mortonに作家のリサーチ内容や選定した作家の画像をみながら話を聞く。ヘイワード・ギャラリーのキュレーターも兼ねる忙しさのなかで、多くの作家をリサーチし、地道に話し合いを行なうスタンスは見習うべきものがあった。
 お昼の移動の合間に、ギャラリーを1,2軒はしごし、午後は、ホワイト・キューブを訪問、キュレーターのCraig Burnettに話を伺い、丁寧にギャラリー内を案内してもらう。
 この日は、そのままロンドンシティエアポートから、グラスゴーへ移動して、1日が終了。

5月13日

 今日の訪問地のグラスゴーは、かつておもにこの都市の経済を支えた繊維産業の衰退により失業者のあふれる街だったが、1980年代に政府が重点的に美術館などへの設備投資やイベントを行なった結果、見事に復興し、ヨーロッパを代表する文化都市になったことで知られる。
 最初に、市内の画廊、The Modern Instituteを訪問し、ディレクターのToby Websterに話を伺った。スペース内では、ジム・ランビーの見ごたえのある展示が行なわれ、地方都市の画廊でもこれだけ充実した内容があることに感動した。Tobyの朴訥なしかしグラスゴーのアーティストを応援していこうという真摯な姿勢に、とてもあたたかな気持ちになる。
 次に訪れたのはThe Common Guild。チャーミングなディレクターのKatrina Brownにギャラリーの活動と、彼女が同時にディレクターを務めるGlasgow International Festival of Visual Artについての話を伺った。残念ながら火山噴火の影響で集客が伸びなかったとのことだが、地域の美術館、画廊、大学、アーティストと市民を広く結びつける紐帯としての、フェスティバルの意義はとても高いようだ。その後、MaryMaryのディレクター、Hannah Robinsonを訪ねる。
 その移動のあいだに、グラスゴー美術学校、オルタナティブなブックショップや、DJブース、カフェを備えたアートスペースのCCA、フィオナ・タンのビデオ作品や、multi-storyと名づけられた学生が中心の質の高いビデオインスタレーションなどが印象に残ったGOMAなどに立ち寄り、グラスゴーのアートシーンに触れた。
 そのなかでももっとも強いインパクトを残したのがTRAMWAYだ。古い列車倉庫を改装した複合アートスペースだが、バレエ・スタジオ、アトリエ、芝生広場、カフェに、平日の夕方ながら、ベビーカーを押したたくさんの子ども連れが来館し、のびのびとした雰囲気。
 その隣に展示されたスイス人アーティストのクリストフ・ブッシェルの《LAST MAN OUT TURN OFF LIGHTS》が圧巻であった。刑務所の面会室、サルベージ船の居室、軍隊の宿舎、グラスゴーの2大サッカーチーム、セルティックとレンジャースのサポーターが集うコアなサッカー・パブなど、一般人が覗くことのできないある種‘極限’の世界が、そのまま再現される。その中央に、飛行機事故にあった機体の残骸がそのまま展示されるのだ。バラバラになった機体、焼け焦げた座席や乗客のものと思われる衣服など、その事故の凄惨さを想像すると、心が痛む。ユーモアと厳粛さ。その見事な対比に心を揺さぶられるとともに、それが子どもたちの賑やかなはしゃぎ声が響く、隣のスペースで、しかも、無料で展示されていることの凄さ。イギリスのアートの底力に、驚かされるよりほかなかった。この日はニューカッスルに移動。

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