キュレーターズノート
クリスチャン・マークレー「What you see is what you hear」/風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから/アンリ・サラ展
植松由佳(国立国際美術館)
2011年02月15日号
2011年もあっという間に2月も半ば。いつの日にか自分自身でこの一年を、どのような年だったと思い出すのだろうか。勤務する美術館業務に加えて、6月に迫ったヴェネツィア・ビエンナーレ日本館での束芋展の準備を進めながら、時々ふと思う。多忙な日々を過ごすなかで、以前に比べて他美術館やギャラリーを訪ねる回数や時間が圧倒的に少なくなっているのだが、ただその限られた機会のなかでも、これはと思う展覧会や作品に出会うことがある。
昨年12月のある週末にソウルに向かった。目的はいくつかあったのだが、サムスン美術館リウム(以下、リウム美術館)で開催中のクリスチャン・マークレーの展覧会「What you see is what you hear」はそのひとつであった。リウム美術館は韓国の代表的財閥のひとつ、サムスングループにより設立された美術館で、レム・コールハース、ジャン・ヌーヴェル、マリオ・ボッタによる建築でも知られている。日本で言うところの国宝や重文にあたるような韓国古美術の珠玉のコレクションや、韓国はもとより国際的にも知られる現代美術作家のコレクションが展示され、開館以来、韓国を代表する美術館のひとつとなっている。ただし2000年代後半のサムスンのスキャンダル以後、その活動に陰りも見えていたのだが、最近になってかつての積極的な運営を取り戻そうとしているようである。
1970年代後半にレコードとターンテーブルを使ったパフォーマンスを始めたクリスチャン・マークレーは、現在、サウンドとアートの領域を横断するアーティストとして世界的に活躍している。日本でもICCやオペラシティ アートギャラリーでのグループ展出品や大友良英とのコラボレーションを行ない、また一昨年に開催された横浜国際映像祭に出品された《Video Quartet》(2002)が記憶に残る人も多いことだろう。リウム美術館での個展では数々の作品のなかから《Telephones》(1995)、前述の《Video Quartet》、そして《The Clock》(2010)の3点の映像作品が展示されていた。この3作品の共通点は、いずれもが映画の引用にある。《Telephones》では電話に関連するシーンが、《Video Quartet》では、さまざまな映画の場面で演奏される音(音楽)が4面スクリーンに編集されることで、時には調和し、時には不協和音を奏でながら新たな音の風景をつくり出していた。マークレーの映像作品から思うのは、例えば後者の作品であれば、彼が各スクリーンをDJ的なアプローチを行ないながらサンプリングやミキシングを繰り返し、映画のモンタージュしているのではないかということである。
そして新作《The Clock》であるが、これは昨秋にロンドンのホワイト・キューブ・ギャラリーで初めて発表され、大きな話題を集めた作品である。この作品では、時計、時間をテーマにした映画のシーンが編集されて、綴られる。時には主演俳優の背景の壁時計が、あるいは腕時計で時間を確認するシーンが、はたまた時計は画面に映らずともセリフとして語られるシーンが、次々に展開する。なにかストーリー性を持たせた構成にはなってはいないが、各シークエンスもなめらかに編集され、違和感がない。この作品の上映時間は24時間だが、編集された各シーンの時間と現実の時間は同一に展開する。つまり、もし午後3時に作品を見れば、スクリーンに映し出される作品内の時間も午後3時である。スクリーン内の虚構世界に漂う時間の経過を見ながら、日常においてわれわれがいかに時間を意識しながら生活しているのか、また映画のようにストーリーを語らせるときの時間の経過が果たす効果、時間の認識は文字盤を見るという視覚、そしてベルが鳴り聴覚からも得られるものであるといったことをぼんやりと考えながらも、あっという間に映像は進んだが、残念ながらリウム美術館の閉館時間になり午後6時のシーンを最後に作品の上映は終わった。
今月上旬、出張で訪れたニューヨークのポーラ・クーパー・ギャラリーでも本作の展示を見ることができた。同ギャラリーでは毎金曜日に24時間(実施には翌土曜日の閉廊時間まで続くので24時間以上になるのだが)上映していた。日中の時間に起こる出来事、つまり映画の場面として描かれるシーンの多さに比べて、明け方、特に午前5時頃は人々が眠りにつき夢見る時間として映画のシーンも少ないと聞く。今回のNYでは、その時間を確認できなかったが、今年開催される横浜トリエンナーレにも出品されるらしいという噂も聞くが、その際にはぜひ24時間の上映を企画して欲しい。
What You See is What You Hear
学芸員レポート
国立国際美術館では3月8日から「風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから」展が開催される。日本を含むアジア出身の作家9組により「芸術をめぐる現在の状況へどのように反応していくのか、さまざまな態度が示唆される多声的な場を生み出すことを目的」とした展覧会をぜひお見逃しなく。
個人的には冒頭にも書いたが、ヴェネツィアの準備を進める一方で、勤務先での次の担当展の企画が進行中だ。2月上旬の出張は、今年秋に開催を予定しているアルバニア出身ベルリン在住の「アンリ・サラ展」の調査と作家打合せをかねて、現代美術館での個展がオープニングをむかえたカナダ、モントリオール訪問が主目的だった。国立国際美術館では中之島移転前の旧館時代に、いまもっとも活躍している内外の若手作家を個展形式で紹介する「近作展」という展覧会シリーズがあったが、企画中のサラ展もこの考え方を踏襲している。サラの近作映像数点をオブジェとともに展示する予定。こちらもお楽しみに。