キュレーターズノート

HEAVEN──都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン/大竹伸朗『NOTES 1985-1987』
キッズコーナー 森のたね

山口洋三(福岡市美術館)

2010年08月15日号

 その都築響一とも親交の深い大竹伸朗がさきごろ出版した『NOTES 1985-1987』を入手したので、こちらもレポートしたい。
 香川県直島に開いた銭湯「I ♥ 湯」が好評の大竹だが、これは題名にある年代における作品制作のメモ書き、いわゆる「制作ノート」に、同時期に彼が撮影した8mm映像がDVD化されたものが同梱されたものだ。
 大竹の作品と同様、ここにも感じるものは、濃厚な時間の堆積である。わずか3年といいつつも、佐賀町エキジビットスペースでの個展までの道程がここに示されており、その間日本国内だけでなく、ロンドンにまで足を伸ばして移動を繰り返していたことが映像からわかる。映像は淡々としたもので、本人も言うように確かにそこに「作品」制作の意図はないのかもしれない。しかし本当に淡々と連続し、時に退屈するその映像の羅列にウォーホルの映画の要素を見て取るのは私だけだろうか(このフレーズ今回多いね)。ウォーホルと決定的に異なる点は、この映像1コマ1コマに大竹自身の濃密な記憶が絡みついていることだろう。ブックレットに記された記憶の文章は、大竹の活動の軌跡として興味深い反面、失われたものへの愛惜もあってなんだか切ない。記憶の断片を示す映像の重なりと考えると、大竹のスクラップブックをはじめとした「貼り」の作品とも通じてくる。
 制作ノートのほうは、時間の重なりというよりは思考の重なりのようなもので、実現しなかった作品の構想などがあっておもしろい。それにしても、大竹のこの「時間感覚」への強い関心はなんなのだろう。
 これまでの彼の出版物同様、印刷には手がかかっており、数多くの印刷物の貼り込みの質感まで再現されている。自らの表現欲求を満たすためにはコスト度外視は当たり前──これは凡百の現代作家よりも、都築響一が取り上げるオレサマ道を邁進する爺様たちの姿勢そのものだ。現代の美術がつまらなくなった原因のひとつは、この誰からも頼まれない、見返りなしの表現にかける姿勢なのではなかろうか。


大竹伸朗『NOTES1985-1987』(ジェイブイディー、2010)の全容。25年前も前の「記憶」と「記録」が映像と制作ノートで蘇る

学芸員レポート

 福岡市美術館は開館して30年が過ぎたが、さすがにあちらこちらに傷みが目立ち始め、その都度の修理や改修では追いつかない状況が迫ってきた。改修の計画はあるものの、予算獲得との兼ね合いがあってすんなりとはいかない。展覧会企画は内容が勝負であるが、建物そのものについては古いことがそのまま「悪」につながる評価を下される。30年前には考えられなかった設備が、現在の美術館ではデフォルトになっていることがあり、来場者の現代的なニーズに応え切れていない。新造の美術館はいいなあ、とばかりぼやくわけにもいかないのでとりあえず、できるところからなにかやってみる。
 昨年は、開館30周年記念の所蔵品展「コレクション/コネクション」にあわせる形で、文化庁の美術館・博物館活動基盤整備支援事業としてさまざまな企画を行なったが、そのなかに「キッズコーナー」の設営があった。このときは展示室の中に仮設し、展覧会終了とともにいったん撤収されたが、今年度、移設の予算が認めらた。昨年のデザインをアップグレードして、去る7月4日、2階ロビーに完成、お披露目となった。昨年同様、デザインとプロデュースをつとめたのは、福岡の現代作家、オーギカナエである。脱着可能の壁面クッションに加え、新たな要素としてソファーや授乳室が設けられ、すでに多くの利用者から好評を得ている。託児機能はないが、未就学児、小学校低学年の子どもを持つ親御さんには利用をお勧めしたい。当館恒例の「夏休みこども美術館」も夏休みとともに始まったので相乗効果を期待したい。


キッズコーナー「森のたね」全景。右の家は「授乳室」
撮影:富永亜紀子

夏休みこども美術館2010 こどもギャラリー「ここはどこ?〜アートで行こう・ふしぎの旅〜」

会期:2010年7月21日(水)〜9月5日(日)

キッズコーナー「森のたね」

利用時間:9:30〜17:30
*7-8月は9:30〜19:30(日祝日は17:30まで)

ともに会場:福岡市美術館
福岡県福岡市中央区大濠公園1-6/Tel. 092-714-6051

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