キュレーターズノート

現代日本文化のグローバルな交渉──小沢剛について

住友文彦

2011年01月15日号

学芸員レポート

 横浜の「象の鼻テラス」という場所で、今月23日まで行なわれているフライングシティという韓国のグループの展覧会に関わっている。このスペースは、横浜港大さん橋国際客船ターミナルを右手に、港を臨む気持ちのいい場所にある。普段はカフェの営業を行ないながらアートを始め、ダンス、音楽などの文化プログラムを提供している。展示空間もガラス張りで、実際には観光客が多く、アートへ関心を持つ来場者は少ない。こうした条件から、建築的な関心を持ちながら、都市の再開発に関与してきた経験を持つグループに参加してもらってはどうかと考え、フライングシティに声をかけた。今回の展示では、視覚を使わずに自由に線を描く子どもを対象にしたワークショップなどから生まれたかたちを、光やいろいろな素材を用いたオブジェにしている。この展示だけだと、どういう活動をしているかわからないと思うので、少し紹介をしたい。
 彼らの名前は、高速道路だったソウル市中心部を流れる川(チョンゲチョン)を元の川に戻す再開発をイ・ミョンバク大統領がソウル市長時代に行ない、その周辺住民や商店主、街工場の労働者とワークショップや展示などのプロジェクトをやっているアーティストグループがいると聞いて知った。都市の眼に見える形や景観には、資本や行政、建築家の欲望が象徴的に示されることはあっても、地域住民の意識は反映されない。そうした、いわば都市の無意識とも言えるようなものをどうやって形にしていくことができるのか。そうしたことを彼らは考えながら、コンスタント・ニーヴェンホイスをはじめとするシチュアシオニストから影響を受け、独創的な模型やスケッチ、写真などを発表し続けている。急激な経済成長と激変する政治によって変貌する都市に身を置き、これまではアートの文脈で仕事を発表し続けてきたが、いまはクリエイティブ・デザイン・スタジオとしてインテリアやデザインの仕事も行なう。実際に子どもの遊具施設など公共空間の設計もしている。しかし、ここ最近、中心人物のチョン・ヨンソクはチョンゲチョンの経験を元にした執筆活動をしているらしく、普通の建築事務所の活動とはまったく異なるものと言えるだろう。
 今回は、異邦人が行き来した横浜の歴史と建物のデザインから、下見に来たヨンソクが架空の宇宙船ターミナルを見立て、子どもたちにそうした「他者」の形を想像させることではじまったプロジェクトだ。とても面白いのは、合理的な造形を当てはめる意識がない、自由な子どもたちの線や色を、彼らはさまざまな材質や色を駆使しながらじつに忠実にオブジェの形に置き換えていることだ。つまり、形にするときに余計な要素を切り落とし、「良識」によって認識しやすいものにしないのだ。なんだかわからないものを形にして、それらがあちこちを漂うような展示にしている。
 建築や都市の設計は、合理性を追求した近代建築から、「発展」の方向性を示す建築家の妄想のようなデザイン、そしてどうも最近は人々の感性とシンクロするようなものが求められているように感じる。しかし、そこには常に「表現」の主体とならない人々の意識を矮小化するような暴力の危険が存在してきた。その点で、形をつくりだすプロセスに意識的な彼らのメソッドには学ぶものが多いように感じた。


「flyingCity展──生物機械ターミナル」、象の鼻テラスでの展示風景
Photo: Takashi Arai ©Spiral/Wacoal Art Center.,Ltd.

flyingCity展──生物機械ターミナル

会場:象の鼻テラス
横浜市中区海岸通1丁目/Tel. 045-661-0602
会期:2010年12月3日(金)〜2011年1月23日(日)